荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(18)

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    stella white12

    18 総督府



     馬車はお世辞にも乗り心地がいいとはいえなかった。

    「あのう、失礼は承知の上だけど」

     テマは両手をわずかに持ち上げ、隣に座る屈強そうな男にいった。

    「なにも逃げやしないし、あたしの従者ともども、手枷足枷くらい外してくれてもいいと思うな……」

     屈強な男はじろりとテマを見たが、なにも返答はしなかった。

     無言を貫いていることではアトも同様だった。ただ、宙の一点を見つめていた。そこになにかがあるわけではなかった。ただ、いかなる事態に陥ろうとも、考えるよりも前に身体を動かせるようにしておこう、というだけの話だった。

     この、屈強な見張りの男も、アトも、会話に乗ってこないということに気づいたらしいテマは、ふてくされたように背もたれに身を倒した。

    「まったく、総督は、客人を迎えるのにこんなやりかたしかできないのかねえ」

     皮肉に対する返事はなかった。

     テマはますますふてくされた顔をした。

     あの日、襲ってきたジャヤ教徒を振り切り、オアシス都市の役場へ自ら出頭したテマとアトは、即座に縄を打たれて土牢に放り込まれた。

     テマは、夜露がしのげるとはありがたいもんだ、と皮肉交じりの愚痴をこぼしたが、陽が沈むよりも早く、迎えの馬車がやってきた。馬車といっしょに騎兵中隊までもがついていたのには、世情に詳しいテマとしても意外だったらしい。ふたりはそのまま手枷足枷をはめられ、護送用の馬車に乗せられた。

     目隠しをされなかったのは、目的地がわかりきっている旅か、もしくは片道だけの旅を意味したが、アトは動じなかった。精霊の導きで、前者だということが「わかっていた」からである。そして今の状況から鑑みるに、わかりきっている目的地とは、はるか北の総督府しか考えられなかった。

     それにしてもむやみにきつい強行軍であった。テマたちのいた砂漠地帯から、総督府まではらくだでひと月、という距離だったが、町ごとに馬と人とを替えて、夜を日に継いでの移動である。ふたりは眠る暇もなかった。時間間隔も、口に入れられる水とパンのタイミングから推し量るしかない。護送車に空いたわずかな隙間から、昼が来て夜が来たくらいのことはわかったが、それだけだった。

     ふたりの手足は枷との摩擦でひどい擦過傷になっていたが、テマは獣を解き放って傷を治すわけにはいかなかった。もしそんなことをしたら最後、解き放たれた獣は傷と病を求め、護衛の騎兵部隊までもが精神の異常をきたすような激痛に襲われることになる。そうなったらアトとテマはジャヤ教徒たちだけではなく、この大陸の住民全てにとっての公共の敵となり、遅かれ早かれ死刑が執行された後には、首を斬られて晒されるか、心臓に杭でも打たれるか、十字路に埋められて道行く人に踏みつけられるか……。

     馬車ががくんと止まった。

     これまで一言も口をきかなかった見張りの男が、ようやくひとこといった。

    「到着だ」

    「総督府に? あれから二十日しか経ってないけど?」

     見張りの男は動きにくそうに身を屈めると、ふたりの足枷を解いた。

    「二年くらいに一度、こういう仕事があるが、この強行軍をやった囚人で、無駄口を叩く体力が、ここまであったやつは初めてだ」

     アトは何事もなかったかのように立ち上がり、外から開かれた護送車の扉から外へ出た。見張りの男はテマに肩を貸して歩かせながら、首を振った。

    「自分の足で歩けるやつさえ初めてなのに、ひとりで歩けるとは、ただの野蛮人じゃないとはうすうす思っていたが、お前、化け物じゃないのか」

     テマはにやりと笑った。

    「今ごろ気付いたとは鈍いねえ」

     アトは目の前にあるものを見上げた。密林に暮らしていた野蛮人であるアトが初めて見る、外来人たちが住んでいた、海の向こうの『大陸』の建築様式に則って建てられた壮麗な宮殿。

     総督府である。



     デムは鉱山を見回っていた。行く先々で、鉱夫たちの歓声とあいさつが出迎えた。デムに対しての彼らの支持は圧倒的なものがあった。デムは下卑た冗談に対しては当意即妙のそれに倍する下卑た返事を返し、鉱夫たちの爆笑を誘った。デムは怠惰を嫌ったが、過労はさらに嫌うという態度を一貫して取っていた。むろん人気取りのためだったが、鉱夫たちの仕事の能率は向上し、鉱山の収益の増大につながった。

     万事快調だ、とデムは思った。うまく進んでいる。いや、うまく進みすぎている。

     その巨体と容貌からは誰も想像できなかったが、これまでの裏稼業でのさまざまな経験は、デムに悲観論者としての一面を持たせていたのだった。

     悲観論の原因が、デムの背後からやってきた。

    「よう」

    「兄貴!」

     ポンチョの男は、デムの肩をぽんぽんと叩いた。

    「この鉱山も明るくなったなあ。風通しが良くなって、空気が見違えるようだ。ほんとお前には、こっちの方が向いてるぜ」

     褒められているにも関わらず、デムは冷や汗が出てくるのを感じていた。

    「あ、ありがとうございやす、兄貴……それで、今日はなにを?」

    「いやな。ちょっとお前を使わにゃならん事態になった。お前がいない間、この鉱山を任せられる部下はいるか?」

     デムはうなずいた。

    「おれが秘書に使っているやつがいやす。小心者ですが、おれの名前で仕事を任せたら、半年くらいなら支配人代理としてやっていけると思いやす」

    「けっこう。仕事には半年もかからねえ。明日までに荷物をまとめな。そして五日で男を集めろ」

    「へい」

     デムはうなずいた。

     ポンチョの男はぱちんと指を鳴らした。

    「それと、これがいちばん大事なことだが、お前がひとつ所に集めたくず石灰をまとめて船に載せておけ。船が用意できたら、後はおれがやる」

    「へい。……あんなもの、何に使うんで?」

     ポンチョの男は冷たく笑った。

    「お前の知ったことじゃない」

    「へい」

     デムはうなずいた。明日から忙しくなるだろう。

     それにしても……突然こんなことをいうなんて、いったい何が起こったというんだ?



     テマは鉄筆を使い、総督府の部屋の床にかりかりと魔方陣を描いた。いつものごとく服を脱ぎ、いつものごとく獣に傷を食わせ、いつものごとくアトと自分の擦過傷を治した。

     再び服を着たテマはいった。

    「……で?」

     黒い法服を着た若い男は、制するように手を振った。

    「いや、きみたちがほんとうにわたしたちの追いかけていた人間に間違いないか、この目で確かめたかっただけだ」

    「だったら、自分の身体を使った方がいいんじゃないのか。神経痛くらいなら無料で治してやるが」

    「けっこうだ。神経痛の持病はない」

     男は背を向けた。

    「ついてきなさい」

     総督府宮殿の建物は、まるで迷路のようになっていた。若い男は静かに進み、壁から手持ちの燭台を取ると、ろうそくに火をつけ、階段を下りた。

     やがて男は小さな扉ののぞき窓を開け、中を照らした。

    「見たまえ」

     アトはテマと顔を見合わせると、中を覗いた。なにがあるのか確かめたアトは、正直な感想を述べた。
    「こんなばかばかしいことをするなんて、外来人というものは、頭がおかしくなったとしか思えない」

     続けて覗いたテマもいった。

    「同感だ。総督府は何を考えているんだ。シビトトカゲを養殖なんかして」

     部屋の中には無数のシビトトカゲがうごめいていた。

    「部屋に入ってみるか?」

     男は面白そうにいった。

    「アトも同意見だと思うけど、ごめん被るね、あたしは」

    「わたしは入ったといったら」

     ふたりはぎょっとした目で男を見た。

    「治してやってもいいが、金は払ってくれるんだろうな」

     テマの言葉に、男は大笑いした。

    「いや、けっこうだ。治してもらう必要はない。なぜならわたしは、病気ではないからだ。きみたち、ここにこうしているシビトトカゲは、無毒なのだよ」

     テマはアトを小突いた。

    「おい、精霊はなんていってる」

    「精霊は言葉を話さないと何度いったらわかるんだ。しかし、おれはわかった。この男のいっていることは、真実なんだと」

     アトは信じられなかった。だしぬけに、この法服の男の言葉が正しいとわかったあとでも、そのわかったことが信じられなかった。

    「お前はどんな魔法を使ったんだ」

     アトの言葉に、若い男は眉をひそめた。

    「言葉を慎め、野蛮人。それにわたしは魔法などは使っていない。これはすべて、研究と実験の成果だ」

    「実験ってなんだ」

     アトの言葉に、テマは答えた。

    「初めて聞く言葉だし、よくわからないが、言葉の感じから言って、実際に、試しにやってみることじゃないのかな」

    「医者だけあって賢いな。実験とはそういうものだ。だが、やみくもに試すだけが実験ではない。知識をもとに、その知識を拡張させるために行なうのが実験というものだ」

    「こいつはなにをいってるんだ」

     テマは額を手で押さえた。

    「あたしにもよくわからないが、とにかく何でもかんでも知りたいらしいな、こいつ。あたしらよりも、あのアグリコルス大博士と気が合うんじゃないのかな」

    「アシャール法務官と呼びたまえ」

     アシャールは気を悪くしたらしかった。

    「それに、アグリコルスの話は慎んでもらいたい。わたしはきみたちの持っている知識を有効活用して総督府に貢献し、あの惚け爺を追い出して、真の大学者とはいかなるものかを満天下に知らしめねばならんのだから」

    「こいつはなにをいってるんだ」

    「よくわからんが、アグリコルス大博士とは別な意味で、めんどくさいやつらしい」

    「あいつの名前は口にするな!」

     アシャールは眉間にしわを寄せ、苛立たし気に奥歯を鳴らした。



    (来月に続く)
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    ありがとうございます。月産12枚ではペースが遅すぎたかなあ。でも30枚書くと倒れるし……とか考えながら一年半(^-^;

    順調に進めば来年の夏ごろには終わるはずなのですが、うむむ。

    NoTitle

    ちゃんと読ませていただいてますよ。
    そして、とても面白いです!!!という感想をとりいそぎお伝えしておきます。
    本当は、テマのポールさん公認のイラストが見てみたいです。
    どんな顔なんだろう?すご~く気になってます。
    アトは相変わらずだし、デムが興味深いなぁ。相当優秀。
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