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    「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
    3 吸血鬼を吊るせ(完結)

    吸血鬼を吊るせ 2-18

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    18

     ……ゆっくりと目が焦点を結んだ。
     なじみの壁。なじみの床。なじみの毛布になじみのベッド。いつもの診療所だ。時計を見る。四時半だ。
     わたしは頭を軽く振った。どこか身体に脱力感が残っている。肩が凝ってしかたがなかった。精神的に疲れたというより、単に齢なのかもしれない。
     椅子に座りなおして、横たわっている小野瀬孝史を見やった。
     目を覚ますのをじりじりして待つ。
     ごく弱い睡眠導入剤しか投与していないにもかかわらず、小野瀬孝史はわたしが目を覚ましてから二時間、計三時間も眠りやがった。とうとう六時半になったので、親御さんからの抗議が来る前に揺り起こした。
    「あ……先生、おはようございます」
     ぼんやりとした瞳で小野瀬孝史はわたしを見た。
    「おはよう、というにはだいぶ遅くなりましたがね」
     わたしは背後を指差した。脳細胞が、真っ暗になった屋外の景色を認識したのだろう、ぼんやりとしていたその瞳にいきなり光が宿り、顔が引き締まった。がばっと跳ね起きる。
    「先生、今、何時ですか!」
    「六時半です。あなたは、三時間以上も寝ていたんですよ」
    「三時間……三時間もですか!」
     一瞬、小野瀬孝史の顔に驚愕の色が浮かんだが、それはたちどころに晴れやかな表情に変わった。昼間、ここに来たときからは想像もつかないような、澄み切った笑顔だった。
    「三時間ぐっすりなんて……この一週間、そんなことはありませんでした! 先生、ありがとうございます!」
    「あなたの心が強かったせいですよ」
     わたしはそういってごまかした。正直、こんなドジなナイトメア・ハンターが賞賛を受けるなどということはあってはならないのだ。夢魔一匹を倒すのにも四苦八苦し、患者の命まで危険にさらしたようなドジな男が。
    「夢のことは覚えていますか?」
     小野瀬孝史は目をぱちくりさせた。
    「夢……ですか? いえ、別に夢は。ぐっすり眠っていたような感じがします」
     さらにしばらく考えてから、続ける。
    「そういえば、なんか、ものすごく暑苦しかったような気もしますが、この毛布のせいでしょうか」
    「そうかもしれませんね」
     わたしは、苦労が忘れられたことに対する寂しさ半分、醜態を忘れられたことに対する安堵半分の気持ちで椅子から立ち上がった。ついでに小野瀬孝史の手を引いてベッドから立ち上がらせる。
    「いちおう、夢魔は倒しました。まず、当分はやってこないでしょう。ところで、治療のことであなたにお伺いしたいことがあるので、しばらくお時間をいただきます」
     わたしたちはふたたび机を挟んで座った。
     いくつかの当たり障りのない質問をして、それをファイルに書きとめる。とはいえ治療者としてやっておかなければならない質問であることは本当だ。
     治療者としての範を逸脱しかねない質問はこれからである。
     わたしは別なファイルから野村香の写真を抜き出して、小野瀬孝史の前に差し出した。
    「見覚えがありますか?」
    「これですか? どこかで見たような……」
    「では、この人をもっと若くしたような、美しい女性を見たことは?」
    「…………」
     真剣な面持ちで眉根を寄せて首をひねくっていたが、やがてふっと息を吐き出した。
    「いえ。覚えていません。この人がどうかしたんですか?」
     うろたえるのは今度はわたしの番だった。
    「あ、覚えがなければ別にいいんです。気にしないでください」
     写真をひっこめようとした。
    「すみません。先生、もう少しだけ見せてもらえませんか?」
     わたしは写真から手をどけた。小野瀬孝史は机から写真を取り上げると、手の中でいじりまわし、さまざまな妙な角度から見た。
     しばらくして、腑に落ちたという顔つきで、写真をもとの位置に戻す。
    「先生、思い出しました。たしかに見てます」
    「本当ですか!」
     小野瀬孝史はうなずいた。
    「この前、ここに来たとき、帰りに、道路の反対側を歩いているのを見かけました。すごく綺麗な人だったのを覚えています。顔の輪郭とか、雰囲気が、この写真と似ています。間違いありません。一瞬のことだったので、今まで忘れていました。でも、本当に、この人、誰なんですか?」
    「ワイドショーとかニュースとか、ご覧になっていませんか?」
    「この数日は、自分のことだけで頭がいっぱいで、新聞もテレビもろくに見てません。有名な人なんですか?」
    「はからずもね」
     わたしはファイルを閉じた。
     小野瀬孝史を送り出して、島田女史も去ると、がらんとした無人の診療所が残った。
     なによりも先に、さっさと探偵事務所にメールを打ってしまわなければ。わたしはパソコンに向かって、今日知った新たな事実と、捜索対象をこの辺りに集中してほしいという内容のメールを、森村探偵事務所に打った。
     しかしそれにしても、三日前まで野村香がこのあたりをうろついていたとは思わなかった。
     なにをしていたのだろう。
     まさか……慄然としたものを感じた。
     わたしを殺しに?
     思わず周囲を見回した。武器になりそうなものといえば椅子くらいしかない。射撃部に所属していたころは散弾銃を持っていたが、あんなものを日ごろから持って歩いたら銃刀法違反だ。
     チャイムの音がした。
     心臓が飛び上がる。
     居留守を使おうかと思ったが、ここに電気がこうこうと点いているということは隠す術がない。
     わたしは結局、ドアの覗き穴から、来訪者の顔をうかがうことにした。マスコミのやつらだったら、大喝して追い返してやる覚悟である。
     片目を当てた。
     遥美奈の顔が、視界中いっぱいに広がっていた。
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    ~ Comment ~

    >せあらさん

    御大はその、まあいろいろと段階を踏んだうえで(^^)
    とりあえず続きをお読みください。

    >ネミエルさん

    「有朋(とも)、遠きより方(なら)び来る。また楽しからずや」と孔子様もおっしゃっています。
    並び来るのは誰だ……? (^^)

    びっくりしました。

    よかった、美奈さんで。

    もし野村さんだったら・・・

    おそろしやっ

    ここでまさかの御大登場か?!
    来訪者は美奈さんでしたが、一瞬目を輝かせてしまいました^^;
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