東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)
海外ミステリ56位 郵便配達は二度ベルを鳴らす ジェイムズ・M・ケイン
光文社版を再読。思ったよりもすいすい読めた。再読のいちばんの感想は、ルキノ・ヴィスコンティはあのイタリア映画でいいところをとらえていたと思うし、大外しに外していたところもあると思う、ということだ。
この小説は、しょうもない男がしょうもない女とわずかひと晩で腐れ縁となり、小金を狙ってしょうもない殺人事件を犯し、ベテランの検事と弁護士にいいように手玉に取られ、しょうもない結末を迎えるまでを描いた話なのだが、ヴィスコンティは主役の男と女のしょうもなさを実にうまくフィルムに写し取っている。それだけに、そんなしょうもないふたりが海千山千の人間たちにいいようにもてあそばれる様をとらえていないのが実に口惜しい。ファシスト政権で陪審制なんてあったものではないからあの手際が良すぎる裁判シーンがまるまる差し替えられていたのもわかるが、あそこを抜いたらこの物語はグダグダになってしまうのである。
この小説をハードボイルドの嚆矢と呼ぶかどうかはもっと議論されてもいいと思う。たしかに語り手である主人公のフランク・チェンバースは、マーロウやスペードといった「ハードボイルド小説」のタフな探偵とはまったく違う。乱闘シーンもあるにはあるが、基本的にはどうしようもないヘタレな男だ。
だがしかし、わたしはこの小説を「ハードボイルド小説」と呼んで悪いことはないだろう、と考える。それは、語り手の抱える底なしの虚無感と不条理感を、語り手がどこまでも、当事者に可能な限りの醒めた視線で語っているからだ。彼にはなぜ自分があんな女と恋に落ち、あんな殺人事件を犯し、なんであんな結末を迎えたのか、まるでわかっていない。フランク・チェンバースは、「そのわかっていない自分を、わかっていないことを認めたうえで、わかっていないとはどういうことか感じたままに正直に醒めた言葉で語る」のだ。「血の収穫」の頁でも書いたが、アメリカにおけるハードボイルドは、そのアメリカ社会の抱える虚無を明確にえぐり出したところに真価があるのではないだろうか。
女にだらしない、どうしようもないダメ男フランク・チェンバース。タフだとは口が裂けてもいえない男フランク・チェンバース。犯罪行為すらまともにできない男フランク・チェンバース。大恐慌後のハードボイルド小説に登場するタフガイたちも、その厚く硬い殻を剥いだら、中から出てくるのはこのフランク・チェンバースなのだろう。それがアメリカであり、アメリカ人なのだ。だからこそこの小説は、凡百のハードボイルド小説よりも、より「ハードボイルド」の精神に忠実であり接近しているのだ。作者が認めようと認めまいと、本書はたしかにハードボイルド小説なのである。
この小説は、しょうもない男がしょうもない女とわずかひと晩で腐れ縁となり、小金を狙ってしょうもない殺人事件を犯し、ベテランの検事と弁護士にいいように手玉に取られ、しょうもない結末を迎えるまでを描いた話なのだが、ヴィスコンティは主役の男と女のしょうもなさを実にうまくフィルムに写し取っている。それだけに、そんなしょうもないふたりが海千山千の人間たちにいいようにもてあそばれる様をとらえていないのが実に口惜しい。ファシスト政権で陪審制なんてあったものではないからあの手際が良すぎる裁判シーンがまるまる差し替えられていたのもわかるが、あそこを抜いたらこの物語はグダグダになってしまうのである。
この小説をハードボイルドの嚆矢と呼ぶかどうかはもっと議論されてもいいと思う。たしかに語り手である主人公のフランク・チェンバースは、マーロウやスペードといった「ハードボイルド小説」のタフな探偵とはまったく違う。乱闘シーンもあるにはあるが、基本的にはどうしようもないヘタレな男だ。
だがしかし、わたしはこの小説を「ハードボイルド小説」と呼んで悪いことはないだろう、と考える。それは、語り手の抱える底なしの虚無感と不条理感を、語り手がどこまでも、当事者に可能な限りの醒めた視線で語っているからだ。彼にはなぜ自分があんな女と恋に落ち、あんな殺人事件を犯し、なんであんな結末を迎えたのか、まるでわかっていない。フランク・チェンバースは、「そのわかっていない自分を、わかっていないことを認めたうえで、わかっていないとはどういうことか感じたままに正直に醒めた言葉で語る」のだ。「血の収穫」の頁でも書いたが、アメリカにおけるハードボイルドは、そのアメリカ社会の抱える虚無を明確にえぐり出したところに真価があるのではないだろうか。
女にだらしない、どうしようもないダメ男フランク・チェンバース。タフだとは口が裂けてもいえない男フランク・チェンバース。犯罪行為すらまともにできない男フランク・チェンバース。大恐慌後のハードボイルド小説に登場するタフガイたちも、その厚く硬い殻を剥いだら、中から出てくるのはこのフランク・チェンバースなのだろう。それがアメリカであり、アメリカ人なのだ。だからこそこの小説は、凡百のハードボイルド小説よりも、より「ハードボイルド」の精神に忠実であり接近しているのだ。作者が認めようと認めまいと、本書はたしかにハードボイルド小説なのである。
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NoTitle
> 図書館には光文社の新版しかなかったのだ。
アマゾンで1円(+257円)やん(笑)
> それと、わたしはコメ欄にURL埋め込む以外のやり方でファイル貼ったりはしませんですよ。
あー、やっぱりアレってそうなんだー。
いや。その後のコメントもやっぱりメールのマークがついてたんです。
怖いなー(泣)
教えていただきありがとうございました。
そうそう。
全然関係ないですけど、常磐線、ついに未通区間の試運転始めたんですってね。
前線開通したら、乗ってみたいですねー。
いわきまでは行ったことあるんですけどねー。
常磐線といえば、何年か前。
青井さんが、東北に行くのに、なぜか東北本線じゃなく、常磐線で北上して。
途中止まりだったんで、(たぶん)水郡線で郡山に出たなんて書いてましたけど、まーなんというか(笑)
早いとこ、全線開通といってほしいもんです。
アマゾンで1円(+257円)やん(笑)
> それと、わたしはコメ欄にURL埋め込む以外のやり方でファイル貼ったりはしませんですよ。
あー、やっぱりアレってそうなんだー。
いや。その後のコメントもやっぱりメールのマークがついてたんです。
怖いなー(泣)
教えていただきありがとうございました。
そうそう。
全然関係ないですけど、常磐線、ついに未通区間の試運転始めたんですってね。
前線開通したら、乗ってみたいですねー。
いわきまでは行ったことあるんですけどねー。
常磐線といえば、何年か前。
青井さんが、東北に行くのに、なぜか東北本線じゃなく、常磐線で北上して。
途中止まりだったんで、(たぶん)水郡線で郡山に出たなんて書いてましたけど、まーなんというか(笑)
早いとこ、全線開通といってほしいもんです。
- #18045 ひゃく
- URL
- 2016.11/06 18:10
- ▲EntryTop
Re: ひゃくさん
図書館には光文社の新版しかなかったのだ。ビンボはつらい(^^;)
それと、わたしはコメ欄にURL埋め込む以外のやり方でファイル貼ったりはしませんですよ。表コメした覚えしかないし、メールフォームを使った覚えもありませんです。
わたしが記憶違いで送ったのをついうっかり忘れていたのでなければ、なんらかの詐欺コメントである可能性が高いです。気を付けてください。
それと、わたしはコメ欄にURL埋め込む以外のやり方でファイル貼ったりはしませんですよ。表コメした覚えしかないし、メールフォームを使った覚えもありませんです。
わたしが記憶違いで送ったのをついうっかり忘れていたのでなければ、なんらかの詐欺コメントである可能性が高いです。気を付けてください。
NoTitle
> 光文社版を再読。
新潮文庫じゃないとこが“らしい”なーって思いました(笑)
私的には、ハードボイルドっていうか、まぁ温泉卵くらいかなーって思っちゃったんですけどねー(笑)
というか、面白かったです。
新潮文庫じゃないとこが“らしい”なーって思いました(笑)
私的には、ハードボイルドっていうか、まぁ温泉卵くらいかなーって思っちゃったんですけどねー(笑)
というか、面白かったです。
- #18016 ひゃく
- URL
- 2016.10/30 17:30
- ▲EntryTop
Re: 宵乃さん
1946年版は見たことがないんですよ。でも、ネットの評価見た限りでは面白そうですね。
タイトルの由来については諸説あるようですが、「本文の内容とは全く無関係である」ということでは解釈は一致しています(笑)。
原作では、男も女も、「小市民的」というよりは「しょうもない」といったほうが合っていると思われます。だってもう、「コーラが距離を置く」とかないですから(笑)。あっという間にくっついてしまって、そこから腐れ縁が延々と続くという。別れようとしても別れられず、逃げようとしても逃げられないまさに腐れ縁であります。
ハードボイルドといったら、検事と弁護士が一番タフで非情だったであります。ヴィスコンティもその裁判シーンまで撮っていたら、「ネオレアリズモの元祖」と胸を張って主張できたのではないかなあ。1942年じゃ無理か。
「神の存在」ですが、この小説では難しい扱いだと思います。フランクは終盤で神に祈りますが、その「祈り」であり「回心」をもたらした神そのものが、このストーリーの中では不条理そのものですから。そういった面での一種の虚無感も、恐慌を経たアメリカ社会で受け入れられた理由ではないかと思います。
タイトルの由来については諸説あるようですが、「本文の内容とは全く無関係である」ということでは解釈は一致しています(笑)。
原作では、男も女も、「小市民的」というよりは「しょうもない」といったほうが合っていると思われます。だってもう、「コーラが距離を置く」とかないですから(笑)。あっという間にくっついてしまって、そこから腐れ縁が延々と続くという。別れようとしても別れられず、逃げようとしても逃げられないまさに腐れ縁であります。
ハードボイルドといったら、検事と弁護士が一番タフで非情だったであります。ヴィスコンティもその裁判シーンまで撮っていたら、「ネオレアリズモの元祖」と胸を張って主張できたのではないかなあ。1942年じゃ無理か。
「神の存在」ですが、この小説では難しい扱いだと思います。フランクは終盤で神に祈りますが、その「祈り」であり「回心」をもたらした神そのものが、このストーリーの中では不条理そのものですから。そういった面での一種の虚無感も、恐慌を経たアメリカ社会で受け入れられた理由ではないかと思います。
こんにちは!
ちょうど1946年版の映像化作品を観たところだったんですよ。原作は知らないので、忠実かどうかわからなかったけど、ポールさんの感想を読む限りかなり禁欲的な演出だったみたいです。
>しょうもない男がしょうもない女とわずかひと晩で腐れ縁となり
ここがまったく違っていました。コーラが一生懸命惹かれないように距離を置いていて、個人的にはこっちの方が共感できるので見やすかったです。他の2作品はどうも「主人公たちがどうなろうと知ったこっちゃねぇ」って感じになってしまって(笑)
でも、裁判シーンは後半しっかり描いていたので、その点では原作に近いですね。正直、魔が差しただけの小市民な主人公たちより、検事や弁護士の方が怖くてゾッとしました。
”醒めた言葉で語る”というのはタイトルに関係あるセリフですかね?
1946版だと、神の存在を実感してるような感じで言ってました。
何度も映像化されてる作品は、それぞれ違っていて面白いですね。
>しょうもない男がしょうもない女とわずかひと晩で腐れ縁となり
ここがまったく違っていました。コーラが一生懸命惹かれないように距離を置いていて、個人的にはこっちの方が共感できるので見やすかったです。他の2作品はどうも「主人公たちがどうなろうと知ったこっちゃねぇ」って感じになってしまって(笑)
でも、裁判シーンは後半しっかり描いていたので、その点では原作に近いですね。正直、魔が差しただけの小市民な主人公たちより、検事や弁護士の方が怖くてゾッとしました。
”醒めた言葉で語る”というのはタイトルに関係あるセリフですかね?
1946版だと、神の存在を実感してるような感じで言ってました。
何度も映像化されてる作品は、それぞれ違っていて面白いですね。
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Re: ひゃくさん
それだったら、たまにわたしもメアドやURLを記入欄に記入してコメントすることもありますよ。(^_^;)
めんどくさいので、たまにですが。