東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

    海外ミステリ41位 消されかけた男 ブライアン・フリーマントル

     ←矢端想さん暑中見舞いイラスト! →海外ミステリ43位 大いなる眠り レイモンド・チャンドラー
     大学生のときに古本屋で買って読んだ。あのころはフリーマントルがどういうわけか日本でもベストセラーになっていた。ミステリ雑誌ではル・カレの「ジョージ・スマイリー」とレン・ディトンの「私」とフリーマントルの「チャーリー・マフィン」の三人のうち誰がいちばんの「本物のプロのスパイ」かという、同じスパイ小説とはいえいま思えばDFとMFとFWの選手を比べるような無茶な企画と議論が行われていたものである。

     というわけでひさかたぶりに再読。トリックと結末は覚えていたので、今回はいかにフリーマントルが伏線を張っているかと、娯楽小説としての純粋なリーダビリティはどうか、という視点から読んでみた。まるでマニアみたいである。

     読むとこれがまた面白かった。ニヤニヤの連続である。フリーマントル、やるじゃん。思わず一気読みをしてしまった。

     東西冷戦という舞台は共通していたものの、やはり14年の差があるとル・カレの「寒い国から帰ってきたスパイ」とは少々趣が異なる。同じ英国情報部の下級スパイではあるが、「寒い国」のアレック・リーマスと本書のチャーリー・マフィンとではかなりタッチが違う。リーマスに見られたガチガチの「理想」がマフィンにはない。リーマスには「汚い仕事」だが民主主義社会を守るために自分がやらねばならん、という使命感があるが、チャーリー・マフィンにはその色が薄い。あるのは自分を盛り立ててくれた前情報部長のウィロビー卿に対する忠誠心と、どういわれようと所詮は自分が選んでしまったこの道で生きることしかできない、という一種の諦観である。

     作者フリーマントルはここにまことに秀逸なトリックを仕掛けてくるのだが、トリック自体としてはマイケル・バー=ゾウハーのほうが仕込みも効果も上だろう。しかしフリーマントルにはバー=ゾウハーやル・カレのような「怨念」じみたものがなく、その分非常に読みやすくなっている。それを端的に示しているのは本書で英国情報部の熾烈な頭脳戦の矢面に立つことになるソ連のカレーニン将軍である。ウォーゲームマニアという設定のこの人物に、わたしは主人公のマフィンよりも好感を覚えてしまった。

     もしかしたら、この段階ですでに「冷戦」は「冷戦」とすらいえぬ「日常生活の一部」になってしまっていたのかもしれない。第一次世界大戦が「日常」に、第二次世界大戦が「日常」に転化していったように。そして今、「テロとの戦い」は「日常」に転化し、「アラブの独裁者」なり「狂信者」を打倒して平和な世界を取り戻そう、という理想とスローガンが「日常」の海の中に頽落しつつある。スパイ小説はどこへ行くのか……。
    関連記事
    スポンサーサイト



    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    【矢端想さん暑中見舞いイラスト!】へ  【海外ミステリ43位 大いなる眠り レイモンド・チャンドラー 】へ

    ~ Comment ~

    Re: ひゃくさん

    単純にアクションを楽しむならともかく、言論の自由が保障されていない国のスパイ小説が面白かったためしがありません。

    なぜなら、「スパイ小説」というのは、「国家というものはお互い、生きのびるために裏ではこんな冷酷非情である意味『悪い』ことをしているんだよ」ということをチラ見せし、その危なさや非道さを楽しむ小説であるからです。

    言論の自由がない国では、「国家」は正しいことしかしない絶対的な正義だから言論を統制しているわけですから、生きのびるためにスパイ行為のようなあくどいことをする表立った理由がない。だから公に発表されるスパイ小説は、「悪い外国のスパイを愛国心に燃える純粋無垢で真面目な青年がやっつける」とかいうことになりがちです。これで人物に深みが与えられたらウソです。かといって、公にされないでリアルなスパイ小説が書かれたら、それこそ書いた人間は国家機密漏洩罪で、投獄されるか死刑になるか。

    北朝鮮の国民が書いて、死刑覚悟で地下出版されたリアルな「スパイ小説」があればぜひ読んでみたいですけれど……。

    NoTitle

    > スパイ小説はどこへ行くのか……。

    なるほど。それは確かに言えるんでしょうね。
    たぶん、いまや、スパイ活動のかなりの部分はネットにあるわけですもんね。
    そういう意味じゃ、アメリカ人はもうスパイ小説はダメで。
    中国人が書く方が面白かったりするのかもしれませんね。
    というか、それを言ったら北朝鮮産スパイ小説なんてあったら、さぞ面白いんでしょうねー(笑)

    Re: LandMさん

    そうなったらば解決警視をCIAやSVRなどと戦わせればよろしい。

    期待しちゃっていいかな?(^^)

    NoTitle

    スパイ小説かあ・・・。
    確かに憧れますよね。。。
    私もそういう小説を書いてみたい!!
    ・・・という衝動に駆られながらも、そこまでの知識がないので描けず。。。(ノД`)・゜・。

    テロとかを主題にした小説も書いてみたいですね。
    日常って色々人によって異なりますよね。
    生と死もそうですし。

    Re: miss.keyさん

    20世紀のこのころと、21世紀の現代をぶち切るのは、やっぱり「WTCビル爆破」テロでしょうなあ……冷戦終わってバラ色、という未来像が木っ端みじんになりましたし。

    そこから日常と非日常の境目があいまいになった気がします。

    再び消されかけた男

     読んだ筈なんだけどすっかり忘れた。しかし非日常の日常化というのも怖いですな。「テロと爆破は我路の華(出展秘密)」なんてのは勘弁して欲しいですわ。アッ〇ーアクバルだの中〇の夢だの、妄想にのめり込んだ人達の迷惑な事迷惑な事。資本主義の強欲も同様ですがね。
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【矢端想さん暑中見舞いイラスト!】へ
    • 【海外ミステリ43位 大いなる眠り レイモンド・チャンドラー 】へ