ゲーマー!(長編小説・連載中)

    閑話休題3

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    閑話休題3

     1914年8月7日。男はオーストリア・ハンガリー帝国軍の志願兵として従軍した。当時の男であれば当然のことである。「愛国心」というものが常識となっている時代だった。「戦争」というものが名誉に満ちたロマンチックなものである時代であった。

     英国の作家に、A・E・W・メースンという人がいる。その冒険小説の古典「サハラに舞う羽根」という1902年の作品では、死や殺戮を恐れて戦場に行かない主人公は、徹底的に「臆病者」として扱われ、そこから主人公が考え直して戦場へ行って大活躍して友人からの信頼や婚約者からの愛を取り戻すまでが話の主題となっている。世の中のほとんどすべてがそういう考えの持ち主だった。「反戦」などと主張でもしたら、社会主義者として危険人物視されかねない世界だったのである。

     男が戦争についてどう考えていたかはよくわからないが、方向性は違えど「ロマンチックな幻想」は多々抱いていたものだろうとは思われる。なぜなら、男は「一介の志願兵」として、最前線勤務を申し出たからだ。

     かねてから何度も書いていた通り、男の家は、「皇族を除く、オーストリアでいちばんの大金持ちといったら誰ですか?」と聞かれたときに十人が十人とも「ああ、それはあの男の家ですね」と答えるような大富豪である。しかも男は哲学の勉強のために海外の大学へ留学しているような、上流階級の頭でっかちの知識人。

     そんな男は、常識的に考えれば、前線勤務だとしても名ばかりではあるが士官待遇でどこぞの司令部づとめになるか、後方勤務をするのが普通であろう。だが、後方で、弾丸が飛んでこない状態で甘んじているには、男の持っている妙な責任感は強すぎた。自分の立場というものがピンと来ていなかったらしい。

     いくらかでもミリタリーの世界に首を突っ込んだ人間は、士官に与えられる食事と下士官や兵に与えられる食事とではまったく違う、ということをご存じであろう。食事だけではない。ありとあらゆる面で待遇には天と地ほどの格差がある。

     今ではポーランドに位置するクラクフで、河川砲艦ゴプラナ号の一員として着任した男が見たものは、どうしようもないまでに「無知」な「俗物」たちの集まりであった。語るべき友もおらず、男は深い孤独感にさいなまれた。そんなことくらい志願前に気づけ、というところであるが、ほんとうに世の中の仕組みがピンと来ていない男なのである。

     ゴプラナ号での連日の哨戒任務の中でも、男にできることといえば、かみ砕いていうならば「どうやったら世の中と折り合いをつけることができるか」を考えることと、本を読むことくらいであった。そして船上ではその読む本ですら不足するのであった。

     世の中、何が幸いするかわからない。ある日、男は読むものを求めて本屋へ立ち寄った。物資難ゆえ、そこには1冊しか本が売られていなかった。男は本を買った。

     そして、その本の内容は、男の抱える悩み、その負担を軽減する上で「あまりにも多大すぎる」と評してはあまりにも不足すぎる、控えめにいっても「甚大」な効果をもたらしたのであった。

     ロシアの偉大なる小説家にして思想家であるレフ・トルストイ。この文豪の書いた「要約福音書」という小冊子。それは男の目を開いた。

     「要約福音書」といっても、それは単なるキリスト教の書物ではなかった。それはカトリックともプロテスタントとも、いわんや正教会とも違う、トルストイにより読み込まれ、トルストイにより解釈された「福音書」の要約であった。いわゆる「正統な」キリスト教徒から見れば、それは「ツッコミどころ満載」とまではいわなくても、大いに議論の余地がある本であっただろう。

     しかし男にとってはまさに干天の慈雨だった。それは男が初めて、「リアルな感触を伴って」触れることができた、「生の哲学」だったのである。

     トルストイの要約された思想をさらに凝縮して、彼がいいたかっただろうことを書くと、こうなる。

    『オトナってどうしてひねくれてものを考えたがるのかねえ? オレもそういう考えに引きずられて、自殺したくなったけど、よく考えてみりゃ、ガキのころは別に自殺とかそういうことは考えなかったじゃん。だったらアホだバカだといわれても、ガキのころの素直な気持ちで生きさえすりゃ、それで万事解決じゃねえの?』

     男にとってはまさに脳天を殴られたかのような衝撃であった。そしてそこから、行き詰まっていた男の頭脳はまたしてもフル回転を始めるのである。

     1914年9月。ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインという、世の中にピンと来なかった男が、生まれて初めて実感として生を体験する、濃密な時間がやってこようとしていた。トルストイの教えを胸に、男は戦場で、生まれて初めて積極的に、「生きよう」という考えに目覚めたのだ。

     目覚めるまでが遅すぎる男であった。やはり世の中にピンと来ていない。
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    ~ Comment ~

    Re: LandMさん

    光あるうちに光の中を歩め、いうことでしょうね。

    ヒネてしまったら手遅れ、というやつで……。

    NoTitle

    確かに子どもの頃は何も考えてなかったなあ。
    それが良かった・・・と思うtこともあります。
    童心を取り戻すということも大切なことなんですよね~~。
    ・・・と最近になって思う。

    Re: 椿さん

    トルストイ先生の人生を考えると、あの人はある意味ウィトゲンシュタイン以上に破天荒な生を生き抜いた人だからなあ(笑)

    周囲の人に迷惑をかけたことではある意味ウィトゲンシュタイン以上かもしれん(笑)

    ちなみに、ウィトゲンシュタインの一生を考えると、ここまでの人生は「ジャブ」みたいなものです。これがジャブなんだから天才というものはまったく……(^^;)

    Re: 矢端想さん

    原典にも当たらず伝記や入門書をつぎはぎしているこの挿話が伝記としてまとめられたら日本人ばかりじゃなく墓場のウィトゲンシュタインまでもが怒って復讐にやってくるような気がする(笑)

    まあそんな感じですので、だらだら行きましょう、だらだら。

    Re: blackoutさん

    ここでわたしの描いた仮想トルストイが非難しているのは、当時流行していた、「決定論」や「科学万能」といった考えから陥る「虚無主義」「冷笑主義」といったものに対してです。

    「世の中はすべて決定されていて、人生に意味なんてないんだ!」という流行の考えに触れたトルストイは一時期自分の命を絶つことも考えるほどうちのめされますが、ひさしぶりに聖書を開き、子供のころにわけもわからず教えられたキリスト教のモラルに従って生きていたころはそんなことなんて考えもしなかった、ということに気づき、ニヒリズムなんてもうたくさん、という考えを確固として抱くことになります。

    そこでキリスト教に帰ったかというと、まあ独自の聖書解釈により、童話の代表作「イワンの馬鹿」みたいな生き方が最上! という考え方になって、その思想を貫徹し、1901年には教会からも破門されてしまうわけであります。かえってその破門の後にトルストイの名声はさらに高くなったのが教会にとっては皮肉なことであります。

    個人的にトルストイのその後期の思想に対していわせてもらえば、「富裕な伯爵家の四男」として何不自由なく暮らしていた幼少期に暗いことなんて考えなかった、といわれても、ちょっとトルストイのおっさんそりゃないだろう、と(笑)。まあトルストイもトルストイで、親を亡くしたりいろいろと人生の無常は感じていたらしいですが。

    Re: ダメ子さん

    本人は当時から違和感を感じていたと思いますし、学生生活の中でさらにその違和感は大きくなってきただろうと思います。なにしろ彼の二人の兄は自ら命を絶ってますし。

    だけれども、「違和感」をそこまで痛烈に感じていても、ウィトゲンシュタインは「なぜそんなふうに違和感を感じるのか」について生涯ピンと来ていなかったのではないかな、というのがわたしの仮説です。彼は「違和感の理由を言葉にしなければ分かったことにならないのではないか」と考えるくらい頭が良すぎたんでしょうね。そうでもなければ「論考」なんて書かないですし(^^;)

    NoTitle

    トルストイ―(笑) トルストイ好きなんですけど、結構お調子者だよねって思います。それだから面白いところもありますが。

    ウィトゲンシュタインさんの人生、本当に危なっかしくて心配になりますね(^-^; あえてWiki 等で調べずにこの番外編で先行きを見守りたいと思います。
    本編ともども、こちらの続きも楽しみにしております!

    忘れた頃にゲリラのように現れるこのシリーズ。完結後にヴィトゲンシュタインの伝記として出版される日が楽しみです。

    NoTitle

    FC2ブログ廃止後の初コメです
    これからもよろしくお願いします

    >オトナってどうしてひねくれてものを考えたがるのかねえ?

    これは、単純なことを難しい言い回しで語ることが知的なオトナだと勘違いしてるからだと思いますですw

    自分は逆だと思ってます

    単純なことは単純に、小難しいことも単純に

    これが知的なオトナたる所以かと

    NoTitle

    私でさえ物心ついた頃にはすでに周りと違和感を感じがしていたので、ましてヴィトゲンシュタインだとガキの頃から相当の変人だったと思うのだけど…小学校に行ってなかったから自分では気付かなかったんでしょうか?
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