ゲーマー!(長編小説・連載中)

    1981年(5)

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     修也の不満の原因は、「チャンネルF」の広告を見てから、これまで数年という日が経っているのに、どうしてこんなにゲームの数が少ないのか、であった。当時でも、「チャンネルF」には十作以上のゲームが発表されていた。それなのに、どうして「与作」と「ギャラクシアン」しか遊べないのか、修也には理解ができなかった。

     また、その貧弱なグラフィック能力も、修也には残念な光景だとしか映らなかった。「チャンネルF」は背景にも色が出ていたではないか、それなのにこのゲーム機は背景が黒一色なのである。

     修也は遊ぶことこそできなかったものの、当時のゲームコーナーに置いてあったビデオゲームを見ている。そこで、修也は「ムーンクレスタ」というゲームを見ていた。日本物産のシューティングゲームである。「与作」はともかくとして、この「ギャラクシアン」は、ムーンクレスタの、出来の悪い猿真似ではないのか? ボーナスステージで宇宙船にドッキングするというのはわかるが、ドッキングしたらパワーアップしてしかるべきではないか。それなのに、苦労してドッキングしても自機には何の変化もないのである。修也にはなぜだか理解ができなかった。

     カセットビジョンのコントローラーの操作のしにくさも、また修也を苛立たせた。本体と一体になっているレバーとボタンで操作をするのだが、これが、「学研のインベーダー」よりも扱いづらい代物だった。

     総合すると、修也にはこの「カセットビジョン」があまりにも原始的に見えてたまらなかったのである。

     そうなってくると、どうしても比較対象は、パソコンのゲームとなり、アーケードのゲームとなり、そしてまだ見たことすらない、海外の家庭用ゲーム機であった。

     海外の家庭用ゲーム機で、修也の欲求を満たすだけの機能を備えたゲーム機はすでに1977年の時点で存在しており、1981年年の段階ではすでに日本にも輸入販売されていたことを、修也は知らなかった。知っていたら、それがほしくて泣き叫んでいたかもしれない。

     その機械こそ、全世界で1500万台を売って伝説となった、「アタリ」の「アタリVCS」である。マイナーかメジャーかを問わず、海外の各ゲームメーカーが作っては売ったその豊富を通り越して過剰ともいえるソフトの量は、修也を幻惑したに違いない。

     だが、「アタリVCS」は高額だった。1979年にエポック社が「カセットTVゲーム」の名で販売したときには、その価格は57,300円という、当時の親にとっては、とうてい納得のできるものではなかったのである。エポック社が暴利を取っていたわけでもない。アメリカでの初期販売価格は200ドル。当時の為替レートと関税とを考えると、五万七千円はむしろ良心的だった。
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    ファミコンは、「革命」みたいなものですからね。ソクラテスがでる前に、ヘラクレイトスとかパルメニデスとかがいたようなものです。(わかりにくいたとえだ……)

    織田軍団のようなファミコンが出た後も、各メーカーがはいそうですかと黙って受け入れたわけではありません。そこらへんの激闘死闘ぶりは、これからゆっくり書きます。

    修也くんにとって人間形成に大きな影響を与えた部分ですから、みっちり書かなきゃなあ(笑)。

    NoTitle

    『学研のインベーダーより扱いづらい』が実感こもりすぎて吹きました(笑) それは扱いづらそうだ……どっちもやったことないけど。

    家庭用ゲーム機ってファミコンが最初だとばかり思っていましたが(無知)、こうしてみると長い開発の歴史があるのですね。
    面白いです。
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