ゲーマー!(長編小説・連載中)

    1981年(7)

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     おもちゃの市場をめぐる戦いは、しだいに激烈なものとなっていった。むろん、修也は無邪気に喜んだ。おもちゃの種類が増えて喜ばない小学生がいたら、どうかしている。

     その年のクリスマスに、修也はゲーム&ウォッチの名作、「ヘルメット」を買ってもらった。上空から落ちてくる工具をよけつつ、ビルから家へと走るゲームである。家に入るにはドアが開いていなければならず、ドアが開くまで、落ちてくる工具をよけつづけなければならない。それこそ絶望を感じさせる勢いで振ってくる工具を紙一重でかわす、そのバランスがスリリングにできていた好ゲームであった。

     修也は嬉しかった。ゲーム&ウォッチは、「時計だから」という理由でいつでも持ち歩きできるのだ。そして好きな時にゲームができる。最高ではないか。 こたつに潜り込み、修也は家族が心配になるほどの勢いで「ヘルメット」にのめり込んでいった。

     クリスマスから正月までの間に、修也は東京の「電気通信科学館」へ連れていってもらった。この博物館は、「逓信総合博物館」から電気を使用する通信システムを専門に抜き出したもので、当時の日本の科学技術の最先端が、子どもの興味を引く形で展示されていた。

     そして、修也はそこで見たのだ。同い年くらいの小学生が取り囲んでいる、あまりにも蠱惑的な展示物。

     無数に並んだパソコンと、そこで動いている無数のゲームソフト。そしてなによりもすばらしいことに、それは「無料」で遊ぶことができたのである。

     修也は餓死寸前のオリバー・ツイストのような瞳でパソコンの前に突進していった。

     博物館としてはローリスクでしかも集客力の高い展示だったであろう。機械のほとんどは、単色ディスプレイのMZ-80KやMZ-80Cだったからだ。

     MZ-80シリーズ。シャープの作った、国産のパーソナルコンピューターの草分け的存在のひとつ。特に1978年発売のMZ-80Kは、ディスプレイ、キーボード、プログラムをカセットテープに保存するための外部記憶用データレコーダー、というものを一体化した、低価格と高速がセールスポイントの、実用に耐えうる国産ホビーパソコンであった。ちなみにどれだけ安かったかといえば、先にも書いたように、ディスプレイとキーボードと当時としては最高速かつ信頼性の高いデータレコーダーがすべてセットで198,000円である。国産初のパーソナルコンピューターである日立のベーシックマスターレベル2の価格が本体のみで228,000円だったことを思えば、それだけでも30,000円も安いのだ。ベーシックマスターを使うためには、モニターとして必要となる「テレビ」を買わなければならないことを考えればその安価さは際立っていた。
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    しかたがないですね。

    スマホがあればえっちなゲームはおろか公然と大金を浪費することまでできるもんなあ、ゲームで(^_^;)

    NoTitle

    そうそう! ゲーム&ウオッチは『時計だから』という言い訳がきいたんですよね^^ 小学校の修学旅行にもみんな持って行って、交換して遊んでました。(今ならあり得ない)

    電気通信科学館も小学校の遠足(初めて東京に連れ出してもらえた6年生の時)で行ったような。でも時間がなくてちょっとしか見られなかった! ゆっくり見たかったですねえ……

    Re: LandMさん

    さすがに学校ではやらなかったなあ(^^;)

    まだわたしが中学生のころは、授業でパソコンはおろか、「ワープロ室」というのがあって、ワープロがどかんと一台置いてあって、教師が文章を書くのに学校に許可をもらう、とかいう世界だったからなあ(実話)。

    そして大切なワープロ様を熱暴走で壊さないために、「ワープロ室」には常に冷房がかかっていて(実話)。

    わたしが高校を卒業してからかな、中学や高校の授業に本格的に「情報処理」が出てきたのは。

    今はどうなっているんだろ。

    Re: 矢端想さん

    高校のころですか! ……ということはふむふむ。

    たぶんその頃は、東京や大阪へでも行くか、または雑誌を買って徹夜でプログラムを入力しないとゲームが遊べなかったころでしょうね。

    田舎生まれはおたがいつらいですねとほほ。通販は通販で何をつかまされるか分かったものではない時代でしたし……。

    NoTitle

    シャープのMZ!!・・・いやあ、懐かしいなあ。。。
    ゲームプログラムを学校でカチカチ作って、ゲームをプレイしていた記憶が呼び起こされる。。。

    NoTitle

    おお、シャープのMZ!僕はその後継機80K2Eを高校入学時に買ってもらいました。148,000円でした。BASICで超くだらないプログラムばかりつくって遊んだっきりで、理数系に弱く飽きっぽい僕にはすぐ宝の持ち腐れにしかならなかったことは言うまでもありません。

    Re: 宵乃さん

    MZ-80Kは基本的に技術者のトレーニング用に作られたパソコンですから、トレーニングが終わった後はホビーにしか使用できないような性能しかなかったパソコンともいえます(^^;)

    プログラム雑誌を買ってきてゲームを子供に入力させて遊ばせれば万事よかったのだろうと思いますが、それをするには198,000円という金額は父親としての威厳に関わったのでしょう(笑)。

    あとから書きますがMZ系列のパソコンはもとからマニア向けな側面もありましたし(笑)。

    MZ-80Kは

    たぶん父が持っていたと思います。懐かしい!
    使っているところをあまり見た覚えがないですが、ゲームもいくつか持っていたような。
    でも遊んだ覚えもありません(汗)
    もっと触っておけばよかった…!
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