徘徊探偵・幸田忽太郎(掌編シリーズ)

    放火

     ←海外ミステリ9位 僧正殺人事件 S・S・ヴァン・ダイン →海外ミステリ10位 シャーロック・ホームズの冒険 アーサー・コナン・ドイル
     わたしは煙草を口にくわえていた。火を探していたものの、どうやらこの家にはガスコンロというものがないらしいのだ。

     なかったら使えるものを探す、それがこの日本に住む一人前の男のやるべきことであろう。探偵だからとか探偵でないからとかいう違いはない。

    「わずか小指の先ほどのものであっても、人は炎を欲しがることがある。まるで愛のように」

     つぶやいてみたものの、誰も聞く人間はいなかった。わたしは肩をすくめ、着火用具を探して回った。

     箱入りのマッチでいいからないものか。どんな家にでも、マッチくらいは準備していてよさそうなものだ。昔はマッチは氾濫していた。蚊取り線香をつけたり、花火をつけたり、耳をほじったり、仏壇に燈明を上げたりと、そのカバーする範囲は広大だった。

     だが、いまや家に一本のマッチもなくとも、困らない社会になっているらしい。

     マッチがなかったらライターなのだが、ライターすらも見当たらない。なにもジッポのライターとはいわない。あの、色とりどりのプラスチックケースに車輪式の発火装置がついた百円ライターのひとつも、この家にはないのだった。

     わたしは手の届く範囲中のものをひっくり返し、調べ、いろいろと探したが、まともに火を起こせるようなものは見つからなかった。

     原始人のように木をこすり合わせて火をつけるには、わたしはあまりに都会人すぎた。

     ようやく、使えそうなものを見つけたのは、このままでは煙草のほうがへたってしまうかというほど歩いた末のことだった。冷蔵庫の上の棚に、アルミ箔とキッチンシートがあったのだ。

     うまい。懐中電灯に使う単1の乾電池が三本もあれば、火を起こすことができる。やりかたは簡単だ。単1電池を直列につなぎ、余ったプラスの極とマイナスの極をアルミ箔でつなぐ。ショートさせる要領だ。高熱になったプラス極にキッチンシートを当てれば、わたしが煙草を吸うに足るくらいの炎を取り出すことができるだろう。

     だが、そのためには電池を見つけなくてはならない。たしかどこかにあったと思うのだが。

     扉が開く音がした。

    「父さん、ただいま。……ああ、家をこんなふうにしてしまって」

     見知らぬ男が入ってきた。男は、わたしを見るなり、叫んだ。

    「父さん! 煙草……どこで!」

     どこだったか、よく考えると覚えていないことに気づいた。個人的なことをいわせてもらえば、どこだっていいじゃないかそんなこと、である。

    「くそっ、デイケアか! 煙草を交換したな!」

     男は立ち上がって目をつぶった。血相が変わる。

    「……こげくさい!」

     男はいきなりわたしの肩をつかみ、口から煙草をもぎとった。

    「父さん! まさか……まさか……どこで火を!」

     わたしは火など起こした覚えはなかった。そういいたいところだが、男の目の色はわたしのそんな訴えを聞く余裕などないことを示していた。

     男は四方を見渡した。顔色が悪い。

    「……風呂? ……台所? ……寝床? どこにも火種になるようなものは置いてないし」

     男は再びわたしの肩をがっちりとつかむと、声を荒げた。

    「父さん! どこに! どこに火をつけたんだ、いったい!」

     わたしは火などつけた覚えはない。

    「……こげくさい!」

     男は手にしたものを見た。

    「煙草に火がついていない……まさか、隣か?」

     男はあちこちの窓に向かった。やがて手が電卓みたいなものを取り出した。

    「もしもし! 消防署ですか? 火事です! 隣りの家の古新聞のゴミから、煙みたいなのがわずかに。……はい。はい。消火器ならあります。わかりました。とにかく早く! 住所は……」

     男は叫びながら、わたしが探し物をした後から、真っ赤な消火器を取り出すと、扉を開けて外へ飛び出して行った。

     男の叫びに驚いたのか、隣近所から人が出てきた。

     男は隣の家の裏口を消火剤で真っ白にした。消防車が来たのはそのすぐ後である。

     消防車が去ってから、男は疲労困憊したとでもいいたげに家へ帰ってきた。男は、わたしの前にへたり込み、わたしの肩にそっと手を載せると、静かに泣き始めた。

    「父さん……父さん、ごめん……ぼくは父さんを……一瞬……火をつけたと……」

     この男がなぜ泣いているのか、わたしには理解できなかった。

     どうしてわたしがわざわざ火をつけたりしなくてはならないのだ。

     煙草の一本でも持っていたとしたら別だが。
    関連記事
    スポンサーサイト



    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    【海外ミステリ9位 僧正殺人事件 S・S・ヴァン・ダイン】へ  【海外ミステリ10位 シャーロック・ホームズの冒険 アーサー・コナン・ドイル】へ

    ~ Comment ~

    Re: LandMさん

    書き始めた当初は、「おじーちゃーんもう……(^^;)」な話を書くつもりだったのに、資料を読むとそんな甘いものじゃないと痛感させられる次第であります。

    ラストシーンは頭の中で決まっていますが、それが救いかとなると……。

    うむむむ。

    NoTitle

    ・・・。
    ・・・・。
    ・・・・・・。
    息子に幸せはあるのだろうか?
    今が幸せと考えるか。
    あるいは、今が辛いと考えるか。
    どう感じているかですね。

    いや、多分私でも
    「ひょっとしてお父さんが!!??Σ(゚Д゚)」
    ・・・とマジで思います。

    流石、ポールさんの小説。
    着眼点が鋭い。

    Re: ダメ子さん

    こういう視点から日常生活の道具を見ると、「使い方を誤ったら……」と思えるものばかりで恐ろしいでありますほんと。

    大事件か……。

    Re: 椿さん

    本腰入れて書くか、と、図書館で参考文献をいろいろ借りてきましたが、想像を超える世界でした。

    幸田宗一郎さん、幸せになれるのか、非常に心配……。

    NoTitle

    将来的にもっと大事件が起きそうな恐怖…
    名探偵は犯罪を未然には防がないし…

    NoTitle

    くっ……デイケアに行き出してから、余計に息子さんの苦労が増えたような……!
    心優しく辛抱強い息子さんに幸いあれ……。
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【海外ミステリ9位 僧正殺人事件 S・S・ヴァン・ダイン】へ
    • 【海外ミステリ10位 シャーロック・ホームズの冒険 アーサー・コナン・ドイル】へ