「ショートショート」
ミステリ
ウィリアム・ブリテンを読んだ男
計画は完璧だった。憎い叔父の死体は、この分厚いコンクリートの扉の向こうにある。後は、外で操作している針と糸とが、部屋の内側からかんぬきをかけて、『密室』を構成してくれるのを待つだけだ。
青年は、満足げにうなずいた。密室殺人の巨匠、ジョン・ディクスン・カーは最良の教科書だった。だが、天才の真似をしてもしかたがない。どうせ真似をするのなら、凡人の真似がいいと青年は決めていた。
よって、密室自体は、半径四十キロにわたって誰もいない原野のまっただなかにある牢獄のようなコンクリートの小屋という、独創的といえば独創的なものであったが、最後の『扉にかんぬきをかける』という肝心な点を構成するのは、針と糸の機械的メカニズムだった。まあいい。要は、機能するかしないかなのだ。
扉の鍵をかんぬきにしたのは、ウィリアム・ブリテンという作家の『ジョン・ディクスン・カーを読んだ男』という短編を読んだからだった。そこに出てくるマヌケな主人公は、せっかく部屋を密室にしたはいいものの、部屋に鍵をかけるのを忘れてしまって御用となるのである。そんなバカみたいな轍はふみたくない。鍵穴など存在しない、かんぬきを使えば問題が起こりようがない。
それにしても寒い。青年は、手袋をはめた手に息を吐きかけた。今年の冬は、異常に厳しいのだ。今日も雪が降っている。おそらくは吹雪くだろう。車のタイヤの痕を消してくれるのは重宝だが、暖房が切られているこのコンクリートの建物では、けっこうつらいことだった。
青年は、最後の糸を巻き取り、部屋の中にあった全ての針を回収した。
手袋をはめた手で、扉をぐっと力を込めて押し引きする。まったく動かない。部屋のかんぬきは、しっかりとかかったようだ。この扉と部屋を打ち破るには、重機の一個連隊が必要だろう。
青年はにやりと笑った。後は、車でここを離れるだけだ。アリバイ工作も、すでに完璧なものをこしらえてある。家でのんびりくつろぎながら、一ヶ月くらい後の、警察からの報告を待てばよい。彼らは、悲しげな顔で、叔父の『自殺』について語ってくれるはずだ。
ポケットに手をやる……。ふと、その顔が奇妙に歪んだ。
ない。どこにもない。車のキーがポケットにない! あたりをきょろきょろとしたが、キーはどこにも見つからなかった。
どういうことだ? まさか……部屋の中に落としてしまったのか?
凍りついたような瞳で扉を見る。
『扉を破るには重機の一個連隊が』
青年は、絶望の叫びを上げた。
一ヶ月後、警察は、重機を総動員して小屋を破壊し、中に取り残されていた『自殺』遺体と、青年の車のキーを発見した。
青年を指名手配する必要はなかった。すでに行き倒れの凍死体となって、原野の中で発見されていたからである。
青年は、満足げにうなずいた。密室殺人の巨匠、ジョン・ディクスン・カーは最良の教科書だった。だが、天才の真似をしてもしかたがない。どうせ真似をするのなら、凡人の真似がいいと青年は決めていた。
よって、密室自体は、半径四十キロにわたって誰もいない原野のまっただなかにある牢獄のようなコンクリートの小屋という、独創的といえば独創的なものであったが、最後の『扉にかんぬきをかける』という肝心な点を構成するのは、針と糸の機械的メカニズムだった。まあいい。要は、機能するかしないかなのだ。
扉の鍵をかんぬきにしたのは、ウィリアム・ブリテンという作家の『ジョン・ディクスン・カーを読んだ男』という短編を読んだからだった。そこに出てくるマヌケな主人公は、せっかく部屋を密室にしたはいいものの、部屋に鍵をかけるのを忘れてしまって御用となるのである。そんなバカみたいな轍はふみたくない。鍵穴など存在しない、かんぬきを使えば問題が起こりようがない。
それにしても寒い。青年は、手袋をはめた手に息を吐きかけた。今年の冬は、異常に厳しいのだ。今日も雪が降っている。おそらくは吹雪くだろう。車のタイヤの痕を消してくれるのは重宝だが、暖房が切られているこのコンクリートの建物では、けっこうつらいことだった。
青年は、最後の糸を巻き取り、部屋の中にあった全ての針を回収した。
手袋をはめた手で、扉をぐっと力を込めて押し引きする。まったく動かない。部屋のかんぬきは、しっかりとかかったようだ。この扉と部屋を打ち破るには、重機の一個連隊が必要だろう。
青年はにやりと笑った。後は、車でここを離れるだけだ。アリバイ工作も、すでに完璧なものをこしらえてある。家でのんびりくつろぎながら、一ヶ月くらい後の、警察からの報告を待てばよい。彼らは、悲しげな顔で、叔父の『自殺』について語ってくれるはずだ。
ポケットに手をやる……。ふと、その顔が奇妙に歪んだ。
ない。どこにもない。車のキーがポケットにない! あたりをきょろきょろとしたが、キーはどこにも見つからなかった。
どういうことだ? まさか……部屋の中に落としてしまったのか?
凍りついたような瞳で扉を見る。
『扉を破るには重機の一個連隊が』
青年は、絶望の叫びを上げた。
一ヶ月後、警察は、重機を総動員して小屋を破壊し、中に取り残されていた『自殺』遺体と、青年の車のキーを発見した。
青年を指名手配する必要はなかった。すでに行き倒れの凍死体となって、原野の中で発見されていたからである。
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~ Comment ~
お寒うございます。
まずはショートショートから順に読ませてもらってます。
今日は三作品読ませてもらいました。
その中ではこの作品が一番気に入りました。
最後のシニカルなオチが最高でした。
また寄らせてもらいます。
今日は三作品読ませてもらいました。
その中ではこの作品が一番気に入りました。
最後のシニカルなオチが最高でした。
また寄らせてもらいます。
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お読みいただいてありがとうございます。
イメージ的にはカナダとかアラスカとかのとんでもない原野のつもりで書いたのですが、そこらへんはもうちょっと説明が必要だったかもしれません。
それにしてもウィリアム・ブリテンのあの短編は名作だったなあ。今は同題の単行本にまとまっていますので、興味がありましたら読んでみてください(^^)