荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(21)

     ←番外編・黄輪さんの小説をゲームにしてみる →自炊日記・その53(2016年5月)
    stella white12

     21 医者たち



    「まったく、お前たちときたら、また厄介な問題を持ち込みおって……」

     アグリコルス博士の研究室で、テマは居心地悪そうにしていた。家具といえばもろそうな椅子が三脚と、ごく小さな書見台があるばかりで、残りは天井まで届くような壁の本棚にびっしりと並んだ分厚い革張りの本、本、本の山。どうやらそれに、テマは気圧されているらしい。アトには正直、そんなテマがよくわからなかった。何が書いてあるかは知らないが、所詮は紙のかたまりではないか。恐れる必要がどこにあろう。

    「厄介な問題とは、シビトトカゲのことか」

    「ほかになにがあるんだよ。なにせ、これであたしたちはあのゲス野郎にここまで引っ張り出されてきたんだから」

    「えほん」

     空咳をひとつしてテマの言葉をさえぎったアグリコルス大博士は、真剣な目でふたりにいった。

    「『精霊の恵み』については、アトくん、きみはよく知っているな」

     テマは自分の首筋をとんとんと叩いた。

    「なにかと思ったら、あの草のことか。ミツリンチャノキ、だったっけ?」

    「その通りじゃ。あれにはとんでもない薬効があることを、たまたまわしは発見したのじゃ。これを表ざたにしていいのか、わしはきみの意見を」

    「かまわないが」

     アトは答えた。

    「それは、誰かに聞かれたりすると困ることなのか?」

    「当たり前じゃ。実験室で、あれに関する資料はすべて廃棄したし、内容は総督にもまだ話しておらん」

    「もし、本当に他人に聞かれて困る内容なら、おれはこんなところで話はしない」

     テマははっとしたように立ち上がり、周囲のあちらこちらを見回した。

    「誰かに聞かれているのか?」

     アトは首を振った。

    「誰か、じゃない。『武装した上で、おれたちを殺す好機をうかがっている誰か』だ」

    「なんじゃと?」

     アグリコルス大博士は腰を浮かせかけたが、代わりに深々と椅子に身体をうずめた。年齢相応にまで、力がなくなってしまったかのようだった。

    「そうか。だったらしゃべるわけにはいかんな。テマくんもアトくんも、生き残れたら思い出してくれ。宮廷生活というものは、見かけよりもずっと危険なものじゃ」

     アグリコルス大博士は赦免状を見た。

    「これは総督から直接もらってきたものじゃが、ここを武装兵が囲むとなると、たぶん偽の赦免状じゃろう。いかにも、あの『ア法務官』がやりそうな陰謀じゃ。アトくん」

    「なんだ」

    「テマくんを連れて逃げられるかね」

    「精霊の導きは、あんたについていけば大丈夫だと示している」

    「そうか。それなら安心じゃ」

     アグリコルス博士は大声でいった。

    「諸君、聞いての通りじゃ! 逮捕するなら逮捕するがよかろう!」

     アグリコルス博士は立ち上がると部屋の隅の書見台へ行き、扉に背を向けた。

     図書室の扉がぎいっと開いた。アトのいったとおりだった。鎧と兜に身を固め、長剣を携えた兵士が五人、ぞろぞろと入ってきた。

    「近衛兵の中でも手練ればかりということは、総督もご存じなのか」

    「無論です。ご同行願います」

     面頬を上げた兵士は、にたにた笑いを浮かべていた。

    「わしにかけられている嫌疑は何じゃね」

    「偽の書状で囚人を解放し、総督閣下を暗殺せんとはかった罪です。アグリコルス大博士、覚悟をお決めになられたほうがよろしいですな」

    「それならば短剣を送ってくるのが礼儀であろうに。総督にはそれだけの慈悲すらないのか」

    「総督閣下への侮辱容疑も加わりましたな。三人ともども、ご同行願います」

    「野蛮人と呪術医師には手を出さんでいただきたい。連れていくのは、わしひとりでいいじゃろう」

     その瞬間、アトは精霊の導きを得た。だしぬけに、わかったのである。

     アトはテマをかばうようにその前に立った。テマはその肩を、ぎゅっとつかんだ。

     アトは二、三歩下がった。

    「お心はわかりますが、お覚悟を」

    「嫌じゃね」

     アグリコルス博士は書見台をがたんと倒した。次の瞬間、本棚がぐらりと揺れ、倒れた。しっかりしていると思われた本棚は、実は立てつけをかなり悪くしてあったのだ。

     近衛兵たちがなにを予測していても、その歩兵操典には、『何百冊と頭の上から革張りの本が振ってきた場合』への対処法は含まれていなかった。頭でっかちの老いぼれの爺とあなどっていたせいもあり、近衛兵たちは悲鳴を上げて混乱状態に陥った。

     無言のまま、アトはテマを抱きかかえ、駆け寄ってきたアグリコルス大博士を背に負うと、走り出した。人間ふたりという重い荷物をもものともせず、アトはすばらしい健脚ぶりを見せた。

     総督府は迷路のような造りになっていたが、アグリコルス大博士にとっては自分の庭のようなものだった。

     テマはアトの肩越しに視線を向け、なにやらつぶやいた。

     アグリコルス大博士はいった。

    「どうしたんじゃ?」

     それに対するテマの答えを聞いて、アトは首をひねった。アグリコルス大博士は、この総督府から脱出するのにどうしても必要不可欠な人間だ。それが、どうして、『こいつさえいなければ』なんだろう。それにどうして『うるさいから口をきくな』などといったのだろう。大博士の助言なしでは道をどう進んだらいいのかすらわからないというのに。まったく理解できない。

     アトはしあわせな男だった。



     総督はおれを正しく評価してくれた、と、アシャール法務官は思った。

     アシャールは医学の向上を望む、根っからの人道主義者を自認していた。そしてそれは正しかった。「人道」の中に、俗に「野蛮人」と称されるこの新大陸の先住者が含まれていなかっただけである。

     とにかく、平和な世界は守られなければならない。それは自明だ。

     今の新大陸で平和に対するいちばんの危険分子は何か。ジャヤ教徒である。これも自明だ。

     ジャヤ教徒の大半は人間である。これも自明。

     よって、ジャヤ教徒も救われねばならない。自明。

     救うためには、迂遠な道だが、『教育』を施さなければならない。人道主義者である以上、アシャール法務官は手荒な真似は好まなかった。

     教育には時間がかかり、その間、ジャヤ教徒には『無害な代替物』を与えておく必要がある。自明。

     いくらジャヤ教徒でも、大陸から「野蛮人」を駆逐できるくらいの時間をおけば、総督府と人類にとって無害な存在にできるはずだ。そうでなければ、われわれの教育が悪いのだ。

     一分の隙もない論理的な思考だった。その美しい論理的構造物を、あの老いぼれのバカはこともあろうに総督の面前で罵倒し『ア法務官』とまで呼んで笑いものにしたのだ。

     アシャール法務官はそう考えるだけで屈辱に打ち震えてならない。

     それだけではない。

     あの老いぼれ、アグリコルスは、アシャールの長年の研究が生みだした成果、とっておきの宝物を使ってなにやら実験しているらしいのだ。

     おれの研究をも横取りし、あまつさえ自分の手柄にしようとは!

     アグリコルスこそ人道と正義の敵であり、天人共に許さぬ卑劣きわまる破廉恥漢であり、それから、それから……とにかく生かしておくべき人間ではなかった。

     その思いも、今かなう。あくどいことをさせるためにやつが雇ったのであろう密偵ふたりを捕え、やつをこの総督府におびき寄せ、そして反逆罪で死刑台に送る計画が成功したのだ。

     もはや奴の首にかかったロープはこの手で握りしめたも……。

    「法務官どの!」

     近衛兵が飛び込んできた。アシャールは勝者としての威厳を込めて、嫌味にならないよう落ち着いた声で答えた。

    「捕えたか」

     近衛兵は直立不動の姿勢になった。

    「申し訳ありません、逃げられました!」



    「結局、どうしてこんなにうまく逃げられたわけ? いくらあんたが、あの建物について詳しくても、総督はもっと詳しいんじゃないかと思うんだけど……」

     テマはいかにも疑わしいという声で、アグリコルス大博士に尋ねた。

     総督府から少し離れたこの森は真っ暗で、獣の姿ひとつ見えない。今、三人を導いているのは、アトのもつ勘と経験だけだった。

    「たぶん総督閣下が裏で糸を引いておるのではないかとわしは考えておるが」

    「だって、あたしらを投獄したのはアシャールじゃない。あんたを反逆罪かなんかで捕えようとしたのも、アシャールだと思う。なにせあれだけあんたを恨んでたんだから」

     闇の中で、アグリコルス大博士の含み笑いがした。

    「呪術医師のお嬢ちゃん、お前さんはまだ、政治家というものがわかっとらん。むしろ、このアトくんのほうが鋭い批判的精神を持っているのではないのかな」

     アトは歩きながら答えた。

    「よくわからないが、おれの考えをいっていいのなら……総督は、あんたとアシャールを『競争』させようとしているのではないかと思う。総督はあんたを完全に信用していないのと同様、アシャールも完全に信用していない。だから、どちらかに肩入れするのは時期尚早だと思っている。どちらでもいいから、成果が上がったところで、おいしいところだけ持っていこうという考えだろう」

    「信憑性はあるけど、汚いやりかただなあ」

     大博士は、再び含み笑いをした。

    「総督は狡猾な悪人じゃからな。じゃから、アシャールのような中途半端な善人がはまりがちな独善に陥ることもない。独善に浸るには、あまりにも損得の計算が達者すぎる」

    「こういっちゃなんだけど、ふらふらしている医者のほうが、あたしには向いてるみたいだね。人を治すだけで済むもんな」

    「そうかな? 定住もいいものじゃぞ」

     抱いているテマの身体がびくっとするのを、アトは感じた。

    「やっぱり、博士、うるさい。で、発見した薬効ってなんなの? あれを栽培するの?」

    「『精霊の恵み』か。栽培はできん。あれは見つけしだい根絶やしにせねばならん」



    (来月に続く)
    関連記事
    スポンサーサイト



    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    【番外編・黄輪さんの小説をゲームにしてみる】へ  【自炊日記・その53(2016年5月)】へ

    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    あと九回とエピローグで終わらせるつもりですが、無事に結末にたどり着けるかなあこの小説。

    作者がこんな有り様だから、生き延びられるかテマとアト!(笑)

    NoTitle

    精霊の導きもなかなか難儀ですね。間違いなく読み取るには熟練が必要そう。
    ともあれ、無事脱出できてよかった! でもまだまだ前途は多難そうなので、続きを全力待機させていただきます。
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【番外編・黄輪さんの小説をゲームにしてみる】へ
    • 【自炊日記・その53(2016年5月)】へ