東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

    海外ミステリ46位 毒入りチョコレート事件 アントニイ・バークリー

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     再読を本格的に始めるにあたって、一番楽しみにしていたのがこの「毒入りチョコレート事件」である。最初に読んだのは、大学生のころだった。しみだらけでぼろぼろになった古本を手に入れ、あまりの面白さに徹夜して一気読みしてしまった。あまりにも本が汚かったので知人にあげてしまったのがなんともはやである。

     この下敷きとなった短編「偶然の審判」は、中学生のころに創元の「世界短編傑作集」で読んでいた。シンプルなシチュエーションから、あざやかに意外な真相を見抜く名探偵ロジャー・シェリンガムのカッコよさにしびれたものである。そのころは、まだ知らなかたのだ。ロジャー・シェリンガムという人間が、あれほどの迷探偵であろうとは。イギリスのミステリ作家の例に倣って、バークリー先生、ひねくれたユーモア精神をお持ちのようである。

     でも、この小説、ミステリファン以外の人が読んでも面白いのだろうか、という疑問が残るのも事実。単純に見える謎に対して、自称名探偵たちが仮説を作っては壊し作っては壊しするという過程がこの作品の読みどころなのだが、「さっさと真実へ行け、真実へ!」と怒ってしまう人もいそうである。

     哲学者の野矢茂樹氏が、大学の授業で「ウィトゲンシュタインは『論理哲学論考』という本を書きました。これをこれから読んでいくわけですが、この本の内容は間違っています。どこがなぜ間違っているのかを一年かけて考えていくのがこの講義です」といったところ、留学生が不思議そうに「間違っていることがわかっているものをどうして学ばなくちゃならないのですか」と質問し、「哲学というのはそういうものだと考えてください」などと説得するのに苦労した、ということをどこかで書いていたが、この「毒入りチョコレート事件」から本格的に始まる、容赦のない仮説のクラッシュアンドビルド、「ページ数からいえば確実に真相であるわけがないのに魅力的で精巧な仮説」の開陳を楽しめるかどうかも、「謎解きミステリとはそういうものだと考えてください」というしかないのかもしれない。

     そういうのに抵抗がなければ、このミステリは抜群に面白い傑作中の傑作である。いたるところに出てくる皮肉と諧謔に大笑いし、単純なはずなのに視点ひとつでくるくるとその様相を変化させる事件に驚きながら、見事にまとめたラストシーンに拍手してしまう、そんな小説である。「いい知恵を貸すものは一人もいなかった」という言葉にニンマリとできたら、謎解きミステリの底知れぬ泥沼へ入り込むためのチケットをもらったも同然だ。バークリー先生はそういう意図はなかったようであるけれど。
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    ~ Comment ~

    Re: こみさん

    この本を万人が受け入れてくれたなら、日本の刑事ドラマの七割は壊滅していたでしょうね(笑)。

    そう考えるとミステリファンはいつも孤独……。

    NoTitle

    これは大好きです。
    『偶然の審判』を読んでても面白いもんね。
    それにしてもポール・ブリッツさんの解説も楽しい!
    私はこの本は人にお勧めできる一冊と思ってたんだけど、
    そういう考え方もあるかー、って感心しました。
    記憶がかなり薄まっているからそろそろ再読してみようかな。

    Re: 面白半分さん

    すぐに思いつくのはクイーンの国名シリーズのあれですね。既読だとは思いますが、万が一未読……と考えるとタイトルが書けないです(^^;)

    NoTitle

    多重解決というのかこのテのものは大好きであります。
    「ページ数からいえば確実に真相であるわけがない・・・」
    ここを逆手に取ったミステリはないのかな
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