ささげもの
野津征亨さんお誕生日プレゼント赤南パロディショートショート!
昭和4×年夏、とある地方都市。
……暑い。
南郷はよろよろと道を歩いていた。契約がらみのことで、午後から提携先の会社と交渉をしなくてはならない。聞いた話では相手はかなりの難物だという。とりあえずこちら側の事情を説明して落としどころを探さないといけないのだが……。
南郷は汗をぬぐった。この交渉に失敗したら大ダメージは必至だ。それだけは避けないといけない。だが、自分にそこまでの交渉ができるか。こう暑くては、頭が働かない。
ふと前を見ると、ラーメン屋と並んで、喫茶店の看板があった。喫茶店なら冷房もあるだろう。とにかく、流れを変える何かがほしかった。
南郷は、喫茶店の扉を開けた。冷気が、火照った身体を心地よくなでていった。
そして奥のテーブルには。南郷は目を見開いた。
「南郷さんじゃないか」
「アカギ……!」
南郷は糸で引かれるかのように奥へ進み、アカギの真向かいに腰かけた。腰かけてから気づいた。
「相席、かまわんか?」
アカギはあの市川との死闘のときのような笑みを浮かべて答えた。
「もちろん。どうせひとりだ……」
「ご注文は何にいたしますか?」
注文を取りに来たウェイトレスがテーブルに水を置いた。南郷はメニューを見た。「ナポリタン 320円」という字が一番上に書かれていた。(※昭和40年代の320円は現在の800円強に相当)
「ナポ……」
アカギは静かにいった。
「死ねば助かるのに…………」
その言葉に、南郷ははっとした。
そうだ。すぐ後に大事な交渉が控えているこの状況で、どうしてたぶんくそまずいであろう喫茶店のスパゲティナポリタンなんだ!
南郷はもう一度メニューを見た。
「スペシャルハンバーグランチ」
1000円(※昭和40年代の1000円は現在のおよそ2980円に相当)だが、肉と飯を腹に入れて体力をつけるのだ。
ウェイトレスは伝票を持って厨房へ向かった。
「アカギ……お前、おれがナポリタンを頼むことを知っていたのか? それに、ここのナポリタンはうまくないのか?」
「この店のナポリタンの味なんか知らない。初めての店だから」
「じゃあなんで」
「最初に会った時と同じさ。南郷さん、あんたの身体から濃厚な『負け』の気配が漂っていたんだ」
「かなわんな……」
南郷は苦笑いした。アカギと会ったことにより、いくらか余裕が戻ってきていた。
「そういえば、あの後、なにをしてたんだ?」
南郷はポケットからゴールデンバットの箱を取り出し、アカギにすすめた。アカギは義理からだろうか、一本取ってくわえ、自分のライターで火をつけた。
「ヒリヒリするような勝負をした……たったひと晩のことなのに今にして思えば二十年以上かかったような気がする。そんな勝負をしたよ」
想像を絶する…………。南郷は聞き出したい気持ちを抑えた。もしここでその話を聞いてしまったら、自分が今の会社員から、昔の、あの、ギャンブルで数百万円を失いかけたあの昭和30年に戻ってしまいそうな気がしたからだ。
それよりも。
「アカギ、お前は何を頼んだんだ?」
答えたのはウェイトレスだった。
「クリームソーダお持ちしました」
「クリームソーダ?」
アカギの目の前に置かれたその緑と白のグラスを見て、南郷は意外に思った。こいつこんなものを食うのか?
「意外かい? だが、いわばこれはテスト」
アカギは説明し始めた。
「クリームソーダ……それは喫茶店の王道であり試金石……。ソーダ水とアイスクリームのバランスと溶け加減、そこにこの喫茶店の味に対するこだわり具合の…………本質が見えてくる……っ!」
「そのアメリカンチェリーにも意味はあるのか?」
「このチェリーはいわば、ノイズ…………そして同時に迷彩でもある。このようなクリームソーダを出せる店は、まったくの愚鈍ではないっ……!」
アカギはストローに口をつけてソーダをひと口飲み、クリームをスプーンですくってひと口食べた。
「ククク…………来たぜぬるりと…………」
アイスクリームを食べたんだから当然だ、という思考が南郷の頭に浮かぶには、そのときのアカギはあまりにも研ぎ澄まされすぎていた。
飲まれていた南郷の前に、ライスの皿とハンバーグの乗ったプレートが置かれた。
「スペシャルハンバーグランチです」
南郷は我に返った。フォークとナイフを手に取り、ハンバーグを切ろうとした。
刹那…………!
「オムライスをもらおうか…………!」
南郷はハンバーグを口に入れ、咀嚼してからいった。
「アカギ、おまえオムライスが好きなのか?」
「南郷さん、このオムライスは柱みたいなもの…………クリームソーダが土台としたら、このオムライスは柱…………!」
そう話すアカギの顔は…………。
まさに…………。
ピカロ…………! 悪党のそれっ…………!
「ケチャップライスを卵でくるむ……そしてそれをケチャップで味付けする…………一見複雑に見えるオムライスも…………本質的には単純…………シンプル…………日本刀のように…………丁半博打のように…………シンプルっ…………! シンプルなるがゆえに…………嘘はつけないっ…………つけないんだっ…………それがっ…………本質っ…………! 本質ゆえの強さ…………っ!」
その言葉を咀嚼するように、南郷はハンバーグランチを食べた。疲れた身体に高蛋白高カロリーのハンバーグランチは薬のようによく効いた。
「オムライスお持ちしました」
ウェイトレスが置いたオムライスを、アカギはゆっくりとスプーンですくい、口に入れた。
そしてもうひと口。
南郷は満足して水を飲んだ。
アカギは立ち上がった。
「おい、アカギ……?」
「これでいいんだ。出よう」
「だってお前、ふた口しか」
「三の矢は必要ない……。南郷さん、ここはおごろう」
アカギがレジで支払いを済ませるのを待ち、南郷は外へ出た。
そして、アカギが外へ出たときにつぶやいた、ひとことの言葉を、南郷は終生忘れることはなかった。
その日の交渉を成功させ、会社へ戻った南郷は、後に同僚との飲み屋での会話でこう語っている。
「アカギは、そのとき、当たり前のように、『隣か……』といったんだ」
最初に書いた通り、隣にはむろん、ラーメン屋があったのだった。
どっとはらい。
……暑い。
南郷はよろよろと道を歩いていた。契約がらみのことで、午後から提携先の会社と交渉をしなくてはならない。聞いた話では相手はかなりの難物だという。とりあえずこちら側の事情を説明して落としどころを探さないといけないのだが……。
南郷は汗をぬぐった。この交渉に失敗したら大ダメージは必至だ。それだけは避けないといけない。だが、自分にそこまでの交渉ができるか。こう暑くては、頭が働かない。
ふと前を見ると、ラーメン屋と並んで、喫茶店の看板があった。喫茶店なら冷房もあるだろう。とにかく、流れを変える何かがほしかった。
南郷は、喫茶店の扉を開けた。冷気が、火照った身体を心地よくなでていった。
そして奥のテーブルには。南郷は目を見開いた。
「南郷さんじゃないか」
「アカギ……!」
南郷は糸で引かれるかのように奥へ進み、アカギの真向かいに腰かけた。腰かけてから気づいた。
「相席、かまわんか?」
アカギはあの市川との死闘のときのような笑みを浮かべて答えた。
「もちろん。どうせひとりだ……」
「ご注文は何にいたしますか?」
注文を取りに来たウェイトレスがテーブルに水を置いた。南郷はメニューを見た。「ナポリタン 320円」という字が一番上に書かれていた。(※昭和40年代の320円は現在の800円強に相当)
「ナポ……」
アカギは静かにいった。
「死ねば助かるのに…………」
その言葉に、南郷ははっとした。
そうだ。すぐ後に大事な交渉が控えているこの状況で、どうしてたぶんくそまずいであろう喫茶店のスパゲティナポリタンなんだ!
南郷はもう一度メニューを見た。
「スペシャルハンバーグランチ」
1000円(※昭和40年代の1000円は現在のおよそ2980円に相当)だが、肉と飯を腹に入れて体力をつけるのだ。
ウェイトレスは伝票を持って厨房へ向かった。
「アカギ……お前、おれがナポリタンを頼むことを知っていたのか? それに、ここのナポリタンはうまくないのか?」
「この店のナポリタンの味なんか知らない。初めての店だから」
「じゃあなんで」
「最初に会った時と同じさ。南郷さん、あんたの身体から濃厚な『負け』の気配が漂っていたんだ」
「かなわんな……」
南郷は苦笑いした。アカギと会ったことにより、いくらか余裕が戻ってきていた。
「そういえば、あの後、なにをしてたんだ?」
南郷はポケットからゴールデンバットの箱を取り出し、アカギにすすめた。アカギは義理からだろうか、一本取ってくわえ、自分のライターで火をつけた。
「ヒリヒリするような勝負をした……たったひと晩のことなのに今にして思えば二十年以上かかったような気がする。そんな勝負をしたよ」
想像を絶する…………。南郷は聞き出したい気持ちを抑えた。もしここでその話を聞いてしまったら、自分が今の会社員から、昔の、あの、ギャンブルで数百万円を失いかけたあの昭和30年に戻ってしまいそうな気がしたからだ。
それよりも。
「アカギ、お前は何を頼んだんだ?」
答えたのはウェイトレスだった。
「クリームソーダお持ちしました」
「クリームソーダ?」
アカギの目の前に置かれたその緑と白のグラスを見て、南郷は意外に思った。こいつこんなものを食うのか?
「意外かい? だが、いわばこれはテスト」
アカギは説明し始めた。
「クリームソーダ……それは喫茶店の王道であり試金石……。ソーダ水とアイスクリームのバランスと溶け加減、そこにこの喫茶店の味に対するこだわり具合の…………本質が見えてくる……っ!」
「そのアメリカンチェリーにも意味はあるのか?」
「このチェリーはいわば、ノイズ…………そして同時に迷彩でもある。このようなクリームソーダを出せる店は、まったくの愚鈍ではないっ……!」
アカギはストローに口をつけてソーダをひと口飲み、クリームをスプーンですくってひと口食べた。
「ククク…………来たぜぬるりと…………」
アイスクリームを食べたんだから当然だ、という思考が南郷の頭に浮かぶには、そのときのアカギはあまりにも研ぎ澄まされすぎていた。
飲まれていた南郷の前に、ライスの皿とハンバーグの乗ったプレートが置かれた。
「スペシャルハンバーグランチです」
南郷は我に返った。フォークとナイフを手に取り、ハンバーグを切ろうとした。
刹那…………!
「オムライスをもらおうか…………!」
南郷はハンバーグを口に入れ、咀嚼してからいった。
「アカギ、おまえオムライスが好きなのか?」
「南郷さん、このオムライスは柱みたいなもの…………クリームソーダが土台としたら、このオムライスは柱…………!」
そう話すアカギの顔は…………。
まさに…………。
ピカロ…………! 悪党のそれっ…………!
「ケチャップライスを卵でくるむ……そしてそれをケチャップで味付けする…………一見複雑に見えるオムライスも…………本質的には単純…………シンプル…………日本刀のように…………丁半博打のように…………シンプルっ…………! シンプルなるがゆえに…………嘘はつけないっ…………つけないんだっ…………それがっ…………本質っ…………! 本質ゆえの強さ…………っ!」
その言葉を咀嚼するように、南郷はハンバーグランチを食べた。疲れた身体に高蛋白高カロリーのハンバーグランチは薬のようによく効いた。
「オムライスお持ちしました」
ウェイトレスが置いたオムライスを、アカギはゆっくりとスプーンですくい、口に入れた。
そしてもうひと口。
南郷は満足して水を飲んだ。
アカギは立ち上がった。
「おい、アカギ……?」
「これでいいんだ。出よう」
「だってお前、ふた口しか」
「三の矢は必要ない……。南郷さん、ここはおごろう」
アカギがレジで支払いを済ませるのを待ち、南郷は外へ出た。
そして、アカギが外へ出たときにつぶやいた、ひとことの言葉を、南郷は終生忘れることはなかった。
その日の交渉を成功させ、会社へ戻った南郷は、後に同僚との飲み屋での会話でこう語っている。
「アカギは、そのとき、当たり前のように、『隣か……』といったんだ」
最初に書いた通り、隣にはむろん、ラーメン屋があったのだった。
どっとはらい。
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なるほど、なるほど。
そういうことでございましたか。
理解力の低い阿呆ですみません(笑)
改めまして、ありがとうございました!
そういうことでございましたか。
理解力の低い阿呆ですみません(笑)
改めまして、ありがとうございました!
- #16886 野津征亨
- URL
- 2016.01/21 19:20
- ▲EntryTop
Re: 野津征亨さん
アカギが頼んだオムライスを二口しか食べなかったことと、「隣か……」といったことから察するに、
「オムライスがマズかった」のでしょうな。(笑)
「こんな期待はずれの喫茶店に入るくらいなら、『隣のラーメン屋に入ったほうがよかった』」というアカギの一生の不覚だったのかと。全盛期のアカギだったらここで迷わずラーメン屋に入っていたのでしょう。(笑)
「どっとはらい」は、「めでたしめでたし」と同様、昔話を終えるときの決まり文句です。
わかりづらかったかな(^_^;)
「オムライスがマズかった」のでしょうな。(笑)
「こんな期待はずれの喫茶店に入るくらいなら、『隣のラーメン屋に入ったほうがよかった』」というアカギの一生の不覚だったのかと。全盛期のアカギだったらここで迷わずラーメン屋に入っていたのでしょう。(笑)
「どっとはらい」は、「めでたしめでたし」と同様、昔話を終えるときの決まり文句です。
わかりづらかったかな(^_^;)
ひょおおお!!
ありがとうございます、ありがとうございます…ッ!!
厚顔にも自ブログで誕生祝いをねだった甲斐がありました!
ポール様の赤南は貴重っ……グフフ
しかし自分、甚だ愚鈍なるがゆえに話のオチがどういう意味なのか、皆目掴めませんでしたorz
宜しければ解説をお願いいたしますm(_ _)m
ありがとうございます、ありがとうございます…ッ!!
厚顔にも自ブログで誕生祝いをねだった甲斐がありました!
ポール様の赤南は貴重っ……グフフ
しかし自分、甚だ愚鈍なるがゆえに話のオチがどういう意味なのか、皆目掴めませんでしたorz
宜しければ解説をお願いいたしますm(_ _)m
- #16882 野津征亨
- URL
- 2016.01/20 19:30
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Re: 野津征亨さん
ほんと、ふぐ刺しを二口くらいしか食わないで、アカギは常日頃何を食って生きているんでしょうか。
やつは仙人だから「霞」説(笑)