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    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    3 吸血鬼を吊るせ(完結)

    吸血鬼を吊るせ 2-17

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    17

     ……入っていった。
     わたしは気がつくと、ユトリロが描いたような街に白衣姿でたたずんでいた。
     人一人いない、冷たい殺風景な景色なのに妙に存在感がある。自分が景色の一部になってしまった感じがするのは、白衣なんかを着ているからだろうか。
     早く小野瀬孝史を見つけなければ。
     わたしはあてもなく歩き始めた。
     現実世界とは違って、夢の世界の探索は、精密な地図に従って動くようなものではない。なにか行動することにより、否応なく事態の核心、この場合は小野瀬孝史の自我の象徴へと行き着くことになる。もちろん、その過程や現実世界での準備段階においてさまざまな手がかりを集めなければ、遥流子のケースのように、自我を自我として認識できないというはめになってしまうこともあるが。
     慎重に周囲に気を配りながら進んでいく。この陰鬱な街並みにも、重大ななにかが隠れているかもしれない。特に、この街並みで、背景の一部のようにうごめいている人々の存在には、留意する必要があるだろう。ここが受験勉強のしすぎでささくれ立った小野瀬孝史の精神を示すのか、夢魔による侵食の結果なのかは、まだよくわからない。おそらくはその両方だろうとは思うが。
     街並みに陰影が落ちてきた。小野瀬孝史に近づいているのだろう。黒い粘液と、わたしはどう戦えばいいのだろうか。考えがまとまらない。方針は決まっているが、それで救えるという確信がないのだ。
     いかん。迷いは禁物だ。わたしは頭をぶるぶると振った。余計な迷いは、いざ戦いとなったときのイメージ喚起力を減退させる。刃は切れ味が鈍り、銃の発射速度は半分になってしまいかねない。そうなれば、わたしの安全はもとより、患者の状況をより悪化させる恐れがある。それはわたしと患者の双方にとって致命的なものとなるだろう。
     気を取り直して顔を上げる。
     その瞬間、わたしは見た。夢の中だから、感じたといったほうが正確かもしれないが、それはわたしの目の中に飛び込んできたのだった。
     遠くに見えた、夢の街を通り過ぎる一人の女性の影。
     それだけならば驚きはしない。
     わたしを驚愕させたのは、その女性の顔だった。
     若い女だった。美しい女だった。妖艶な女だった。
     しかし、それでいてその美貌には、ある人物の顔のなごりがあったのだった。
     野村香に間違いはない。
     わたしは追おうとした。だが、その女の姿はあっという間に、建物の陰に消えてしまった。そこまで全力で走ろうとしたところで、野村香は背景に過ぎず、わたしがいくら近づこうと思ってもそれは無理な相談であることに思い至った。苦笑いして歩みを戻す。
     だがそのときには、苦笑いなどしている状況ではなかったのだ。
     自分が黒いなにかに取り囲まれていることに気づいた。
     小野瀬孝史の近くまで来たのだ。野村香のことは頭から吹き飛んだ。
     わたしは黒いなにかが濃くなっている方向に足を進めた。
     まだ、液体には見えない。瘴気のように澱んでいるだけだ。
     瘴気の中心を見ようとした。
     いた。小野瀬孝史だ。
     闇が濃くなって液体のように足元に溜まっている。黒い液体だ。
     小野瀬孝史の身体は黒い液体により半ば覆われていた。いく筋かの太い流れが、上体をするすると這い登り、口から、鼻から、身体の中に入ろうとしている!
     わたしはわめきながら突進した。手を延ばして液体に呑まれそうな身体を抱き締める。
    「小野瀬くん! しっかりしろ! こんな子犬なんかとじゃれてるんじゃない!」
     小野瀬孝史の目は焦点を結んでいなかった。
    「子……犬?」
    「そうだ。子犬だ。黒い子犬が、顔にじゃれついているのが、液体に見えているだけだ!」
     わたしの言葉に、ゆっくりと小野瀬孝史は繰り返した。
    「子犬、子犬……」
     液体のイメージが、ぼんやりと、顔の上で子犬の形を取り始めた。
    「そう。子犬だ。子犬だ。子犬だ……」
     周囲の瘴気と液体が、子犬の形に物象化されつつあった。わたしはそれを確認すると、物象化された夢魔をむんずとひっつかみ、小野瀬孝史の顔面から引っぺがした。そのまま遠くへ投げ捨てる。
     小野瀬孝史が、咳き込みながら、大きく息をついた。
     わたしは、精神を集中させ、手の中に、愛用の散弾銃を物象化させた。夢魔は身体をまた子犬の形から別のなにかに変形させ、再度わたしたちに飛び掛ろうとしている。わたしはその「再度」が来る前に、散弾銃の引き金を引いた。
     子犬のような、それでいて他のなにかのようにも見える、不定形のかたまりをした夢魔は、散弾を受けて飛び散った。
    「先生、あれは……?」
    「夢魔です。これからもうひと仕事あります。わたしから離れないで。このコールタールをどうにかしなければ」
    「これが、コールタールですか?」
    「そうです。臭うでしょう?」
    「そういえば……。コールタールをこんなに見るのは、初めてだな」
     彼の言葉とともに、石油の臭いがした。わたしは再び別なものをイメージした。ガラスのビン。そこには灯油とガソリンがたっぷり詰まっている。
     火炎ビンよ、物象化せよ!
     散弾銃よりも構造がかなり単純なため、物象化の仕事は楽なものだった。破壊力については、こっそりと河原で行った実験により確かめておいてある。映画やテレビより、実物の体験のほうが、夢の世界での武器とするのに役に立つのだ。
     わたしは火を燃え立たせた火炎ビンを、瘴気の一番濃いところへ投げ入れた。炎がぱあっと燃え広がる。
     思ったとおりだ。小野瀬孝史の精神力は高く、柔軟だ。
     わたしが行ったのは、「再構成」と呼んでいる手法だった。夢を見るというのは、夢の世界からの情報をただ受けるだけの受動的なものではない。夢の世界というものは、人間には絶対にその存在を生のままでとらえることはできないものなのだ。考えてみてほしい。人間は、「想像もできないもの」を夢に見ることは可能だろうか? いくら自分の見たものが「想像もできないもの」だったと思えても、それは「かつて見たもの」のパッチワークではないだろうか。江戸時代の人間が現代世界を夢に見る、という情景を思い描くのは確かに易しいことである。しかし、それは、思い描くのがわれわれ現代人だからだ。江戸時代の人間にとっては、現代世界のイメージが与えられたとしても、それは彼の持つ「江戸時代の知識」により翻訳されてしまうのだ。つまり人間は、能動的に「夢の情景を描き変える」能力を、誰でも持っているのである。ふだん見る夢でその能力が使えないのは、夢の中では無意識の支配が強くなって、意識してこの力が使えないからに他ならない。わたしたちナイトメア・ハンターが精神力で物が作れるのも、戸乱島で遥流子の夢に入ったときに散弾銃が作れなかったのも、これによるものだ。、
     「再構成」とは、夢を見ている者の自我に働きかけ、誘導することにより、夢の内容を微調整することである。この作業は、主体の自我が柔軟であればあるほど、やりやすい。頑固だと、自分の見ている夢のイメージを固定化してしまうからやりにくいのだ。頑固も一概に悪いことだとはいえないが、恐怖をもたらす悪夢を見ている場合、影におびえる子供のように、自分の作り出した恐怖にがんじがらめになってしまうことが往々にしてある。もしそういう状態に陥ったら、夢魔を倒すのは困難を極めるのだ。今回は小野瀬孝史がわたしの暗示に乗ってくれたため、優位に戦いを進めることができた。顔や身体に液体としてまとわりついている夢魔を、子犬のイメージに再構成して引き剥がし、再構成しきれなかったぶんの液体化した闇のイメージを、コールタールと読み替えることによって火炎ビンの攻撃が効果を持つようにしたのである。
     後は夢魔の心臓部ともいえるところを暴き出して、そこを破壊するまでだ。わたしは炎の中でねじり曲がってのた打ち回る夢魔の姿をにらみながら、そこから逃げ出そうとする部分がないかどうか探した。あれば、それが夢魔の心臓部だ。
     視界の隅に、ネズミのような小動物が走り去ろうとしているのが見えた。あれか!
     わたしは散弾銃を撃ち、小動物を四散させた。
     背後でなにかが動いたような気がした。わたしは散弾銃を構えてくるりと振り向いた。
     なにもなかった。気のせい……だったのか?
     そのとき、小野瀬孝史が咳き込んだ。驚いてそちらを見ると、、コールタールが燃える煙にまかれ、苦しそうにしかめた顔と目が合った。見ると、服もところどころに火がついている。
     誤算だった。ナイトメア・ハンターとしての訓練を受けていないため、小野瀬孝史は、夢の世界の変化を敏感に感じ取り、ダメージを受けてしまうのだ! わたしは慌てて、濡れたハンカチを物象化させて鼻と口にあてがい(酸素マスクは作り出している余裕がなかった)、もう一方の手で服についた火をはたき消した。忘れられた散弾銃は、わたしの精神の焦点から外れて、この世界の中へと雲散霧消してしまった。
     気がつくと、周囲の闇は薄れつつあった。あの灰色の街並みに、光が戻ってきている。
     夢魔は倒れたのだ。
     だが、絶え間なく咳き込み続ける小野瀬孝史を抱きかかえるようにして、炎の中から脱け出して来たわたしには、勝利したという実感はかけらもなかった。あったのはただ、自分の不手際を呪う気持ちだけだった。
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    ~ Comment ~

    >佐槻勇斗さん

    日が変わってしまいました(^^)

    あけましておめでとうございます。

    これからの小野瀬くんの運命は……続きのほどをよろしく(^^)

    こんばんは!
    大晦日ですね!残すところ今年もあと1時間です早っ!!

    夢魔を掴んで放り投げるところ、
    液体でも夢の中なら物象化して掴めるのですね。なるほどなるほど。

    夢では咳き込んでいますが、目が覚めたあとはその影響が出ているのか。続きが楽しみです♪
    また来年読みに参りますねv
    それではよいお年を(^ω^*)

    >森野海月さん

    付記。万一あの傑作をご存じなかった場合に備えて書いておきます。
    ドイツ表現主義で有名なムルナウという監督に、「吸血鬼ノス×××トゥ」という傑作映画があるのですが、この「×××」の部分がFC2の禁止ワードに該当していて受け付けてくれない! なんだこのFC2の野郎は! あの大傑作が表記できないとはまったく!

    ええ、興味を持たれた場合に備えてアマゾンのURLを貼っておきます。

    http://www.amazon.co.jp/%E5%90%B8%E8%A1%80%E9%AC%BC%E3%83%8E%E3%82%B9%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%A9%E3%83%88%E3%82%A5-%E6%96%B0%E8%A8%B3%E7%89%88-DVD-F-W-%E3%83%A0%E3%83%AB%E3%83%8A%E3%82%A6/dp/B000NN765Q

    オルロック伯爵(ドラキュラ伯爵)役のマックス・シュレックの好演(怪演)が素晴らしいですよ~♪ ある意味クリストファー・リーの対極にあるような人ですが。

    失礼しました

    あっ!
    それはもう一つのハンドルネームの方です。
    クッキーが残っていたんですね。失礼致しました。
    小説でのペンネームは森野海月のままでございます。
    またこれからも宜しくお願い致します。m(__)m
    (心模様はなかなかままならぬものであります!)

    >森野帽子さん

    ブログ再開おめでとうございます。森野さんの小説の続きが読めてたいへんうれしいであります。ハンドルネームを変えられたんですか?

    吸血鬼映画だったら、わたしはドイツの無声映画のあの傑作ですねえ。CSの放送で見ましたが、あの画面の美しさはすばらしかったなあ。もう一度放送されないかなあ。
    というか普通のホラー映画はびびって見られないヘタレだったりします(^^;)

    この小説はあとしばらく続きますので、ゆっくりお読みになってけっこうですよ~♪

    >ネミエルさん

    わたしはけさ、シンケンジャーの茉子役の人が
    「ひげを剃っている」
    という、すっげーやな夢を見てしまいました(^^)
    ……ナイトメア・ハンターは来てくれませんでした(^^)

    御無沙汰しております

    凄くすすんでるぅー!!!
    故に、少し頭を整理してから拝読しますね。

    私、ドラキュラ映画好きでございまして、
    中でもクリストファー・リーのファンでございます。
    (あっ007での彼のお腹は……いらないですけどね……)

    色んなネーミングがあるんですねー。
    私の場合、単純だもんなぁー。
    というか簡単な名前じゃないと無理なんです。
    ええー記憶力に難点が……ゲフン!ゲフン!
    (南天のど飴プリーズ♪)

    夢…ですか。

    夢の世界では人は何にでもなれますよね。

    僕は犬になりました。

    起きてがっかりでした
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