映画の感想

    「シン・ゴジラ」見た

     ←ぼくの なつやすみ →1981年(5)
    「シン・ゴジラ」は「物語」ではなく、遊園地のジェットコースターに乗っているときに見る映像、「ライド」だと思っている。あれを見ていた2時間、思ったのは「なにがなんだかわからないうちに被害だけが果てしなく大きくなっていったあの東日本大震災」を再び体感している、というそれだけだったからだ。それだけの理由でわたしはあの映画を全面的かつ徹底的に支持する。

    「ゴジラ」という現象そのものには、ドラマもストーリーも存在しない。「東日本大震災」にドラマやストーリーが後付け以外であったか、ということと同じことだ。いちおうストーリーのある「クローバーフィールド」と、そこが決定的に違う。だから二番煎じはおろか続編すらもあってはいけないタイプの映画だろう。

    なんか人気になっている尾頭ヒロミとその名ゼリフも、今思うと「現在進行形で殴られていることに理性がついていかない中、わけもわからずに深そうなセリフをいっちゃうことってあるよね」というただそれだけのことではないかと思う。むろん登場人物全員が同様の状態であろうことは論を俟たない。

    人間側の主要登場人物を政治家にしたのも、「観客に登場人物への感情移入をさせない」という演出だったにすぎないだろう。聞き取れない早口でわけのわからない言葉を叩きつけることで、観客の思考能力をマヒさせ、『ゴジラ』という現象をライブで体感させる、という、『ライド』だ。

    「日本の政治システムはあんなに優秀じゃない」とか、「政治家があんなに有能なわけがない」という意見も耳にするし、「市井の一市民がゴジラをどうとらえたかという視点が完全に欠落している」、という意見も耳にする。さらには「水爆の恐怖も自然への畏敬もない」という意見も。それらの理由でこの映画を「駄作」と評する人も友人にいる。的外れな意見だといわざるを得ない。「シン・ゴジラ」は「ゴジラという現象の体験」であり、政治家たちも政治システムも、その「体感」を観客が得るために奉仕しているに過ぎない。「東日本大震災」で「自然への畏敬」なんかを感じている暇があっただろうか、だ。被災者が味わった「空気」そのものをあの人間パートはいやになるくらい再現している。そこからドラマをどう引き出すかは観客の自由である。

    「シン・ゴジラ」は「ライドとして現象の体感に徹する」という姿勢で制作jされた、「疑似的な戦争災害ライブドキュメンタリー」である。これまで誰もやっていなかった映画である。似たようなものを作るとしたら、怪獣ものではなく「戦争映画」であるべきだ。だが「戦争」はどうしてもバイアスがかかってしまう。しかしこの映画は「ゴジラ」だ。兵器がいくらぼんぼん出ようとも、戦う相手を怪獣にすることでバイアスを迂回し排除するという巧妙な設定。制作陣はそこまで考えたうえで映画を作っている。

    そういう意味で深夜アニメより前衛的な映画だろう。スペクタクルに飽き足らずドラマや意味を求める人は、DVDを買って擦り切れるまで見ればいいのだ。制作側も、最初から商売をそこでする気だろう。一時的な「興行収入」よりは「十年スパンで見たDVDやブルーレイ、関連グッズの売り上げ」でもとをとるという深夜アニメ的な作戦ではないのか。だからここまで興行収入があった、ということは、それだけで商売としては「勝利」だろう。

    なにはともあれイデオロギーや市民の目線うんぬんは別として、一度は見るべき映画である。ある意味、「今の日本人にしか撮れない映画」だろう。ある意味、製作費的にも興行的にも、「究極のカルトムービー」といえるかもしれない。これをどう受け継ぐかは、日本人の問題であり、世界人類共通のの課題でもあるのだ。


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    ~ Comment ~

    Re: ひゃくさん

    近いうちに大人としての「怪獣ごっこ」の記事をUPしようと、今いろいろと画策中です。

    ほんとは先月やるつもりだったんですが潰れて……。

    NoTitle

    > …というようなチャンピオンまつり系の映画のほうが自分としては好みです(^^;)

    おぉぉぉーーーっ!
    趣味が合うぅ~(笑)

    今度、一緒に怪獣ごっこでも、どうです?(爆)

    Re: ひゃくさん

    平成ガメラはわたしも大好きです。

    なんというか、平成ゴジラは、戦うべき敵の怪獣が、チャンピオンまつりでゴジラの敵にまわったらすごく面白くなるのでは、というようなやつばかりで、凶暴な、恐怖の具現としてのゴジラにそぐわないのではないか、そんなイメージが強いのであります。

    同じやるにしても、人間が操縦するメカゴジラと、荒ぶる自然の化身であるゴジラが手を組んで、暴れるデストロイアにパンチパンチパンチしてやったー勝利だ! というようなチャンピオンまつり系の映画のほうが自分としては好みです(^^;)

    NoTitle

    ハリウッド版のゴジラは、意外にも東宝チャンピオン祭りで、ちょっと意外だった記憶がありますね。
    監督がファンだったりしたんですかねー(笑)

    > まったくこれだから大人の事情って奴ァ……(^_^;)

    怪獣モノ、ヒーローモノは、今はあまりにも大人の事情ってヤツが見え見えすぎちゃってどうにもこうにも…って気がしますかねー。
    って、あの頃の興奮を、大人になった今そのまま味わおうって言うの自体、無理があるんでしょうけどね(笑)
    ただ、あくまで個人的な感想ですけど、平成の「ガメラ」(最初のヤツ)は巧くやってたと思うんですけどねー。
    ま、おもちゃメーカーがからまなかったのがよかった。
    っていうのはあるのかな?(笑)

    Re: フラメントさん

    あの震災を体感するのに、「ゴジラ」がここまでぴったり来るとは思いもしませんでした。

    過去の第一作も、同様に戦争体験者には「体感」するものだったのでは、と思います。

    今見なければいけない、そんなタイプの映画でしょうね。

    Re: miss.keyさん

    作ったのは人間だ、というメッセージはあれには希薄でしたね。ただ理不尽極まる恐ろしい力。畏敬もなんにもなしで、その力がスクリーンから叩きつけてくるんです。

    すごいですよ。

    Re: ひゃくさん

    東宝チャンピオンまつりみたいなゴジラも、そろそろ作られてもいいんじゃないか、という気分は感じます。

    でもそれだとウルトラシリーズとかぶってしまうのかもしれません。

    まったくこれだから大人の事情って奴ァ……(^_^;)

    ライド なるほどですね

    映画は 劇場で観る映画は

    体験??体感??を求めているので ボクは

    納得いたしました

    集中して物語の世界に没入してしまうのも

    そうですが

    視覚や聴覚による刺激と その閉ざされた空間に

    一定時間いる体験は 他では得られないので

    初見 初体験のもたらすインパクトを求めて

    その映画自体の 意味合いや 問いかけなんかは

    別に求めていないんだなと 改めて考えさせられました^^

    ゴジラは疫災である

     ゴジラとはただひたすらに理不尽で不可避、そして対抗する術の無い災害なのであります。が、それを作ったのが実は人間だったというのがオチなのであります。しっぺ返ししっぺ返し。
     人類は協力してこれを乗り越え・・・たらつまんないよね。とことんやられなさい。ゴジラとは振ってくる巨大隕石みたいなものであれ。
     と、観て無いわたくしが言ってみる。

    NoTitle

    > 観客の思考能力をマヒさせ、『ゴジラ』という現象をライブで体感させる
    > 「疑似的な戦争災害ライブドキュメンタリー」である。

    なーるほど。
    TVだか、ネットだかで、震災云々というのは目にしていたんで、漠然とはそんなことを思っていましたけど、ブリッツさんにそうやって文章にしてもらうとよりイメージが鮮明になってきました。

    前に、Eテレの「東北発未来塾」っていう番組で、東北の映画のサークルに属している大学生に「震災」をテーマにした映画を作らせるっていうのがあって。
    番組では、どんな映画を作るかから、撮影、さらに公開までやったわけですけど、その最初のところ。どんな映画を作るかで、大学生がいろいろ案を出すんだけど、要はどうしても学級委員会的な案しか出てこないわけですよ。

    その中で、1人、放射性物質をゾンビに置き換えた映画をやりたいっていうヤツがいて、ま、その企画が通ったわけですけどね。
    映画のスケールはともかく、それに近い発想なのかなーって思いました。
    確かに、そういう意味では、意味のある映画(変な文章だ)なんでしょうね。

    ただ、な~んかこの映画に素直に賛成出来ないのは、震災云々を組み込むのは全然いいとして、じゃぁなんでゴジラなの?ゴジラじゃない新たなモノは創れなかったの?
    って思っちゃうからなんだと思うんですよね(また変な文章)。

    まーね。
    だって、ゴジラ出せば、それだけで客来るじゃん!
    っていう大人ぁ―な事情はあるんでしょうけどね(爆)

    あと、もう一つは、ゴジラというと、誰もが判を押したように、最初のゴジラ、最初のゴジラって言うの、あれが胡散臭くて嫌なんですよ。
    って、それは、たんに私が東宝チャンピオン祭りを見て育った世代だからっていうのは大いにあるんでしょうけどね(笑)

    ま、確かに、今東宝チャンピオン祭りのゴジラを見ても、誰も面白がらないとは思いますけど。
    でも、ゴジラって、東宝チャンピオンまつりがあったからこそ、いまだに作られるっていう面もあるんだと思うんですよねー。

    そう考えていくと、最初のゴジラは今見てもいいから、それを踏襲していくみたいな発想って、なんか安直だなーって(笑)
    いや。映画なんて、売れてなんぼのモノですら、安直じゃないとダメっていうのはあるんでしょうけどね(爆)

    ただ、誰もがいいと言うだけに、うわ~ヤダーって思っちゃうわけです(爆)

    Re: LandMさん

    ゴジラ自体が「水爆の恐怖の具現化」だったところがありますので。

    まあ三作目の「キングコング対ゴジラ」で役どころが悪役レスラーみたいになり、

    五作目の「三大怪獣地球最大の決戦」でベビーフェイスに転向してしまうので、

    「水爆」とか「自然への畏敬」とか「恐怖」とかいうのはあまり重視しすぎるようなことでもないのではないか、とも思いますけど(^^;)

    ちなみに今回のゴジラは怖いですよ。(^^)

    NoTitle

    シン・ゴジラは観てないですね~~。
    私も観ておけばよかったかな。
    休みの日とかに。
    まあ、それはともかく。

    ゴジラって自然災害的に捉えるのもありだと思います。
    それと同じぐらいの災害って諦めをもつのも肝心なような気がします。
    もともと怪獣映画ってそんな感じだったような。

    Re: blackoutさん

    わたしもです(^^) sinかなあ、と思いましたが、そこまで深い意味はなさそうですね。もっとも、深読みしようとする人を手ぐすね引いて待っている映画でもありますが。

    面白い映画を見るとハッピーになれますので、新刊古書店の百均棚でDVDを一枚買ってみるのはどうでしょう。海外の作品だったら、ハズレはないと思いますが……。

    NoTitle

    シン・ゴジラは見てないですね(汗)

    意外かもしれませんが、自分は基本映画を見ません

    ただ、色々な方の意見を総合すると、シンって付いてるだけに、個々人で様々な解釈ができるのかな?って思ったりしました

    ちなみに、自分は当初shin (罪)を連想しましたw
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