徘徊探偵・幸田忽太郎(掌編シリーズ)

    警官

     ←監禁 →海外ミステリ7位 樽 F・W・クロフツ
     私立探偵などという仕事をしている以上、どうしても好きになれないものがある。

     警官だ。

     やつらに近づいてろくな目に遭ったためしがない。

     である以上、交番を見かけたら別な方向へ行く、それがセオリーである。

     わたしは事務所への道を急いでいた。

     このところ事務所で仕事をした覚えがない。わたしを事務所に帰したくないやつがいるのか、とも思ったが、新宿のごみごみした小路の突き当り、安ビルの二階にある貧相で殺風景な事務所だ。入る気になれば、それこそバール一本で扉をこじ開けられるだろう。盗むものもなにもない。重要なことはみな、この頭に入っているからだ。扉にある「幸田忽太郎探偵事務所」という看板を兼ねた表札は、道場破りをするサムライみたいなやつの手をわずらわせないため、扉に木工用ボンドで固く張り付けられている。

     わたしは空を見た。灰色の空だ。表札くらいもっと新しいものに買い替えたほうがいいのかもしれない。

     事務所まではけっこうな距離がある。最近の区画整理により、道はくねくねと曲がり、まるで知らない街にいるかのようだった。

     角を曲がった。

     わたしはそこでありがたくないものと接近遭遇した。

     いかにもなパトロール中の警官は、わたしに敵意ありそうな視線を向けてきた。

    「ちょっと、おじいさん!」

     爺と言われる歳ではない。そう答えたかったが、警官にたてつくとえらいことになる。ここはおだやかに出ることにした。

    「どうかしましたか」

     警官の目から疑いの色は消えなかった。

    「お名前は?」

    「幸田忽太郎。こつは粗忽のこつ」

    「どこへ行こうとしていたんですか?」

    「事務所です」

    「事務所はどこにあるんです」

     いらいらしたが、わたしは自制心を奮い起こしておだやかに続けた。

    「新宿ですよ」

    「新宿……」

     警官の目の色が憐れみのそれに変わった。わたしが嫌いな目の色だった。

    「ちょっと交番まで来てください」

     探偵と警官が殴り合ったらまず探偵に勝ち目はない。相手は柔剣道の有段者なのだ。わたしはしかたなく警官の後についていった。

     交番で、警官はコンピューター相手になにやらやっていたが、すぐにこちらを振り返った。

    「幸田さん。あなたに捜索願が出ています。ご家族の方が迎えに来ます」

     家族か。わたしは口をつぐんだ。わたしの家族と言えば、病身の妻と幼い息子……。妻がタクシーでやってくるのだろうか。捜索願なんか出してどうするんだ、まったく。

     やがてブレーキ音がした。丸っこい、変な形をした車から、見知らぬ男が降りてきた。

    「父がご迷惑をおかけしました」

     男はそういって警官に頭を下げた。

    「現役の私立探偵だった三十年前のことが忘れられないのか、ちょっと目を話すと歩いて事務所へ向かってしまうんです。もう事務所なんて引き払ってしまったし、ビルさえも取り壊されて存在すらしないというのに」

     この男はなにをいっているのだ。わたしの息子はまだ幼いのだ。

     あきれたことに、警官もうなずいた。

    「そうでしょう。駅への道はまるっきり反対方向ですし。それに、ここから新宿へ行くとなると、新幹線か飛行機が必要ですしねえ」

    「福岡に転居したのは間違いだったかもしれません。二年前は、熊本で保護されましたから。土地勘すらない道を、どれだけ父が歩いたか考えると……」

     男はうつむいた。泣いているのかもしれない。

    「泣くことは、現実を見たくないものが目に水の膜を張ることだ」

     そうつぶやいたが、誰もわたしの言葉に注意を払うものはいなかった。

     警官と関わるとろくなことがない。
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    ~ Comment ~

    Re: miss.keyさん

    「痴呆老人ハードボイルド」というのは斬新なアイデアかと思ったのですが、斬新すぎてアイデア倒れしたみたい……。

    ロス・マクドナルドでも読もう。

    Re: ダメ子さん

    だれがうまいことをいえと(^^)

    かつての名探偵というよりは、

    かつてのネオ・ハードボイルド探偵……。

    Re: 椿さん

    二階堂黎人先生に「ボクちゃん探偵シリーズ」というのがあります。

    幼稚園児がハードボイルド口調でしゃべるユーモアミステリですが、それを認知症の老人でやってみよう、と考えたのです。

    語り手の認識と外界で起こっている日常のギャップから、ペーソスある悲喜劇になるかと思ったのですが、

    これじゃ単なる悲劇というか、ある意味ホラーですよね……(汗)。

    おじいちゃんたら

    ぼけちゃってもう・・・

    NoTitle

    かつての名探偵?
    何だか悲しくなりますですね
    じっちゃんになりかけて!

    NoTitle

    息子さん……ガンバレ……(^_^;)
    ひとりで無理せず、デイケアという方法もあるからね!
    (ついマジで励ましたくなってしまいました)
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