荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(20)

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    stella white12

     20 地下牢



    「あたしを口が悪いというやつがいる」

     テマの言葉に、アトは『もっともだ』と思った。

    「しかし、いくら口が悪いからといって、なにも遠路はるばる連れてきた末に、こんなところで寝ろなんてひどすぎるとは思わないか?」

     ふたりがいたのは地下牢だった。暗闇であるが、眼がすっかり闇に慣れたのか、どこかから入ってくるわずかな明かりだけで、ぼんやりと気配だけはわかった。

    「すべては精霊の導きだ」

     アトの答えに、テマは納得していないようだった。

    「精霊ねえ……じゃあ、なんだ、精霊はあたしたちにイジワルして喜んでるのか」

    「精霊は意地悪などしたりしない。精霊はただ精霊であるだけだ。そこに勝手に意味づけしているのが人間だ」

     テマは半身を起こしたようだった。

    「わかるようなことをいってるけど、じゃあアト、お前はこの状況をどう意味づけする」

    「おれの考えだけれど、いいのか」

    「かまわん。早くしろ」

    「おれが考えるに、アシャール法務官とかいうやつがおれたちをここまで連れてきたのは、おれたちがなにかやつにとって有益なことを知っている、とやつが考えたからだろう」

    「あたしたちの身体には金貨一千七百枚の賞金がかかっている。それだけでここまで連れてきた理由にはならないか?」

     アトは即座に答えた。

    「ならない。二十日間もかけておれとお前を連れてくるには、よくわからんが莫大な費用が掛かるはずだ。金貨が欲しかったらそんな面倒くさいことをしなくても、あのオアシスでおれたちを殺していればいい」

    「ふん。それで?」

    「あのときおれたちが持っていたのは三つに集約できる。おれたちの身体、おれたちの持ち物、おれたちの心の中だ。おれたちの身体は、金の面ではやつには用はない。また、身体を使う技術にしても、おれはやつの役に立つことは何もできないし、お前の医術も、やつは必要としていなかった。必要としていたら真っ先に使ったはずだからだ。たしか神経痛だったか、それにはかかっていないとやつはいっている」

    「筋道は通っているな。あたしたちが持っていたものも、アシャールにとってはがらくた同然だろう。となると、最後はあたしたちの頭の中か」

     テマはふっと息をついた。

    「あたしたちがやつの役に立つ何を知っているというんだ。アホらしい」

    「おれたちが知っている必要はない」

     アトの答えに、テマはあきれたような声を出した。

    「おい、アト、お前、この長旅の間に頭でも打ったのか」

    「違う。現在のところ重要なのは、おれたちが何を知っているかではなく、おれたちがなにを知っているとやつが考えているかということだ。この違いは大きい」

     テマは苛立っているらしかった。

    「だからね、アト、お前の説が正しかったら、あたしたちがどこでやつの欲しそうな情報を手に入れたかだろ、問題は。あたしらがいったいどこでそんな面倒なものを仕入れてきて……ああ、なるほど、そういうことか。お前って、ときどきイヤになるほど冷静になるな」

     ぼりぼりという音がした。テマが頭をかいているらしい。

    「そりゃあ、あれだけ気にしていたら、あたしたちからなんでもいいから搾り取ろうとするだろうなあ。なにせ、あたしたちは、アグリコルス大博士と密談して、あの人の隠れ家のひとつに泊まらせてもらったもんな。ちっくしょ、あの疫病神の大博士め。アト、これから話すことでお前の考えと違っているところがあったらいってくれ」

     テマはそういって、こほんと息をついた。

    「まず、やつは自分のシビトトカゲ養殖と人体実験をアグリコルス大博士に痛烈にやっつけられ、出世の道から外されてしまった。少なくともやつはそう思いこんでいる。したがって、やつはアグリコルス博士を恨みに恨んでいる」

     テマはひと呼吸おいた。

    「そんな中で、シビトトカゲ病についてやたらと詳しく、警告を発したお節介人間がいた。あたしたちだ。やつは驚く。あたしたちは、外来人のほとんどが誰も知らないこんな珍しい病気を知っていて、対策をアグリコルス大博士に伝えようとしていたからな。やつは思いこむ。アグリコルス大博士とあたしたちは結託しているらしいと。調べると、それを裏付ける証拠が続々と出てくる。あたしたちがアグリコルス大博士にやっかいになって旅装までプレゼントしてもらったことを証言する人間はいくらでもいるだろう。これは、あたしたちはアグリコルス大博士の密命を受けてシビトトカゲ病について調べているに違いない。とやつは思いこむ。あたしたちは護送され、その途中でいろいろとそれとなく尋問を受けるが、くだらないことしか答えない。普通ならそれでシビトトカゲとは無関係なことがわかるはずだが、中途半端に頭が切れるやつはそうは考えない。『こいつらは尋問を受け流すことも平然とできる、鉄の意志を持っているおそろしい人間たちなのだ。自分の目で確かめ、尋問しない限り安心できない』と考える」

     アトはつけ加えた。

    「そして面会して話をした今、アシャールはおれたちがやつのほしい情報を知っていないことを確信したらしい」

     テマも同意したようだった。

    「そうらしいな。わからんのは、あたしたちをこんな地下牢に閉じ込めておく理由だ」

    「あくまでもおれの考えだが、わからないでもない。アシャール法務官は、おれたちに脱獄してもらいたいのだ」

    「なんだって?」

     テマが跳ね起きる気配を感じ、アトは意外に思った。

     いったい、自分は、なにか変なことをいったのだろうか、と。



     ポンチョの男は、ぼんやりと葉っぱを噛んでいた。いつもより長い時間噛みつづけると、ぺっと吐き出した。

    「長いようで短い道だったねえ……」

     直線距離で進めば平坦で短い道を、迂回するようにしてやってきたのだ。なぜなら、短い道には危険があまりにも多すぎるからだ。長い道をたどり、ひたすらに安全策を取り、敵を倒すよりはまず味方を増やし……その結果として、自分の目的まであと一歩までたどりついたわけだ。もしあの情報が正しかったとしたら、目的……『自分の王国を作る』ことまでは指呼の間である。

     油断しちゃいけねえ。

     それは、兵法書に何度も出てきた戒めの文句だった。かつて『大陸』に覇を唱えた英雄や豪傑たちが、いかに些末な事柄から王国を失い滅びの道をたどったかが、兵法書には実例としてこと細かに書かれていた。

     また、別の章句もつぶやいてみた。

    「勝ちは七分をもって上となす。五分の勝ちは侮を得る。十分の勝ちは嫉を得る。いずれも君子の為すところに非ざるなり」

     勝ってナメられるというのもまずいことだが、勝って恨まれねえようにもしなくちゃな。そこが難しい。

     ポンチョの男は、また服の中から乾いた葉を一枚取り出して、ぱきりと割って口に入れた。

     闇夜の海を船が進みゆく中、ポンチョの男は葉をしがむ。いったいどんな味がするものか。



    「あたしたちの脱獄? 脱獄させてどうしようっていうわけ?」

     テマに対してアトは淡々と答えた。

    「アシャールにとっても誰にとっても、脱獄させるくらいしかおれたちに使い道はないだろう。おれたちが脱獄したら、アシャールにとってはいくつもの利点がある。まず、おれたちにこのシビトトカゲ騒動の全責任を負わせることができる。この総督府というのがどれだけ偉いのか知らないが、そんな偉いところから逃げ出した大罪人なら、外来人のおおかたがおれたちの罪をより強く信じて疑わないに違いない」

    「だからといってだな」

    「もうひとつ利点がある。おれたちが脱獄したら、それこそジャヤ教徒が群れをなしてやってくるだろう。すでにそこら辺まで来ているかもしれない。ナイフを手に襲ってくるならまだしも、ついこの間みたいに網をかけられて矢を射かけられでもしたら手も足も出ない」

    「うううう。じゃあここに居残るしかないのか」

    「ここに居残ったところで、事態がよくなるわけではないだろう。アシャールとしては単に食料も水も与えずに閉じ込めておけば、そのうちおれたちは餓死するし、待っていられないならば食料に毒を仕込んでもいいし。火のついたたいまつを投げ込んでもいいし、壁ごと土と石とで塗りこんで窒息死させてもいいし……」

    「そこまでにしといてくれ! まったく、アト、お前ってやつはどうしていつもこうなんだ。考えはもういいから、精霊の導きで何かひらめかないのか」

    「精霊の導きはいまのところまったくない。それが普通だ」

    「普通って、こんな危機的状況にあるのに、普通なのか」

    「安心しろ。わかるときが来たら、だしぬけにわかる」

    「いつそんなときが!」

     テマが怒鳴ったとき、外から数名の人間の足音が聞こえてきた。

     テマは声を潜めた。

    「あたしたちを無理やり脱獄させようというつもりなのかな」

    「わからんな」

     閂を外すがちゃりという音が響いた。

     地下牢の扉がゆっくりと開く。

     テマはアトに縋りついた。

    「アト!」

     声が聞こえてきた。

    「……まったく世話ばかり焼かせおって」

    「アグリコルス博士!」

    「大博士じゃ!」

     それはアグリコルス大博士だった。博士は何かが書かれた巻物を広げて見せた。

    「総督の赦免状じゃ」

     ろうそくの灯りに、うっすらと書かれた文字が浮かび上がっていた。

    「テマ」

    「どうした」

    「精霊の導きがあった。おれたちはこの人についていくべきだ」

     たっぷり十数えることができるだけの沈黙の後、テマはアトに叫んだ。

    「そのくらい、毎日常に酩酊していて、血管を血の代わりに酒が流れているような酔っ払いのバカだってわかるわっ!」

     アトにはどうしてテマが激高しているのかわからなかった。正しいことをいっただけなのに。



    (来月に続く)
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    「精霊」といってますが、「運命」というより「ヤマカン」みたいなものです。

    たまにありますよね、選択に迷った末、「ええいこれだ!」と思ったやつが大成功すること。

    囲碁の高段者が一瞬で手を読み、感覚で「これだ」とわかる、そういう世界のことだと思ってもらえれば。

    そうした「これだ」体験を集約したものが「精霊」なのです。だから「こうしろ」とか「ああしろ」とか命令する人格的存在ではないんです。

    「紅蓮の街」でもさんざん書きましたが、外来人にはそこがわからないのですね。だから断絶がある。

    かといってアトくんたちが万能かというとそうでもなくて、「これだ」とだしぬけに分かったことに忠実に生きているから、その「これだ」が自分の破滅につながることでも進んで突っ込んでいってしまう。

    世の中ままならんもんです。(^^;)

    ちなみにこの小説は、「まとめ」に入りかけています。あと10回、30章で結末になる予定です。延びるとしても40章くらいですね。

    伏線を処理するのがたいへんでたいへんで(^^;)

    Re:椿さん

    ありがとうございます。

    アトくんは「曇りのない目で世界を冷静に見ることができる人」ですが、あいにくと、「自分が得た結論をどう使えばいいかわからない人」なんです(^^;)

    「冷静な天然ボケ」とでもいいましょうか(^^;) ツッコミ役のテマもたいへんで(笑)

    NoTitle

    アトの喋ることは1つ1つ説得力があるなぁ。
    “精霊”と言っていますがこれって“運命”のようなもののことを指しているのかな・・・と思っています。
    あとから勝手に人間が意味づけしますからね。
    そして冷静なアトのぶんでき分析、これも的確で、アトって凄い奴だなぁと思います。
    でもここまで感心させておいて全く予想外の展開!
    アトはとぼけているの?いや、きっと大まじめなんですね。
    ついていくべきなのはサキにもわかります。
    赦免状って、しかも総督の?どうなったの?そしてどう展開するの?楽しみに待っています。

    ポンチョの男の言うことももっともだと感心していますが、これが本編にどう繋がるのでしょうね。こっちも気になってはいます。

    NoTitle

    アトの冷静さがカッコええです……
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