荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(17)

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    「総督府は、あたしたちに何か深い恨みでもあるのかもしれん」

    「いっていることがよくわからんが、あれか?」

     テマは金髪をローブに隠していった。

    「そうだよ!」

     立て札には、ふたりの似顔絵がばっちりと描かれていた。しかも、よほど腕のいい似顔絵師が描いたのか、特徴がきちんとわかりやすく整理されて描かれている。

    「その下にはなんて書いてあるんだ?」

     同じく顔をローブの下に隠したアトは、テマに尋ねた。テマは仏頂面で答えた。

    「生きたまま役所に連れて行けば、誰でも金貨五十枚」

    「なるほど。総督府にとってもおれたちは賞金首になったということか」

    「お前も頭が少しは回るようになってうれしいよ。さて、あたしたちはどこへ逃げるべきかだが」

     テマは気付け薬のつもりか、そこらの屋台で買った、精霊の恵み……「ミツリンチャノキ茶」といって店では売っていたが……の青い味のするぬるめの茶をひと口飲んだ。

    「あたしは慣れているけど、お前は正直いって、目立つ」

    「そうなのか? でも、いったいどこが目立つんだ?」

     テマはむすっとしてさらに茶を飲んだ。

    「その、自分自身に対して自覚がないところがいちばん目立つんだ」

     アトは首をひねった。

    「だから、それはどこだと……」

     そのとき、アトはどこかからの視線に気づいた。アトは視線を合わせた。視線の先には年端もいかぬ少女がいた。少女はそばに立っていた年頃の娘の手を引いた。

     娘はアトと視線を合わせた。なぜか娘は下を向き、そそくさとその場を立ち去って行った。

     テマもそれに気づいていた。ごくりと茶を飲み干して、アトに向かっていった。

    「おい」

    「なんだ」

    「気づかれたぞ。いいか。何事もなかったかのようにこの場を立ち去れ」

     二人が腰を上げたその時。

    「あーっ!」

     立て札の方で叫び声がした。黄色い声だった。

    「逃げるぞ!」

     ふたりははじかれたようにらくだにまたがると、全力の駆け足でその村を逃げ出した。

    「テマ」

    「なんだ」

    「どうして女ばかりおれに気づくんだ」

    「…………」

     テマはうつむき、ぷるぷると身体を震わせていたが、やがて叫んだ。

    「お前ら野蛮人は、鏡というものを見ないのか!」

     アトは再び首をひねった。

    「鏡くらいおれたちも知っているが」

    「そういう意味じゃない!」

    「だったらどういう意味だ?」

    「うがああああああ!」

     アトにはどうしてテマがそこまで取り乱すのかわからなかった。

     ある意味、ものすごく幸せな男なのかもしれない。



    「よう」

     ポンチョ姿の男は、いつものように、なにかの草を噛みながら支配人室へやってきた。

    「兄貴!」

    「この鉱山も、見違えるようになったな」

     デムは頭を下げた。

    「へい」

    「そうとうシメたんだろう?」

     デムは首を横に振った。

    「いえ。ぶっ殺したのはひとりだけで。後は適当にカツを入れたらまともに仕事をするようになりやした。もともと、それほどスジというものがわからねえやつらでもなかったようで」

    「ふん」

     ポンチョの男はナイフで爪の垢をほじくり始めた。

    「おれは、お前を過小評価しすぎていたかもしれん。きちんとした池さえ与えたら、お前もゆうゆうと泳ぐ大魚になれるだけの魚だった。おれはそれに気づかなかった」

     ほじくった爪にふっと息をかける。

    「おれの失策よ。目が曇ってなかったら、おれはもっと早く次の手が打つことができて、お前も……」

     ポンチョの男はナイフを軽く振った。

    「その耳を失くさないで済んだということだ。世の中ままならん」

    「へい……」

    「それで、帳簿の正確なところを知りたい」

    「収支ですかい?」

    「それもあるが、鉱山からの産出量だ」

    「へい」

     デムは帳簿を開いた。

    「石灰石が船で十杯ぶん、月当たりに出てる勘定で」

    「ほかには?」

    「くず石灰がひと樽半出てます。うちの鉱山の石灰石に、あんなよけいなものが混じっちゃならねえから、選別の作業は徹底的にやらせてます」

    「上出来だ」

     ポンチョの男がうなずき、デムはほっと息を吐いた。

     それにしても、あのくず石灰には腹が立ってしかたなかった。埋まっている時は石灰石と見分けがつかないのだが、掘り出すとすぐに色が悪くなってしまう。もろくて、使うとしたら地面に線を書くことくらいの役にしか立たない。しかも、加工するにも石灰石ほど応用が利かないときている。まことに厄介な不純物だった。

    「鉱山の評判を悪くすることに使うやつが出てくるかもしれねえ。集めたら、管理は厳重にしておけよ」

    「へい」

     ポンチョの男は、しばし考え込むように黙ってナイフをいじっていたが、やがてデムにいった。

    「あのジャヤ教徒が賞金首にしてる小娘と若造だが……」

     デムは背筋が硬直するのを覚えた。

    「お前が逃がしたのは取り返しがつかん失策だったかもしれねえ。ジャヤ教徒だけじゃねえ、総督府まであのふたりを探してやがる」

     デムは喉がからからになるのを感じた。

    「総督府が、なんでやつらを?」

    「わからねえ。少なくとも、捕まえてジャヤ教徒に売るとか、そういう話でもなさそうだ。総督府に入る金は莫大なものがある。たかだか金貨二千枚のために、今さら動くようなことをするわけがねえと思うのだが……」

     ポンチョの男はまた、言葉を切った。

    「兄貴……」

    「デム」

     ポンチョの男はナイフを鞘に収めた。

    「そう遠くない先、またお前の力を借りるかもしれねえ。そのためにも、この鉱山は、たとえお前が留守にしても、きちんと機能するようにしておけ」

    「へい」

    「もしかしたら」

     ポンチョの男はどこか面白がっている口調で続けた。

    「ケリがついたそのときには、お前のちぎれた耳は、治っているかもしれねえ……」



    「アト」

     村から遠く離れた、砂漠の真ん中で、らくだを止めたふたりは、これからのことについて相談していた。

    「精霊の導きは、なんていってる」

    「何度いったらわかる。精霊の導きというものは」

    「わかったよ。言葉を変えよう。今の状況について、お前の判断を聞きたい」

     テマは頭を抱えた。

    「あたしは追われ慣れている。だから、今の状態が、出口なしの袋小路だということもよくわかっているんだ。ジャヤ教徒だけならまだしも、総督府まで敵に回ってしまったのなら、とてもじゃないが逃げ切れない。ジャングルに身を隠すにしても限界があるだろう。あたしの考えだけでは、どうにもしようがない。お前のその能天気……じゃなくて、極楽とんぼ……じゃなくて、自由な精神としての立場からの意見が欲しい」

     アトは眉を寄せた。

    「いっていることがよくわからないが……」

     しばらく考えて、アトはいった。

    「おれは、総督府に出頭するのがいちばんいいのではないかと思う」

    「総督府に? 正気か?」

    「正気だ。まず、総督府は、おれたちを『生きたまま』欲しがっている。ジャヤ教徒が欲しがっているのは、『死んだ』おれたちだ。これだけでもどちらを選ぶかは歴然としている」

    「……そりゃそうだけど」

    「次に、総督府には、有力な知人がいる。ジャヤ教徒には、有力な知人がいない。これも、どちらを選ぶかの基準になる」

    「まあ、そうだけどさ……」

     テマは自分の頭をこつこつ叩いた。

    「あたしには、どうしてもいまいち信じられないんだよ、あの大博士。なんか、あたしたちに、とんでもないところで、とんでもないことをするんじゃないかって、そんな不安を感じるんだ」

    「だが、アグリコルス大博士に、すぐにでもおれたちを殺したくなる理由があるとも考えられない。道理に沿って考えると、総督府がおれたちを探しているのは、お前が総督府にメッセージを送ったからじゃないのか」

    「メッセージって……あっ」

    「そうだ。数日前の村で、シビトトカゲについてアグリコルス大博士にすぐに伝えろ、といったのは、お前だろう。しかも自分の名前付きで。まあ、あの中に、きちんと総督府に報告したまじめなやつがいたんだろう、と、おれは思う。総督府にもまじめなやつがいて、アグリコルス大博士に報告したんだろう。アグリコルス大博士の意見なら、総督府が動いて何の不思議もないんじゃないのか。それに」

    「それに?」

    「弓の射程距離の圏内に誰かいる。おそらくはジャヤ教徒だと思う」

    「ア……ト……」

    「なんだ」

    「それを先にいえーっ!」

     ふたりはらくだをジグザグに走らせ始めた。つい先ほどらくだを止めていたところに、黒い矢じりの矢が飛んできた。黒はジャヤ教徒の好む色である。そして闇の色をしている黒曜石は、ジャヤ教徒のいちばんのお気に入りの武器であった。

    「わかったっ! もうわかったっ! 行くぞアト、同じ地獄の使者ならば、少しでも話が通じる地獄の使者の方がまだましだ! この先のいちばん近い街にある、いちばんでかい役人の家に駆けこむぞ! 突っ走れ! こんちくしょう!」

     そしてらくだは走る。待っているのは自由への扉か、はたまた死神の口か……。



    (来月に続く)
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