ささげもの

    狩猟期

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     わたしは父から受け継いだシュミット・ルビンM1889小銃を構えた。古いボルトアクション・ライフルではあるが、スイス陸軍の正式小銃として長いこと使われていた名銃だ。最初期のバージョンではストレートプル方式という革新的な機構が用いられていたのに、わしが手にできたときは普通のボルトアクション方式に堕してしまった、情けない、と死んだ父はこぼしていたものだ。

     しかたもあるまい、と思う。ストレートプル方式は合理的なシステムではあるが、埃や塵で故障しやすいという欠点があるのだ。スイス人の発明らしく、あまりに精密すぎることは思わぬことにつながるということかもしれない。スイスの磨き上げられた腕時計の技術が、日本のクオーツと液晶デジタル時計に大敗北を喫したように。もっともあっちはあっちで中国の台頭に四苦八苦しているらしいが。

     わたしは岩陰に身を伏せ、獲物が来るのを待っていた。カールもこんな気持ちだったのだろうか。

     五年前、カールが初めての鹿狩りに来たときの光景が、頭をよぎった。その場にいたわけではないが、その場にいた者たちの話を総合すると、どうしても頭の中に再構成されてしまうのだ。

     わたしもあのときインフルエンザで倒れてさえいなければ、と思う。五十を超えたというのに、ほんとうにダメな父親だ。

     カールは、大学の同級生だったというウィルヘルムとともに、わたしの三十年来の親友であるエルンストの指導のもと、この山へ鹿を狩りに来ていた。その日も今日のような抜けるような青空だったそうだ。

     カールはこのM1889を手に山に来ていた。エルンストはアメリカのスプリングフィールドM1903。ウィルヘルムは最新式のブレイザーR93だった。やつはカールに、この銃はストレートプル方式が使われているんだ、ほかにもこんな新機能が、などととうとうと自慢したらしい。半世紀以上の歳月が流れているのだ、システムくらい洗練されて当たり前だ。ストレートプル方式が、その方式を生かしながら改良されていなければ、そっちのほうがおかしい。

     わたしはスコープを覗いた。獲物はまだ来る様子はなかった。

     エルンストはいっていた。

    『流星のような模様が顔についている小鹿がいたな。まだ一歳にもなっていなかっただろうな、あれは』

     カールは銃を構えている。ウィルヘルムも同じく。そしてエルンストは監督だ。

     そして……。

     銃声が一発。

     わたしは息を吸い込んだ。ウィルヘルムは事故だと主張した。目視の誤りだと。

     事故だかどうだかはわからないが、あの糞餓鬼は、小鹿を釣れた牝鹿に向けてライフル弾をぶっ放したのだ。そのとき神は留守をしていたらしく、牝鹿には天からの救いはなかった。

    『あのガキは笑っていたよ。間違いなく、目は、な』

     エルンストは激高した。しかしその場には、エルンストよりも激高した奴がいたのだ。

     カールは愚かにも装填した銃をウィルヘルムに向けるという過ちをしでかした。エルンストは当然、それを止めようとした。自分でもなにをしているのか気づいたカールは銃口を人がいない方向に向けようとした。その瞬間、

     バン!

     あのときはカンポ・ルドゥンツじゅうが大騒ぎになったものだ。エルンストは村でもけっこうな名士だったからだ。

     エルンストは生涯にわたって右ひじを曲げることができない身体になってしまった。カールは重過失致傷で刑務所に行き、三年の刑期を終えて出所して間もなく、車を飛ばして谷底へダイブした。

    『流星のような』

     わたしは一頭の牡鹿を追っている。去年、猟期が終わってから、酒場でヤス(スイス伝統のトランプゲーム)をしていた相手がいったのだ。

    『流星のような模様がある牡鹿を見たんだ。大物だ。狙ったけれど逃げられた。ついてない』

     わたしはカールの持っていたライフルを抱えてここにいる。わたしは牡鹿を見つけ、撃つのだ。

     そして面白いことに、どうやらこの近くには、ウィルヘルムくんもいるらしいことがわかった。わたしから息子と親友を奪ったあの若造が、免許を再取得して、のうのうとここへ猟にやってきたらしいのだ。どうしてわかったかと聞かれても、わかったからわかったのだ。

     わたしは千載一遇のチャンスにいる、と心の中のなにかがささやく。

     わたしは視界に獲物を捉えている。スコープは着実に獲物を追っている。なにをって? とにかく脚で歩いていることは確かだ。

     わたしは呼吸を整える。なに、これまで通りにやればいい。

     スコープの中の獲物が……。

     わたしは引き金を引いた。



     ※ ※ ※ ※



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    ~ Comment ~

    Re: かじぺたさん

    冒険小説風に良く知りもせぬスイスを舞台に書いたら、八少女 夕さんから的確かつ辛辣なダメ出しをくらってへこまされてしまったであります(^^;)

    この借りは八少女 夕さんに今年の年末返してやろうと思っています(こりてない(^^;))

    すごいですね~!!

    こんばんは~(^0^*)ノ
    銃とかちんぷんかんぷんだし
    ヨーロッパにも疎いので
    題材として使われるだけでも尊敬です!!

    これは、ターゲットは四本足ではない生き物でしょうか?
    それにしても、まさかこんなことになるなんて・・・
    運命って残酷ですね・・・

    Re: 山西 サキさん

    意地悪をしているつもりはないんですが(自覚がないだけ始末に悪い(^_^;))

    同じことをやっても面白くないなあ、とは思ってます。

    びっくりさせたいんでしょうね。

    まあ今回はカウンターパンチを食らってKOされてしまいましたが、来年はまた新しく悪いことを(`・ω・´)キリッ

    NoTitle

    ポールさんはこういうの好きですね。
    そして結構チャレンジャーです。(意地悪とも言う・・・)
    いきなりライフルの蘊蓄だし(サキは面白いとおもいますよ。おおっ!と物語に入っていけます)、空想と伝聞と現実がないまぜになっているし(確認のために読み返しが何回か必要でした)、登場人物(しかもカタカナ)が多いし、不穏だし・・・「わたしは引き金を引いた」って、ここから夕さんはどのように捻るんだろう?とても楽しみになりました。
    難しいぞ、こりゃぁ。

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    Re: canariaさん

    子供連れでもなんでも、牝鹿や子鹿を撃つのは絶対的なタブーです。

    牝鹿を撃ってはいけないのは、たしかに「かわいそう」という倫理面もありますが、どちらかといえば、

    「群れを存続させるためには牡鹿は一頭でいいけれど牝鹿と子鹿はたくさんいないと群れが全滅してしまう」

    という実利的なことではないでしょうか。民衆の知恵というか。

    それに、牝鹿も「天敵」とかに食われて一定量は減るでしょうし。

    来年食べるものを残しておくためにはある程度マネジメントしないとあかんのです。

    農耕民族が種モミ残すのと同じことですね。

    銃については、親から受け継いだ国軍の制式銃、とにかく金出せばええんやろ的に買った最新式の銃、無骨だが信頼性の高いアメリカの銃、ということで選びました。エンターテインメント書くならば、武器の知識は必修だと友成純一先生も爆笑エッセイ「ローリング・ロンドン」で書いておられましたであります。武器は名前を出すだけで緊迫感が如実に違いますから、ざっくりとした知識はやっぱりあったほうがいいと思います。

    NoTitle

    初めましてこんにちは。
    突然のコメント失礼致します。
    canariaという名前で夕さんのブログに時々書き込みさせて頂いている者です。
    「scriviamo! 2016」ご参加作品ということで、ポール・ブリッツさんの作品を読ませて頂きました。

    銃のリアルな描写が硬質な雰囲気の復讐劇にリアリティをすごい与えていますね……!
    「わたし」がスコープから息をひそめているのが伝わってくるようでした。
    「わたし」がスコープの向こうで見据えているのは成長した子鹿なのかウィルヘルムなのか……。
    そこは明瞭にならないのですね。
    けれどそれが逆にミステリアスな余韻を残して印象的でした。

    それから、無知なので一つ質問なのですが……。
    狩猟の世界において、子供連れの牝鹿を打つのがタブーなのは、人間同様、子供が可哀想だから、倫理的に……という意味でタブーということなのでしょうか?
    いろいろと初めてのことばかりで、とても勉強になりました^^

    Re: miss.keyさん

    そういう展開もありでしたね。

    でも父親の狙っているのが「流星のような模様がついた牡鹿」だったら息子が出てくるわけもないですし。

    いったい父親の狙っているのは、男でしょうか、鹿でしょうか?(^^)

    いつ息子が出て来るのかと思ってしまった

     おっとこれは意外な展開。いつ息子が出てきて爺ちゃんを止めるのかとハラハラしていたら、出て来なかったでござる。(・~・;;

    Re: 八少女 夕さん

    信じないのもわかりますがいえ即興も即興(^_^;) 募集記事読んでから別ブログ記事読み、あっ面白そうだ、と一気に書いた(^_^;)

    だから銃についてはその場でウィキペディアで調べたし、猟についての知識も全然(笑)。鹿ってほんとに六歳で大物になるのかすら知らない(笑)。

    猟師のイメージは、稲見一良先生や谷克二先生の作品を参考にしてます。だいたいその程度の知識で。

    「わたし」が撃ったのは成長したあの小鹿なのか成長というものをみせない人間なのかは、わざとぼかして書いてあります。結末を読者にゆだねる「リドル・ストーリー」ってやつで。そのほうが読むほうも続き書くほうも楽しいでしょ?
    d(≧∇≦☆○=(`Д´)q

    しかしそれにしてもスイス人にはびっくりした。そうか国民皆兵で一家に一挺銃がある社会では、暴発や誤射も「交通事故」みたいなものなのか。轢いた人が悪いことはそうなんだけれど、巡り合わせもあるし、まあ一からやりなおせばいいじゃないか、って空気なのかなあ。カールくんは激しやすいけど落ち込みもひどいひとだったんでしょうね。

    それに対して牝鹿を撃つのは……純粋な間違いで心から反省しても生涯免許剥奪か。価値観の違いかなあ。「リンチされないだけマシ」と考えるべきなのかなあ。まあ、ウィルヘルムくんにはそれだけのカネとコネがあったんでしょうねきっと。(といってみたりして自己弁護(^_^;))

    こんばんは

    ううむ、狙って前から準備していましたね、ポールさん。これは、別ブログの記事から思いついたんでしょうか。最初から飛ばすなあ、毎年。私が困るような作品書こうと渾身の努力しているでしょう(笑)

    しかもカンポ・ルドゥンツ村かあ。いろいろいるけど、誰を出そうかなあ。この設定じゃ、20世紀初頭のリゼロッテたちは出せないな。しばし考えます。

    ということはともかく、さすがポールさんらしいお話です。銃の設定とか、正直言ってオンナコドモの一員である私には「?」なんですけれど、この細かさがリアリティを作るんですよね。

    それに、この時期、外に猟銃を持った人がフラフラしていても、誰も止めないことを考えると、こういうことをしたがる人には絶好の機会なのかもしれませんね。

    あ、でも、ひとつだけ。スイスの刑務所は、実は日本のビジネスホテルに客として滞在するよりもある意味いい待遇だし、日本ほど前科に対するマイナスイメージもないんで、これっぽっちのことで(スイスでは、「これっぽっち」なんですよ)息子が自殺するのは考えにくいとはおもいますが、そこはお話だからいいとして、現実では少なくともこのケース(初回で子連れ牝鹿)でウィルヘルムが狩猟免許を再取得できることはないですね。
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