荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(22)

     ←海外ミステリ39位 キドリントンから消えた娘 コリン・デクスター  →1980年(3)
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     22 ミツリンチャノキ



    「器用じゃな」

     テマとアトがこしらえた、背負子のようなものを見て、アグリコルス大博士は感銘を受けたかのようにひげをなでた。

    「しもじもの人間ってものは、誰でもこれくらいのものは作れるんだ。なんでもやってくれるおつきのものが必要な、外来人のえらい人には無理だろうけど」

    「いやいや」

     アグリコルス博士は何度もひげをなでた。

    「これだけのものは、そう簡単には作れん。アトくんの選んだ材料もすばらしいが、なにより、人間の身体のつくりに即しておる。さすがは医者だけのことはある。わしが若い頃に、この背負子があったなら、死にかけた友人を三人は救えたはずじゃ」

     テマは疑わしそうな目を向けた。

    「爺さん、似たようなものを作ったことあるの?」

     アグリコルス博士は気落ちしたような顔を見せた。

    「テマくん。きみは、わしが探検旅行のひとつもせずに、机の前に座ったままで植物学者になれたとでも思っておったのかね」

    「悪かった。謝る」

    「若い頃は、これでもひどくいわれたもんじゃ。『アグリコルスと旅には行くな、多勢で行って帰りはひとり』だなんて囃し歌まで作られておったからのう。動けなくなった人間を置き去りにしてきたことなど、それこそ日常茶飯事じゃった。もっと早くこちらに来ていれば……といっても繰り言じゃな。そのころはお嬢ちゃんはまだ生まれてはおるまいからな」

    「乗ってみてくれ。だが、ほんとにおれが、あんたを背負っていっていいのか?」

     アトは背負子に腕を通した。

    「選択の余地がない。これから行くところはこのジャングルの奥の奥じゃ。獣では、隘路は通れん。そこまで危険なのじゃよ。アトくん、きみの運動神経と体力が頼りじゃ。アシャールめが邪魔さえしておらなんだら、探検隊のひとつも組織して、こんな無茶な道程は組まんかったものを……」

    「荷物は全部あたしが持つことは納得するけど、あたしには三人力はないからねえ」

     テマは首を振り、『アグリコルス博士に協力を惜しまない友人』の提供してくれた荷物を見やった。軽くてしっかりしたつくりの、これ以上ない上等な製品ばかりだが、どういうわけか誰も自分からすすんで同行しようというものはいなかった。

    「これから行くところは、そんなにヤバいところなの?」

    「お嬢ちゃんは知らんか」

     アトの背に負われ、身体を縄で固定したアグリコルス博士はつぶやいた。

    「わしが総督府のお尋ね者になってしまったから、同行しようとするものがひとりもいない、というわけだけではないのじゃ。わしも、犠牲者は限りなく少ない方がいいと思うとる。これから行く場所は、四十年前わしが総計五十人からなる探検隊の副隊長として向かった先じゃ。そのうち、生きて帰ったのは、わしと隊長である親友のふたりだけ」

    「親友?」

    「今は出世して総督になっておる。皆、びくびくしておるんじゃ。わしと総督が手を組んで、うっかりついて行ったものを亡き者にしようとしておるんじゃないかとな」

    「よほどおっかないところらしいね」

    「そう。『賢者の郷』じゃ。そこからわしと総督が持ち帰ったのが、この地域で多発する熱病と、それに対処するための薬草の知識じゃった。交換条件として、わしと総督は、二度とこの場所には来ない、来たとしても二度と生きては帰らないという誓約を行なった。じゃが、この際、そんなことはいってはおられん。総督府の有象無象はともかく、きみたちなら、知識を得たのち走って逃げ帰ることもできるかもしれん。成功したならその功は、きみたちの身分の安定と、定住の許可、そのふたつの権利を総督府から買い取るのにじゅうぶんなはずじゃ」

    「博士、あんたが嘘をついていないとしたらだけどね」

    「こんなことで嘘をつくやつがおるか。嘘をつくよりは生命のほうが惜しいわい」

    「旅の途中では、しゃべらないほうがいい。舌を噛んで死ぬことになる。もしくは、テマに治療されることになる」

     三人は、小舟のうえから、目の前に広がるジャングルを見た。

     アグリコルス大博士は、肉厚の植物の茎を口に入るだけの大きさにちぎると、いった。

    「行くかの」



     総督はかつて盟友だった男からの書状を読むと、丁寧にランプの火であぶった。書状はあっという間に燃え上がり、ひとつまみの灰と化して消えた。

     信じられなかった。だが、試すわけにもいかない。試したが最後、災厄はこの全世界を覆いつくす可能性もある。

     アグリコルスからの書状はそこまでの重要性と緊急性をはらむものであった。

     書状には、自らの身体を実験材料にした、『精霊の恵み』と呼ばれる植物、ミツリンチャノキの薬効……薬効と呼べるのなら……について克明に記されていた。

    『「ミツリンチャノキ」ノ葉ニハ、単体ニテ用ウレバ、滋養強壮オヨビ気分清涼ノ効果アル嗜好品トシテノ効用アレド、モシ「ミツリンチャノキ」ノ葉一枚ヲ、耳掻キ換算デ四分ノ一杯ホドノ「アシャール薬」……小生ノ聞クトコロデハ「シビトトカゲ」ノ毒素トシテ知ラルル物ナリ……ト共ニ服用セシ時ハ、多幸感ヲ伴ウ煌カンバカリノ幻覚ヲ服用者ニモタラス効果アリ』

    『ソノ多幸感ト幻覚ニハ、酒以上ノ、比肩スル物アラバ「ウンジョウソウ」ノミナラント思ワルル強イ習慣性アリ』

    『小生ハ手持チノワズカナ「シビトトカゲ」毒素ヲ使イキリ、ヨウヤク正気ニ戻リタリ。モシ、アシャール法務官ガコノ毒素ノ安定的ナ供給ニ成功セシ時ハ、「ミツリンチャノキ」カ「シビトトカゲ」ノイズレカヲ根絶セネバ、総督府ヲ中心ニ恐ルベキ麻薬禍ガ広ガルコトヲ覚悟スベシ』

    『尚、カツテ小生ニ「ミツリンチャノキ」ノ栽培法ヲ尋ネニ来タ者アリ。正体ハ不明ナレド、必ズヤ「シビトトカゲ」毒素トノ関連ト、ソレガモタラス多幸感ヲ知ッテノコトデアロウコトニ疑イノ余地ナシ。アシャール法務官トノ関連ハ不明ナレド、モシ法務官ガコノ事実ヲ知ッタ上デ関係ヲ秘シテイタナラ、コレハ総督府ノミナラズ、人間世界全体ニ対スル明ラカナル背信行為デアリ、天人トモニ許サザル大罪ナリ』

    『閣下ガコノ手紙ノ内容ヲ信ジテクレンコトヲ祈ルバカリナリ。小生ハコレヨリ、カツテ我々ガ赴イタ「賢者ノ郷」ニ行キテ対策ノ知識ヲ得ントス。ソレガ失敗シテモ、我ガ舌ハ密林ノ賢者タチノ手ニヨッテ永遠ニ塞ガレルデアロウ』

    『閣下ニハモウヒトツ知ラセテオクベキコトアリ。モトモト、コノ知識ハ「イカニシテ『シビトトカゲ』ノモタラス毒素カラ生物ヲ救ウカ」トイウ実験ヲ通シテ得タモノナリ。アシャール法務官ノ抽出シタ毒素ヲ投与シタ動物デ、イマダ生キテイルノハコノ「ミツリンチャノキ」ヲ与エタ動物ノミナリ』

    『「シビトトカゲ病」ニ対スル有効ナ治療法ハ、現時点デハ「ミツリンチャノキ」以外ニ存在シナイト小生ハ結論セリ』

    『小生ハ生来ノ学者ニシテ政治ハ無理ナリ。判断ハ閣下ガ下サレタシト思ウ物ナリ』

    『変ワラヌ友 アグリコルス大博士』

     いわれるまでもなく、総督は考えないわけにはいかなかった。考えてから決断せねばならなかった。わずかな時間ではあるが密度の濃い思考をしたのち、総督は秘書官を呼んで命じた。

    「アシャール法務官を呼びたまえ」



     アシャール法務官は自信満々な態度で総督室に入ってきた。

    「法務官アシャール、参りました!」

    「法務官。待っていたよ」

     アシャール法務官はしゃきっと背筋を伸ばして総督の言葉の続きを待った。

    「アグリコルスと二名の囚人が、ジャングルの奥地に向けて逃走をはかったことは知っているな。その目的地がわかった。詳細な地図を渡す。探検隊を組織し、アグリコルスを追え」

     アシャールは感激のあまり泣きそうになりながら答えた。

    「はっ!」

    「部下はジャヤ教徒から選べ。彼らは法務官、きみの捕えてきたふたりの囚人を心底憎んでいる。きみが彼らを統率できれば、地の果てまでもあの二人を追うだろう。首を取ってきたならば、賞金はすべてきみのものだ。できるかな」

    「お任せください!」

     胸を張ってアシャールは答えた。

    「きみには期待している。きみが大博士と呼ばれるようになるのも、そう遠い未来ではないのではないか、わたしはそう考えているよ。このことはわかるね?」

     アシャールにはよくわかった。アシャールが大博士の座に座るには、大博士の座が空位になっていなければならない。子供にもわかる理屈だった。

    「連れていくジャヤ教徒については、人選はきみに任せる。なるだけ腕のいいのを連れていけ。ジャヤ教の導師から、免罪の護符をもらっておこう。それともきみは、すでに持っているかね?」

    「いいえ」

     アシャールは首を左右に振った。実はすでにジャヤ教徒とパイプをつないで、導師の側近から免罪の護符はもらっていたのだが、その話をここで総督にするほど、アシャールは愚かではなかった。

    「よし」

     総督は机からグラスと酒の瓶を取り出した。黄金色の酒が、グラスに注がれていく。

    「やりたまえ。ひと息に」

     いわれた通り、アシャールはグラスの中身をぐいっと干した。

    「いい飲みっぷりだ」

     総督は笑顔になった。

    「こうして、きみの忠誠を知ることができてとても嬉しいよ、法務官」

     総督の言葉の意味がアシャールの頭に染み込んでいくまで、いくらかの時間が必要だった。

     アシャールは背筋に冷や汗を感じた。

    「小官は、閣下の下さるものを疑ったりなど致しません!」

    「その意気だ。さあ、すぐに追っ手の準備を整えたまえ。時間を無駄にしている余裕はない。その間に、わたしが目的地までの地図を描いておこう」

    「はっ!」

     総督は複雑な笑みを浮かべた。

    「それとも……もっとわたしと酒をやるかね? これから飲もうと思っていたのだ。きみもわたしくらいの歳になったらわかると思うが、友を思って飲む酒は格別なものがある」

    「け、けっこうであります、閣下!」

     アシャールは逃げるように総督室を後にした。政治家になることの恐ろしさを、総督の瞳の色に感じたからである。



    (来月に続く)
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    総督は何よりも政治家なのですよ。アグリコルス大博士は学者ですが、総督は博士にはできないような冷酷非情なことも平気でできる男です。

    無論、博士はそれを知り過ぎているくらいに知っています。

    そういう老人たちのやりとりです。

    いろいろと思いはあったでしょうな。

    ひとつ間違えると真っ逆さまの危険なゲーム……。

    NoTitle

    総督は何を考えているのでしょう。彼の発言をそのまま素直に受け取ってしまっても良いのかな。
    そしてアシャール法務官は張り切ってるけど、何が表で何が裏なのか、善悪に関してもちょっとわからなくなってきています。
    アグリコルス博士は命を懸けていて、テマとアトは情報を持ち帰らなきゃならないんですね。ジャヤ教徒も厄介そうだし・・・。
    アグリコルス博士の「お嬢ちゃん」という呼び方が良いです。

    Re: 椿さん

    それが政治というものだよ、ふっふっふっ(▼∀▼)

    現在伏線のまとめに悪戦苦闘中。ほんとにあと8回で終わるのか(^_^;)

    NoTitle

    あわわ……博士の親友すらも敵方ですか。
    四面楚歌の状況でこの先どうなるのか。密林の奥にある賢者の郷とはどんな場所なのか、続きが気になります!
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