「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
3 吸血鬼を吊るせ(完結)
吸血鬼を吊るせ 2-14
14
新宿。
わたしはマクドナルドの一席に座ってコーヒーとにらめっこしていた。
つい先ほどまでは財布とにらめっこしていたのだが。
自分の懐具合も考えずに行動してしまう悪癖は治っていないらしい。わたしの場合、悪癖というよりは一種の病気かもしれない。
そんなわけで、コーヒーが目の前にある。ここに含まれているカフェインだけで、頭脳をフル回転させなければならないのだった。
まずはどこから考えるべきか。やはりあの夢が指し示している場所だろう。
雪国である戸乱島か。そう考えるのが一番妥当かもしれない。
しかし、あの寒さは尋常ではなかったようにも思う。
そういえば、けさ見た夢の中でわたしが読んでいた本は「マンモスの発掘」だった。ということは、野村香はシベリアに?
まさか。
わたしはかぶりを振った。すでに海外に出ていると仮定しても、シベリアという可能性は果てしなく薄い。北極にいるというほうがまだ信じられるくらいだ。
では、この夢はなにを告げているのか。
夢の後半の、奇妙な暗い部屋のこともある。
極地……マンモス……部屋……。
寒い……部屋……。
わたしは舌打ちした。考えるまでもない。全ては明白なうえにも明白じゃないか。
野村香はまず間違いなく、冷凍倉庫の中にいる。
生きているか、死んでいるかはわからないが。
それでも事態が前進したとはいえないのが歯がゆかった。なんとなれば、野村香が冷凍倉庫の中にいるらしいという霊感が与えられたとはいえ、どこの冷凍倉庫かまではわからないからだ。
大野龍臣にすがるか。
却下するまで、十秒かかった。ただでさえ診療所経営の援助までもらっているのだ。そこまで好意に甘えることはできない。
金はかかるが、私立探偵に依頼してみるのがいいかもしれない。わたしの脳裏に、なじみになっている顔が浮かんだ。あの男たちだったら、信頼のおける仕事をしてくれるはずだ。
遥美奈には雇えるだけの資金の余裕くらいあるだろう。
携帯を取り出し、電源を入れる。
とたんに呼び出し音が鳴り出した。
電話番号を見た。「非通知」だった。わたしはふたたび電源を切った。遥美奈のほうもこのような状態だろうと思うと、電話連絡などできそうもない。
どうしたものか。
家に帰ってメールを打ったほうがよさそうだった。
実りの少ない遠出もあったものである。
少ない実りをいくらかでも多くしようと思って新宿の街をぶらついてみることにした。根っからの貧乏性にわれながらいやけがさしてくる。
とりあえず、野村香の情報に接することができそうなのは歌舞伎町だろうか。いちばん身を隠すことができそうである。先に見た夢の中では多数の酔客が出てきたことも、この選択の後押しになっていた。
刑事や私立探偵だったら、ここで野村香の写真を取り出し、飲み屋や食堂の一軒一軒をしらみつぶしに当たってみるところだ。しかし、わたしはただの一般市民にすぎない。真似したところでどれほどのことが聞きだせるものか。
だが、やらなかったら悔いが残ることになる。
なるようになれだ。
わたしは、マクドナルドを出た足で歌舞伎町まで行き、一軒の食堂に飛び込んでみた。
「いらっしゃいませ」
店員に注文もせず、札入れから写真を取り出した。
「この人に見覚……」
「あっ、五人殺しの犯人でしょう」
「どうしてそれを?」
間抜けなわたしの問いに、店員はこう答えた。
「テレビのワイドショーで見ましたよ。お客さん、新聞記者かなにかですか?」
「あー……なにか、のほうです」
店員は教育がなされていなかった。わたしに対して次から次へと機関銃のように質問を撃ち出して来た。やれ犯人はどこに潜んでいるかとか、動機はいったいなんだったのかとか。辟易したわたしはコーラを注文した。そのほかに店員のおしゃべりを止める手段はなかったように思えたからだ。
コーラを飲んで、店を出た。コーラには、わたしの情けなさがいいフレーバーになっていた。
自分の行動を反省する。警察は野村香の写真を公開したわけだ。いつかはやるとは思っていたが、こんなに早くとは思わなかった。おそらくは指名手配にもなっているのではなかろうか。
徒労感がずっしりと肩にのしかかってきた。公開捜査。公権力は一人でどうにかできる相手ではないとわかっていたつもりだったが、実際肌で感じるとなるとやはり違う。単純計算でも二億以上の瞳が野村香を追うのだ。かなうわけがない。
それでいいのか、という思いが心の底から湧きあがってきた。
わたしは遥美奈に約束したのではなかったか。それが可能か不可能かは別として、やれるだけのことはやるのが筋というものではあるまいか。
腹を決めて飲食店まわりを続けることにした。
涙の出るような素人探偵ぶりを十一軒に渡って披露した果てに、ようやく十二軒目で、手がかりらしいといえば手がかりらしい情報を手に入れた。
そのカツ丼屋のおかみは写真を見ていった。
「あら、この人、どこかで見たことあるわ」
どうせテレビでしょう、と返したくなるのをぐっとこらえた。精神科医の基本は、他人の話に口を挟まないでよく聞くことだ、と、胸の中で十回繰り返す。
おかみは写真をためつすがめつしていたが、急にああ、と声を上げた。
「あの子のお母さんね」
「あの子?」
「一週間前に、ここに来たのよ。すらっとした色白の子で、どこか寂しそうだったわ。カツ丼を注文したけど、食べないで帰っちゃった。この写真、ほんと、目元がそっくり。ね、そうなんでしょ? 複雑な家庭の事情がなにかあったのね。 あの子、どうかしたの?」
わたしは落ち着いている風を装っていった。
「守秘義務がありますので」
初めての有益な手がかりに、わたしはここでカツ丼を食べていくことにした。
勝利の味までは感じられなかった。
新宿。
わたしはマクドナルドの一席に座ってコーヒーとにらめっこしていた。
つい先ほどまでは財布とにらめっこしていたのだが。
自分の懐具合も考えずに行動してしまう悪癖は治っていないらしい。わたしの場合、悪癖というよりは一種の病気かもしれない。
そんなわけで、コーヒーが目の前にある。ここに含まれているカフェインだけで、頭脳をフル回転させなければならないのだった。
まずはどこから考えるべきか。やはりあの夢が指し示している場所だろう。
雪国である戸乱島か。そう考えるのが一番妥当かもしれない。
しかし、あの寒さは尋常ではなかったようにも思う。
そういえば、けさ見た夢の中でわたしが読んでいた本は「マンモスの発掘」だった。ということは、野村香はシベリアに?
まさか。
わたしはかぶりを振った。すでに海外に出ていると仮定しても、シベリアという可能性は果てしなく薄い。北極にいるというほうがまだ信じられるくらいだ。
では、この夢はなにを告げているのか。
夢の後半の、奇妙な暗い部屋のこともある。
極地……マンモス……部屋……。
寒い……部屋……。
わたしは舌打ちした。考えるまでもない。全ては明白なうえにも明白じゃないか。
野村香はまず間違いなく、冷凍倉庫の中にいる。
生きているか、死んでいるかはわからないが。
それでも事態が前進したとはいえないのが歯がゆかった。なんとなれば、野村香が冷凍倉庫の中にいるらしいという霊感が与えられたとはいえ、どこの冷凍倉庫かまではわからないからだ。
大野龍臣にすがるか。
却下するまで、十秒かかった。ただでさえ診療所経営の援助までもらっているのだ。そこまで好意に甘えることはできない。
金はかかるが、私立探偵に依頼してみるのがいいかもしれない。わたしの脳裏に、なじみになっている顔が浮かんだ。あの男たちだったら、信頼のおける仕事をしてくれるはずだ。
遥美奈には雇えるだけの資金の余裕くらいあるだろう。
携帯を取り出し、電源を入れる。
とたんに呼び出し音が鳴り出した。
電話番号を見た。「非通知」だった。わたしはふたたび電源を切った。遥美奈のほうもこのような状態だろうと思うと、電話連絡などできそうもない。
どうしたものか。
家に帰ってメールを打ったほうがよさそうだった。
実りの少ない遠出もあったものである。
少ない実りをいくらかでも多くしようと思って新宿の街をぶらついてみることにした。根っからの貧乏性にわれながらいやけがさしてくる。
とりあえず、野村香の情報に接することができそうなのは歌舞伎町だろうか。いちばん身を隠すことができそうである。先に見た夢の中では多数の酔客が出てきたことも、この選択の後押しになっていた。
刑事や私立探偵だったら、ここで野村香の写真を取り出し、飲み屋や食堂の一軒一軒をしらみつぶしに当たってみるところだ。しかし、わたしはただの一般市民にすぎない。真似したところでどれほどのことが聞きだせるものか。
だが、やらなかったら悔いが残ることになる。
なるようになれだ。
わたしは、マクドナルドを出た足で歌舞伎町まで行き、一軒の食堂に飛び込んでみた。
「いらっしゃいませ」
店員に注文もせず、札入れから写真を取り出した。
「この人に見覚……」
「あっ、五人殺しの犯人でしょう」
「どうしてそれを?」
間抜けなわたしの問いに、店員はこう答えた。
「テレビのワイドショーで見ましたよ。お客さん、新聞記者かなにかですか?」
「あー……なにか、のほうです」
店員は教育がなされていなかった。わたしに対して次から次へと機関銃のように質問を撃ち出して来た。やれ犯人はどこに潜んでいるかとか、動機はいったいなんだったのかとか。辟易したわたしはコーラを注文した。そのほかに店員のおしゃべりを止める手段はなかったように思えたからだ。
コーラを飲んで、店を出た。コーラには、わたしの情けなさがいいフレーバーになっていた。
自分の行動を反省する。警察は野村香の写真を公開したわけだ。いつかはやるとは思っていたが、こんなに早くとは思わなかった。おそらくは指名手配にもなっているのではなかろうか。
徒労感がずっしりと肩にのしかかってきた。公開捜査。公権力は一人でどうにかできる相手ではないとわかっていたつもりだったが、実際肌で感じるとなるとやはり違う。単純計算でも二億以上の瞳が野村香を追うのだ。かなうわけがない。
それでいいのか、という思いが心の底から湧きあがってきた。
わたしは遥美奈に約束したのではなかったか。それが可能か不可能かは別として、やれるだけのことはやるのが筋というものではあるまいか。
腹を決めて飲食店まわりを続けることにした。
涙の出るような素人探偵ぶりを十一軒に渡って披露した果てに、ようやく十二軒目で、手がかりらしいといえば手がかりらしい情報を手に入れた。
そのカツ丼屋のおかみは写真を見ていった。
「あら、この人、どこかで見たことあるわ」
どうせテレビでしょう、と返したくなるのをぐっとこらえた。精神科医の基本は、他人の話に口を挟まないでよく聞くことだ、と、胸の中で十回繰り返す。
おかみは写真をためつすがめつしていたが、急にああ、と声を上げた。
「あの子のお母さんね」
「あの子?」
「一週間前に、ここに来たのよ。すらっとした色白の子で、どこか寂しそうだったわ。カツ丼を注文したけど、食べないで帰っちゃった。この写真、ほんと、目元がそっくり。ね、そうなんでしょ? 複雑な家庭の事情がなにかあったのね。 あの子、どうかしたの?」
わたしは落ち着いている風を装っていった。
「守秘義務がありますので」
初めての有益な手がかりに、わたしはここでカツ丼を食べていくことにした。
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コーラは蓋を開けてから2、3日経ってからのほうが美味しいんですよ桐野先生。
酸がちょうどよく抜けてww
すらっとした色白の女の子+寂しげ
タイプです←
また来ます♪
酸がちょうどよく抜けてww
すらっとした色白の女の子+寂しげ
タイプです←
また来ます♪
>ネミエルさん
ソースかつ丼は昔よく食べたなあ。あの店、まだあるかなあ。
とはいえ、ソースかつ丼にもいろいろ流派というかジャンルがあるようで、わたしが好んで食べていたソースかつ丼がネミエルさんの考えるそれと一致しているかどうかはわかりませんが。
わたしが好きだったのは、ごはんの上に千切りのキャベツが乗っかっていて、そこにソースがたっぷりかかったカツが乗っている、というものですけど。
いかん、食いたい。しかし往復3000円かけて電車に乗り継いで行くのは無理だ。行動半径が狭くなると人間ダメですね~(^^;)
ソースかつ丼は昔よく食べたなあ。あの店、まだあるかなあ。
とはいえ、ソースかつ丼にもいろいろ流派というかジャンルがあるようで、わたしが好んで食べていたソースかつ丼がネミエルさんの考えるそれと一致しているかどうかはわかりませんが。
わたしが好きだったのは、ごはんの上に千切りのキャベツが乗っかっていて、そこにソースがたっぷりかかったカツが乗っている、というものですけど。
いかん、食いたい。しかし往復3000円かけて電車に乗り継いで行くのは無理だ。行動半径が狭くなると人間ダメですね~(^^;)
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炭酸飲料から炭酸を抜くのはちと賛成しかねるなあ(^^)
タイプって、いいんですか? あの女の正体は……。わかるように書いたつもりなんだがなあ。筆力ないんだなあ。むむ。