「ナイトメアハンター桐野(二次創作長編小説シリーズ)」
3 吸血鬼を吊るせ(完結)
吸血鬼を吊るせ 2-24
24
「なんだよここは」
坂元開次がビートルの窓に顔を突っ込んで聞いてきた。
「見てのとおり、冷凍倉庫だ」
わたしたちは「中川冷蔵」という小さな冷凍倉庫会社の前にいた。これで三軒目だ。
「さっきから同じような会社ばかり。こんなところに、なにがあるんだ」
「うまく行くと、手がかり。下手をすると、破局かもしれん。それはそれとして、現在流行中の、駐車禁止おじさんが来たら起こしてくれ。わたしは少々寝る」
「夢に入るのか」
「いや、運転に疲れたからうたた寝するんだ」
わたしはそう答えると、目を閉じて頭の中で、回転する六角形を思い浮かべた。
夢の中に入るのには、必ず近接していなければならないとか、対象に触れていなければならないとかいうことはない。そこに対象がいることさえわかっていれば、ある程度離れた距離にいても夢の中へと進入することは可能だ。とはいえ、この場合、入るのはかなり難しくなる。
可能な限りの力で精神を集中した。先ほど訪れた二軒の冷凍倉庫会社には野村香はいなかった。これで三度目の正直だ。
ふっと気が遠くなって……。
わたしは、誰かの夢の中に入っていた。
野村香だといいのだが。
わたしの目の前に広がっていたのは、深い森の中で轟々と流れ落ちる、巨大な滝の姿だった。圧倒されて思わず二、三歩退くと、足がなにかに触れた。
振り返ると、そこには西洋風の椅子とテーブルが用意されていた。テーブルの上にはティーカップとポット、ハムと野菜のサンドイッチが載っている。
入る夢を間違えたのだろうか。
そう思いながら、目を上げた。
黒い瞳と視線がぶつかった。
「ようこそナイトメア・ハンター」
野村香、いや、どこかにその面影を残した妖艶な女がいった。着ているものは黒い色の、異国情緒の漂う上等そうな服。胸には十字架を模した銀色のアクセサリー。
「どうした? 座りたまえ、桐野」
「化け物に歓待されるいわれはない」
「化け物だなどと。そんな風ないいかたはよしてくれないか。 これでも知的生物なのだからな」
「平安時代の化け物にしてはたいした日本語を使うじゃないか」
「遥流子の記憶と、この女の言語中枢でしゃべっているのだから、当然だ。このお茶とサンドイッチも遥流子の記憶から取ったもの。最近の人間はうまいものを食べているのだな」
「貴様のうまいものとは人間の精神ではなかったのか」
「あれは特別だ。水や空気みたいなものだからな」
「ダイエットしてみないか」
「ダイエットだったら、数百年という月日の間やってきた。ほんとうにいいのか、桐野? このサンドイッチと紅茶は遥流子の記憶をそのままコピーしたものだから、安全だ。毒なんか入っていやしない」
「あいにくと、ついさっきコンビニで買ったサンドイッチで昼食を済ませたばかりだ。遠慮しておこう。それはそれとして、相談があるんだが」
「なんだ?」
「野村香さんの身体から、出て行ってくれないか。できれば遥美奈さんにつきまとうのもやめてほしい。それから、これ以上、人間をゾンビみたいにして支配下におくことからも金輪際手を斬れ」
「嫌だといったら」
「そこから先をいわせたいのか?」
「ちっぽけな人間風情が、なにをいおうとどうということはない。そちらも、さっさと家に帰って、わしの周りをうろつくのをやめにしてほしいものだな」
「わかった。話し合いはこれで決裂というわけだな」
「残念な話だ。殴り合いをする前に、ちょっとこのサンドイッチの残りを食べさせてくれ」
わたしは精神を集中した。愛用の散弾銃を物象化しようとする。野村香はわれ関せず焉といった態度でサンドイッチを食べていた。
手の中で、散弾銃が姿を現した……次の瞬間、わたしは振り向いて背後を撃った。
思ったとおりだった。水の中から這い出てきた黒い影が、わたしを飲み込もうとしていたのである。わたしは散弾銃を連射した。
夢魔とおぼしきその不定形の塊は、粉々に千切れたかと思うと、すうっと消えて行った。
わたしは再び野村香に向き直ると、散弾銃を構えた。
そのとき、背景は様相を変えていた。テーブルは姿を消し、森は暗緑色の染みに、空は紫色に変わり、地面は大きく歪みつつあった。変わっていないのはわたしの身体と、野村香の身体だけだった。
「なるほど、まったくのバカというわけではないようだな、ナイトメア・ハンター」
わたしは散弾銃で野村香を撃った。
野村香の身体が、大きくふくらんだ。ふくらみつつ後ろに飛ぶ。弾着があったところから、黒い気体のようなものが吹き出し、わたしの身体を包んだ。
思わず吸い込み、咳き込んだ。精神集中が破れ、わたしの手から散弾銃がこぼれ落ち、消えた。
いかん。このままではだめだ。わたしは息を止めて咳を鎮め、なにかこの状況を挽回できるようなものを考えた。
ろくなことが思いつかなかったが、なにも思いつかないよりはマシだ。大急ぎでイメージを固める。
手中に、馬鹿でかい扇風機が物象化した。スイッチを入れる。
たちまち起こる猛烈な風。周囲の黒い霧が吹き払われる。
充分に辺りが晴れたことを確認すると、扇風機を消して再び散弾銃を物象化させた。
「散弾銃など怖くないと思っているんだろうが……」
そういいながら、銀の弾丸を物象化し、装填した。
「お前の嫌いな銀でできた特別製の一粒弾だ。ブローチをステンレスで作るような小細工をするから見破られるんだぞ」
わたしのその声とともに、野村香がジグザグに猛スピードで進みながらこちらに向かって来た。
させるか。
難しい射撃だったが、勘で狙いをつけ、引き金を引いた。
命中した。
野村香がたたらを踏んだ。それでも慣性のついた身体は止まらない。
わたしは慎重に第二の銀の弾丸を物象化させた。
次弾を放つ必要はなかった。野村香は、わたしの足元で力尽きてくず折れた。倒れ伏すのと同時に、周囲の光景がすうっと消えて行く。
精神世界が崩壊していこうとしているのか。
わたしは、強く脱出を念じた……。
「なんだよここは」
坂元開次がビートルの窓に顔を突っ込んで聞いてきた。
「見てのとおり、冷凍倉庫だ」
わたしたちは「中川冷蔵」という小さな冷凍倉庫会社の前にいた。これで三軒目だ。
「さっきから同じような会社ばかり。こんなところに、なにがあるんだ」
「うまく行くと、手がかり。下手をすると、破局かもしれん。それはそれとして、現在流行中の、駐車禁止おじさんが来たら起こしてくれ。わたしは少々寝る」
「夢に入るのか」
「いや、運転に疲れたからうたた寝するんだ」
わたしはそう答えると、目を閉じて頭の中で、回転する六角形を思い浮かべた。
夢の中に入るのには、必ず近接していなければならないとか、対象に触れていなければならないとかいうことはない。そこに対象がいることさえわかっていれば、ある程度離れた距離にいても夢の中へと進入することは可能だ。とはいえ、この場合、入るのはかなり難しくなる。
可能な限りの力で精神を集中した。先ほど訪れた二軒の冷凍倉庫会社には野村香はいなかった。これで三度目の正直だ。
ふっと気が遠くなって……。
わたしは、誰かの夢の中に入っていた。
野村香だといいのだが。
わたしの目の前に広がっていたのは、深い森の中で轟々と流れ落ちる、巨大な滝の姿だった。圧倒されて思わず二、三歩退くと、足がなにかに触れた。
振り返ると、そこには西洋風の椅子とテーブルが用意されていた。テーブルの上にはティーカップとポット、ハムと野菜のサンドイッチが載っている。
入る夢を間違えたのだろうか。
そう思いながら、目を上げた。
黒い瞳と視線がぶつかった。
「ようこそナイトメア・ハンター」
野村香、いや、どこかにその面影を残した妖艶な女がいった。着ているものは黒い色の、異国情緒の漂う上等そうな服。胸には十字架を模した銀色のアクセサリー。
「どうした? 座りたまえ、桐野」
「化け物に歓待されるいわれはない」
「化け物だなどと。そんな風ないいかたはよしてくれないか。 これでも知的生物なのだからな」
「平安時代の化け物にしてはたいした日本語を使うじゃないか」
「遥流子の記憶と、この女の言語中枢でしゃべっているのだから、当然だ。このお茶とサンドイッチも遥流子の記憶から取ったもの。最近の人間はうまいものを食べているのだな」
「貴様のうまいものとは人間の精神ではなかったのか」
「あれは特別だ。水や空気みたいなものだからな」
「ダイエットしてみないか」
「ダイエットだったら、数百年という月日の間やってきた。ほんとうにいいのか、桐野? このサンドイッチと紅茶は遥流子の記憶をそのままコピーしたものだから、安全だ。毒なんか入っていやしない」
「あいにくと、ついさっきコンビニで買ったサンドイッチで昼食を済ませたばかりだ。遠慮しておこう。それはそれとして、相談があるんだが」
「なんだ?」
「野村香さんの身体から、出て行ってくれないか。できれば遥美奈さんにつきまとうのもやめてほしい。それから、これ以上、人間をゾンビみたいにして支配下におくことからも金輪際手を斬れ」
「嫌だといったら」
「そこから先をいわせたいのか?」
「ちっぽけな人間風情が、なにをいおうとどうということはない。そちらも、さっさと家に帰って、わしの周りをうろつくのをやめにしてほしいものだな」
「わかった。話し合いはこれで決裂というわけだな」
「残念な話だ。殴り合いをする前に、ちょっとこのサンドイッチの残りを食べさせてくれ」
わたしは精神を集中した。愛用の散弾銃を物象化しようとする。野村香はわれ関せず焉といった態度でサンドイッチを食べていた。
手の中で、散弾銃が姿を現した……次の瞬間、わたしは振り向いて背後を撃った。
思ったとおりだった。水の中から這い出てきた黒い影が、わたしを飲み込もうとしていたのである。わたしは散弾銃を連射した。
夢魔とおぼしきその不定形の塊は、粉々に千切れたかと思うと、すうっと消えて行った。
わたしは再び野村香に向き直ると、散弾銃を構えた。
そのとき、背景は様相を変えていた。テーブルは姿を消し、森は暗緑色の染みに、空は紫色に変わり、地面は大きく歪みつつあった。変わっていないのはわたしの身体と、野村香の身体だけだった。
「なるほど、まったくのバカというわけではないようだな、ナイトメア・ハンター」
わたしは散弾銃で野村香を撃った。
野村香の身体が、大きくふくらんだ。ふくらみつつ後ろに飛ぶ。弾着があったところから、黒い気体のようなものが吹き出し、わたしの身体を包んだ。
思わず吸い込み、咳き込んだ。精神集中が破れ、わたしの手から散弾銃がこぼれ落ち、消えた。
いかん。このままではだめだ。わたしは息を止めて咳を鎮め、なにかこの状況を挽回できるようなものを考えた。
ろくなことが思いつかなかったが、なにも思いつかないよりはマシだ。大急ぎでイメージを固める。
手中に、馬鹿でかい扇風機が物象化した。スイッチを入れる。
たちまち起こる猛烈な風。周囲の黒い霧が吹き払われる。
充分に辺りが晴れたことを確認すると、扇風機を消して再び散弾銃を物象化させた。
「散弾銃など怖くないと思っているんだろうが……」
そういいながら、銀の弾丸を物象化し、装填した。
「お前の嫌いな銀でできた特別製の一粒弾だ。ブローチをステンレスで作るような小細工をするから見破られるんだぞ」
わたしのその声とともに、野村香がジグザグに猛スピードで進みながらこちらに向かって来た。
させるか。
難しい射撃だったが、勘で狙いをつけ、引き金を引いた。
命中した。
野村香がたたらを踏んだ。それでも慣性のついた身体は止まらない。
わたしは慎重に第二の銀の弾丸を物象化させた。
次弾を放つ必要はなかった。野村香は、わたしの足元で力尽きてくず折れた。倒れ伏すのと同時に、周囲の光景がすうっと消えて行く。
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