荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(23)

     ←海外ミステリ49位 ドーヴァー4/切断 ジョイス・ポーター  →1982年(2)
    stella white12

     23 狩猟

     アシャール法務官は上機嫌であることを隠そうともしなかった。学問上でも政治上でも憎んでも憎み切れぬ相手が、いまや総督公認の謀反人なのだ。

     あいつが大博士なんて分不相応な座についてさえいなければ、とアシャールは思わずにはいられない。ただの学者にすぎなければ、この新大陸全土に似顔絵入りの手配書が回るのに。政治的配慮というものがなければならぬことはアシャールも承知していたが、それでも苛立たしいことである。

     いずれにしろ、アシャールにはアグリコルスを生きてこの総督府に連れてくる気はまったくなかった。それはそうだ。生きている老人を歩かせるよりも、首を斬り落として持ってくるほうがはるかに簡単である。自分ひとりで抱えてくるには重いが、なにしろこちらには……。

     アシャールは満足げに足下に目を向けた。

     自分の手足となって行動する、精強な二百人のジャヤ教徒たちが、完全武装で整列していた。

    「導師」

     アシャールはうやうやしく、ジャヤ教徒としての礼をとった。

    「必ずやあのゴミどもを殺しつくして参ります」

     導師と呼ばれた老人は歯の抜け落ちた顎をがくがくさせて答えた。

     ジャヤ教団におけるアシャールの盟友である若い信者が、重々しく、導師の言葉を伝えた。

    「『汝に血と鉄の加護を』、とおっしゃっておられます」

     アシャールはふかぶかと頭を下げた。もとよりジャヤ教徒の教義に賛同などはしていない。ではあるが、あの教団の持つ暴力組織としての力は、総督府でのし上がるための強力な武器だった。

     「導師」は手を震わせながら、そんなアシャールに指揮杖を授けた。

     悪い気持ちはしなかった。どんな形であれ、『権力』というものは、手に入れると嬉しいものなのである。アシャールのような人間にとっては特に。



    「そのキノコはうまいから、そう顔をしかめないでもいいのではないかな、テマくん」

     アグリコルス大博士は自信たっぷりにいった。

     アトは首を振った。

    「そのキノコが毒がなくてうまいことは認める。栄養も豊富だ。だが、そのままでも臭いし、煮るとさらにひどい臭いがするぞ。おれとあんたはいいけれど、テマはずっと鼻をつまんで食べなくてはならなくなる。臭いがきつすぎた場合、テマは吐き戻してしまうかもしれない。もしテマが歩けなくなったとしたら、おれはあんたとテマの両方を背負って移動することになるだろう。となると、この速度は保てない」

    「それは問題ない。ほれ、そこの樹の幹に寄生しているヤドリギモドキの一種があるじゃろう。その若芽を軽くあぶってから鍋に入れれば、キノコの臭いを中和できる。トカゲの臭いも中和できるから、テマくんにはかえって食べやすいじゃろう。ただし、若芽のその成分は揮発性で、明日の朝までももたんから、残念ながら取って持ち歩くことはできん」

    「博士もアトも、よく知ってるねえ……あたしはこんなところでとれたキノコなんて、食いたくもないけれど」

    「大博士じゃ。間違えるでない」

     旅は長い。適度に大休止を取り、睡眠と食事をしなければならないのは当然だった。アトはこのジャングルの中で火を熾すため、焚きつけと薪を作っていた。湿りがちな樹の皮をむき、中のよく燃える部分を取り出すのである。アグリコルス大博士は、油分を含む昆虫などにも詳しく、それらの使用により火を熾すためのアトの苦労は半減していた。

     博士というものは、まさに驚くべき人間だな、とアトは思った。数十年前に訪れただけの土地の地形をこの外来人は克明に記憶していたのである。テマは「浮世離れしたことを考える人間たち」だなどといっていたが、とんでもない。地面を調べて水場を見つける知識などは、アトでさえも舌を巻くほどのものであった。

     アトは火を熾し、テマが汲んできたわずかな水を鍋に張り、トカゲとキノコと塩と博士がいっていた怪しげな若芽を入れた。

    「ジャングルって、もっと食べられるものが豊富なんだとばかり思ってたよ」

    「そんなわけないじゃろ、テマくん。ジャングルでは食べるものに事欠かないのなら、誰も畑なんか作ろうなどとは考えないじゃろ。世の中はどこであれ、それなりに厳しい」

     トカゲとキノコが煮えた。アトは取り分けた。

    「大博士、この芽のことは知らなかった。キノコがすばらしい香りだ」

     アトは感嘆してアグリコルス大博士にいった。

    「ひどい臭いだとしか思えないけど」

     テマは顔をしかめながらキノコを食べた。

    「まあ、たしかに、味がいいか悪いかといわれれば、うまいほうだと思う。トカゲにも合っているし」

    「じゃろう」

     三人はわずかなキノコとトカゲを食べ、ほぼ水だけの煮汁を飲んだ。分配は公平に行われていた。いちばんきつい肉体労働をしているアトがいちばん大量、ついで少なくとも全行程を歩いているテマが二番目、行程のうち三分の二はアトにしがみついているだけの大博士は、その日の生命をつなぐのにも足りないのではないかと心配になるくらいの微量だった。

     ひと息ついたところで、テマがいった。

    「しかし、いまだに信じられないな。あの『精霊の恵み』がそんな麻薬だったなんて。なにかの間違いじゃないのか?」

    「自分で試してみるつもりなら、わしは全力で止めるぞ。普通だったら放っておくところじゃが、この場合は話が別じゃ」

     アトはふと浮かんだ疑問を口にしてみた。

    「もし、そのシビトトカゲの毒と一緒に『精霊の恵み』を口にしたとしても、テマの力で、身体は健康なままでいられるんじゃないのか?」

     アグリコルス大博士は首を左右に振った。

    「それは無理じゃろう。テマくん、きみは酔っ払いを正気に戻すことはできるかね」

    「酔っ払いや二日酔いを元に戻すことはできても、酒浸りになっている人間を正気に戻すことはあたしには無理だね。みんな、また、飲みだしちまう」

     アグリコルス博士はうなずいた。

    「そういうことじゃ。身体は求めていなくとも、心のほうがこのミツリンチャノキとシビトトカゲの毒を求めてしまう。あのときの幸福感よもう一度、と考えてな」

    「けれども、おれは『精霊の恵み』を根絶やしにするというのには反対だ。あんたの話だと、シビトトカゲの毒に対する唯一の薬が、『精霊の恵み』だそうじゃないか。それはおれたちも知らなかったことだ」

     アトの言葉に、アグリコルス大博士は乾いた声で笑った。

    「なるほど、きみもなかなか外来人の生活と思考に慣れてきたようだ」

    「どういうことだ?」

     アトは眉根を寄せた。

    「テマと会う前のきみであれば、『精霊の導き』以外のことに基づく価値の判断はしなかったはずだ。『精霊の恵み』がシビトトカゲ病を癒すという事実に気がつかなかったのは、『精霊が導かなかった』からだと考えたはずだ。いいかえれば、『知る必要のない知識』だと考えたはずだ」

    「…………」

     アトは混乱した。

    「おれが……精霊が……」

    「きみが最後に精霊の導きで『わかった』のはいつのことかね。正確にいえば、『精霊の導きだけで「わかった」』のはいつのことかね」

    「おれは……」

     テマががちんと鍋を鳴らした。

    「そこまで」

     はっとしてアトはテマを見た。テマの顔に浮かんだ表情は不機嫌そのものだった。

    「博士、こんな時にアトを動揺させてどうするんだ。たしかにあんたのものの見方にはあたしもびっくりしたけれど、アトはもっと動揺している。あんたが考えるより、アトはけっこう繊細だぞ、そういうところじゃ」

     アグリコルス大博士はしゅんとなった。

    「すまん、アトくん、わしとしてはそういうつもりではなかったのだが」

    「いや、おれもおれで、知っておいたほうがいいことだろう。外来人の知恵だ」

     テマは仏頂面を崩さなかった。

    「やっぱり繊細だよ、お前。鈍いところでは果てしなく鈍いがな」



    「デム」

     ポンチョの男は、いつも通りに、なにかの葉を噛みながらいった。

    「男は揃えたようだな」

    「へい。おれを入れて三十人。全員、信頼できるやつらです」

    「けっこう。おれの前に揃えろ」

     デムは「へい」とひと声答えると、いつもの大声で男たちを呼んだ。

    「てめえら、集まれ! 兄貴からお前らに伝えることがある!」

     ぞろぞろとやってきた体力自慢の男たちに、ポンチョの男はいった。

    「ほう、いい面構えのやつが揃っているな……旅が終わったときにどうなっているかが楽しみだ」

     一呼吸おく。

    「てめえらも知っての通り、ウィッチ・ドクターの小娘と、その従者の野蛮人が、このジャングルに逃げ込んだ。その賞金は金貨にして合計三千枚にまでなっている。おれの狙いはそれよ」

     ポンチョの男は鋭い視線ひとつで、騒ぎそうになる目の前の男たちを黙らせた。

    「やつらを追ってジャヤ教徒二百人がすでにジャングルに向かったことは知っているな。それなんだが、うまいことに、おれはジャヤ教徒たちのたどる道と日程表についての情報を得た。考えてもみろ、おれたちは三十人だ。あの二百人のジャヤ教徒よりも小回りがきくし、早く移動をすることもできる。ということは、やつらを追い越して、やつらより先にあの金貨三千枚をいただくことが可能だ、ということだ」

     ポンチョの男は葉を噛みながら続けた。

    「降りたいものは降りろ。これはガキの仕事じゃない。例の金貨三千枚も、生き残った者だけで山分けにする。当然、降りたら最後、錆びた鉄貨一枚すら、おれはくれてやるつもりはない」

     ポンチョの男はにやりと笑った。

    「おれが長年生きてきたのもこのヤマを成功させるためだ。さあ……乗るか? 逃げるか?」

     ポンチョの男はわかっていた。逃げる奴などいないだろう。なにせこちらは三十人、山分けにするとひとり頭にして金貨百枚なのだから。ポンチョの男が全員を生きて連れ帰る保証はないが、何しろ金貨三千枚だぜ……。



    (来月に続く)
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    この問題はアトくんにとってはかなりつらいものになると思います。

    いちおうここでネタを割りますが、

    「外来人の社会に比べたとき、野蛮人の世界は精神的なユートピアなどではまったくない」

    ということです。

    どちらかといえばディストピアに近いかもしれません。

    そういうものなのです。(←これじゃなにをいいたいのかわからないじゃないか(笑))

    Re: 山西 サキさん

    まあそこは逆転の発想というやつです(^^)

    すべてがおさまるところにおさまりますのでご安心を。

    さてどうするか考えなくちゃなあ……(←おい(^^;))

    食事シーンについては、CSのディスカバリーチャンネルの「サバイバルゲーム MAN vs. WILD」という番組を見ればいくらか癒されるかと……(笑)

    NoTitle

    追手が次々に組織されていきますね。三人が無事逃げ切れるのか、ドキドキしてしまいます。

    アトと精霊の導きについてのアグリコルス博士の言葉はグサッときますね。自分でも知らないうちに自分が変わっている……よくあることかもしれませんが、他人に指摘されるとドキッとするでしょうね。
    この変化は吉と出るのか凶と出るのか??

    NoTitle

    もうすでに危機的状況のテマとアト、そして大博士がさらに追い込まれていきますね。アシャールの嬉々とした様子はやっぱり腹が立つんですけど、何とかならないものでしょうか?総督も冷たいし・・・。

    おえ、こんなに不味そうな食事シーンなかなかないですよ。ほんと不味そうです。
    食事シーンを想像してしまいますが、それだけで食欲減退です。いくら想像でも、これは喰いたくないなぁ。
    サキも『精霊の導き』と『精霊の恵み』で混乱していますが、ようするにアトが文明に汚染されたような状態になっているのでしょうか?

    そしてその上ポンチョの男やデムたちにまで追われることに・・・
    ポールさん、この混沌とした世界をどうやって収束させるんだろう?
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