荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(19)

     ←ワグラムの戦い従軍記・補足 →1977年(3)
    stella white12

     19 毒素



    「きみたちがシビトトカゲと呼んでいるこの生物だが」

     アトもテマも、アシャールの始めた講釈を聞いている様子は見られなかった。ただがつがつと、出された料理を食べていた。

    「きみたち」

    「聞いてるよ」

     テマは自分がかぶりついていた鶏の足を口からもぎ離し、答えた。

    「シビトトカゲだからどうなんだ?」

     アシャールはかぶりを振った。

    「情けない。きみたちは、まじめに教師の話を聞いたことがあるのかね」

    「あたしの教師は賭場とゴミ捨て場と売春宿だった。話よりも身体で覚えることばかりだった。読み書きを教えてくれたおっさんは、よけいなことに、あたしに『女というものは痛いものだ』ということまで教えてくれた。呪術の基礎を教えてくれた婆さんは、よけいなことに、『女が当座の金を稼ぐための手っ取り早い方法』も教えてくれた。どっちももはやこの世にはいない。そしてあたしはこの新大陸じゅうをさまよっている」

     アシャールは眉をひそめた。

    「この世にいない……?」

    「この浮世は、頭がおかしくなった人間には冷たいってことさ」

     テマは鶏の足に戻った。アシャールはいらだったような視線をアトに向けた。

    「そこの野蛮人、お前は」

    「教師には学んだことがない。おれにものを教えてくれたのは家族だ。おれがものをわかることができるだけの余裕がある時機を選んで、わかりやすいたとえで教えてくれた。とりあえず、今のおれはものをわかることができる状態にある。話してくれてかまわない」

     そう答えながら、アトはつぶした芋を手づかみで上品に食べていた。その姿はアシャールの神経を逆撫でしたらしい。

    「食器を使え、食器を!」

    「こちらのほうがうまい」

     テマはにやりと笑った。

    「優雅に見えたけどね。食事の際に知的な会話を楽しむ余裕まであるなんて、外来人も野蛮人の生活に学ぶべきじゃないのかな」

    「貴様ら放浪者は屁理屈ばかり……」

    「なんで怒っているのか知らないが、手で食べるのがいけないのだったらこれはなんのために置いてあるんだ」

     アトは手水鉢で指を洗っていった。

    「そんなことはどうだっていい! いいか、わたしがいいたいのは、人の話を聞くときは、形だけでも、飯を食うのをちょっと休めということなんだ!」

     アトはきょとんとしていた。

    「それならば最初からそういえばいい。話してくれ。腹も満たされたことだし」

     アシャールは殺意を込めたかのような瞳でアトを見つめてから、咳ばらいをした。

    「では、アトくん。なぜ、病気で人は苦しむのかね」

    「いちがいにはいえない、と、おれの祖父はよく話していた。まず、病気が、おれたち人間の身体をかじって食ってしまう場合がある。たとえば、ワニに腕を食われると痛いように、病気のもとがおれたちの肉体を食うのだ。痛いし苦しい。次に、病気が、おれたちの身体に、痛さと苦しさのもとを作ってしまう場合だ。おれたちは走ると疲れるし、身体のふしぶしが痛くなることがあるが、それは怪我というわけではない。走ることで、おれたちの身体の中に疲れのもとや痛みのもとが生まれ、それが疲れや痛みを引き起こす。歳を取ると、なにもしていなくても疲れのもとや痛みのもとができてくるようになり、最後には死に至る。ほかに、病気が身体に毒をもたらすことがある。蛇に噛まれたようなものだ。蛇の牙は、たしかに鋭いが、それはわずかな噛み傷にすぎない。おれたちの心臓を止めてしまうのは、蛇の牙の傷ではなく、そこからおれたちの身体に入る毒のせいだ。祖父は、シビトトカゲの病気も、この蛇と同じように、シビトトカゲのいる水を飲むことで、病気が身体に入り、病気の作り出す毒がまわることによるものだと……」

     アシャールの額に血管が浮いた。

    「野蛮人! どこでその学説を聞いた!」

     テマはにやにやしながら口をはさんだ。

    「だからアトがいったじゃないか。おじいちゃんと祖先の知恵だって。それともなにか、野蛮人というものはミミズのように土を食って糞をひり出すような暮らししかしていないとでも思っていたのか」

     アシャールは口をぱくぱくさせていた。アトはかぶりを振った。

    「おれの父親がいっていた。もしミミズが口をきくことができたなら、ミミズはミミズとして生きることについての楽しみや苦しみ、それとミミズであることではじめてわかる深い知恵をおれたちに教えてくれたに違いない。それは人間に自分が人間であることを恥じいらせ、ミミズのように生きることを人生の模範とさせたかもしれない」

    「アグリコルスのようなことをいうな!」

     テマは骨をしゃぶり、軟骨をかじり、骨髄をすすってようやく鶏の足を置いた。わざとらしく手水鉢で手指を洗い、いった。

    「あたしも満腹になった。いつでも法務官様の高尚な学説を聞く用意はできてる。アグリコルスの話よりは退屈しなさそうだ」

     テマのその言葉を聞くや、アシャールは急ににこやかになった。

    「うむ。わたしの話の面白さは、アグリコルスとは比較にならぬ。聞きたまえ」



     男たちを手配したはいいものの、デムは高揚感は覚えなかった。むしろ、どうしておれはこんなことをしなくてはならないのだ、という思いのほうが強かった。いつものことには違いないが、今日の気分の盛り下がり方は、いつもよりはるかに大きかった。

     その理由も、デムは理解していた。

     ……鉱山!

     おれがいない間、やつらはうまくやっていけるだろうか。支配人代理に任じたあの男は、兄貴には半年は大丈夫だといったものの、もしかしたら三日もしないうちにとんでもない事故などが……。

     考え出すと止まらない。不安材料は坑道をすべて埋め尽くして余りが出るほどある。

     デムは理解していなかったし、指摘されても憤慨したであろうが、血まみれの、根無し草のような生活を続けてきたこの男は、生まれて初めて、疑似的なものではあるが「家族」なり「家庭」なりと呼べるものを手に入れたのだった。

     デムは目を閉じ、雑念を追い払おうとしたが、追い払おうとすればするほど、雑念は大きくなっていった。

     ……おれの鉱山!

     名目上、支配人席に座っているだけで、実際は「おれの」鉱山だなどといえたものではなかったのだが、デムにはそれでも「おれの鉱山」としか思えなかったのである。



    「野蛮人の話にも、真実があることは認めねばならない」

     アシャールは頬のあたりをぴくぴくとさせて話した。興奮しているらしい、と、アトは思った。

    「人間はなぜ病気になるのか。それは、体内に『毒素』が入るからであると、長年の研究の末、わたしはそう結論付けた」

     『長年』? まだ若いのに? アトは首をかしげそうになったが、テーブルの下で、テマに足を蹴っ飛ばされてやめた。

    「すべての病気は、その『毒素説』により説明されうる。わたしのこの大発見を、あのアグリコルスのバカ野郎は……」

    「法務官様、続きをお願いします」

     アシャールは咳払いした。

    「うむ。わたしが目をつけたのは、このシビトトカゲと、その病気のことだった。わかっている通り、シビトトカゲは養殖しやすく、実験に使用しやすい。かなり安く入手できるのも魅力的だ」

     アトは首をひねった。

    「そんなことは……」

     あるわけがない。シビトトカゲはアトの先祖の先祖のまた先祖の時代から、撲滅の対象にしているのだから、見つけ出すこと自体たいへんなはずだ。そう続けようとしたとき、テマはアトの足をさらに強く蹴っ飛ばした。

    「法務官様、経過を詳しく」

    「うむ」

     アシャールは、法服の襟を直した。

    「わたしは、シビトトカゲ病というものが、まず、実在するものかどうかから確かめねばならなかった。噂や伝説にすぎないものを、学問として分析するわけにはいかないからな。それもことは伝染病だ。調査に当たっては極秘裏に行うことが要求された」

    「で、どうやっ……」

     いいかけたテマの血相が変わった。

    「あんた、まさか」

     アシャールは、不思議そうにテマを見た。

    「まさかもなにも、そうするしか確かめられんではないか」

     アトにはまだわからなかった。

    「こいつはなにをいってるんだ?」

     テマは固い声でいった。

    「わからないのか。この血も涙もない男は、病気が実在するかしないかを確かめるというただそれだけの目的で、人間の……おそらくは健康な人間を、実際にシビトトカゲに触れさせ、病気にしたんだ!」

     アシャールは、なにが悪いのかわかっていないようだった。

    「人体実験は、生物学や医学を発展させるためにはどうしても必要な手順だ。それに、わたしが使ったのは、野蛮人だけだ。外来人はひとりも使っていない」

     テマは立ち上がった。その肩は怒りで震えていた。

    「最低なやつだなあんた……」

    「わたしが最低な人間かどうかは別として、成果は上がった。シビトトカゲに用いる餌を、この新大陸の動植物ではなく、わたしやきみのような外来人がやってきた『旧大陸』からの輸入品に限定してみたところ、三代目以降のシビトトカゲからは、それに触れることによる病変が確認できなかったのだ。これは、『新大陸』の動植物、もしくは土壌や空気に『毒素』が含まれており、このシビトトカゲは、それを濃縮して蓄える能力を身につけた、ということを意味する」

     アシャールは、もったいぶって、法服のポケットからガラスの瓶を取り出した。中には、白いきめ細かな粉末が収められていた。

     アシャールは興奮のあまり顔を真っ赤にして叫んだ。

    「これがその『毒素』だ。病気を持つシビトトカゲを焼き、そこで出た灰を蒸留器にかけて不純物を取り除き、濃縮したものだ。耳かき一杯で、驚くほど大量の人間がシビトトカゲ病にかかる。大発見だ。しかしわたしのこの発見を、アグリコルスのやつは嫉妬心から罵り、このわたしのことを『ア法務官』などと総督に讒言したのだ!」

    「あたしも長いことこのあたりをうろついているけど」

     テマは仮面のような表情で、静かにいった。もう肩は震えていなかった。

    「しみじみ思ったよ。アグリコルス大博士という人は、真に尊敬すべきまことに偉い人だということをね」



    (来月に続く)
    関連記事
    スポンサーサイト



    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    【ワグラムの戦い従軍記・補足】へ  【1977年(3)】へ

    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    アシャール法務官が、合理的な人間だったらまだ救われるのですが……。(^^;)

    この人、自分の才能に完全に酔ってますが、ほんとに、アグリコルス大博士のいう通りの「ア法務官」ですからねえ。

    つまり医学にとどまらず、学問でよくあるアレをやってしまったわけですな。アレがなんだかはそのうちわかりますが。

    今後ともよろしくお願いします~。

    NoTitle

    アシャール、この人面白いです。
    そしてけっこう可哀想、テマとアトに完全に無視されているように感じただろうな。アトの伝承理論にたじたじな様子も楽しかったです。
    でも彼、非人道的ですがものすごく合理的です。(彼の頭の中では、ということですが)でもシビトトカゲが毒を持つ過程は解明しているのかな?
    そしてこの男の愚かな行動が何をもたらすのでしょうか?
    失望?それとも希望?
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【ワグラムの戦い従軍記・補足】へ
    • 【1977年(3)】へ