「残念な男(二次創作シリーズ)」
残念な男の事件簿(二次創作シリーズ)
北海の岸辺にて
いくら一族のものでも、寒さから身を守るすべを持っている者はそうたくさんはいない。日本などというぬるま湯のような気候のもとでぬくぬくとしているわたしのような怠惰なものには、海から吹く風を受けながらスコットランドの秋の夜を耐えるには、いささかの厚着と、いささかのアルコールが必要だった。
スキットルから上質のブランデーを蓋に注ぎ、さてひと口、と思った時に、背中のほうから声がした。丁寧なキングズ・イングリッシュだった。
「日本から来られたかたですか?」
わたしは目の前のブランデーを見ながら、コンマゼロ一秒間逡巡した。のどの渇きよりも、優雅さを感じさせる声の魅力に負けた。
「いえ。モンゴルからやってきた、ジンギスカンの子孫です。メースンさんですね?」
「ほかに誰がこんなところに来るのかしら。こんなスコットランドの岩場なんかに」
「ジェームズ・ボンドかタンタンだったら、それこそどこへだって来ますよ」
女は笑った。
「聞いていたとおり。デイヴィッド・ニーヴンを残念にしたような口をきくおかたなのね」
「デイヴィッド・ニーヴン?」
「昔の『カジノ・ロワイヤル』で引退したボンド卿を演じてたんですけど、ご存じなかったかしら」
残念な、という形容がつかなかったら、英国紳士の鑑のような男と比べられたことになる。英国紳士だったら、女性には酒をおごらざるを得まい。
「今日は冷える。コニャックはいかがですか? まだ口をつけていませんが」
「待っていたあなたのほうが寒いでしょ」
それもそうだ。わたしは少しばかり、親指の先のような盃を持ち上げ、くいっと一息で干した。身体がアルコールを求めているのがわかる。
わたしは空いたその蓋にブランデーを注いだ。
「メースンさん。わたしが受け取るはずのICチップはどこにありますか?」
女は手袋を脱ぎ、自分のはめている指輪に手を伸ばした。
「いえけっこう。場所さえわかればいいんです」
わたしはもう一杯ブランデーを飲んだ。きついアルコールのせいか、のどがひりひりする。
蓋にコニャックを注いだ。
「あなたばかり、ずるい。わたしにもくださらない?」
わたしは頭をかき、ブランデーで満たされた蓋を彼女に差し出した。指輪をはめた手で、彼女はコニャックを受け取ろうとした。
今だ。
わたしは彼女の指輪ごと、その手をひねりあげ、彼女の顔面へと持って行った。薬品臭が立ち込めた。思った通り、指輪には催涙ガスが仕込んであったらしい。女は苦悶の声を上げると、わたしの腹に蹴りを見舞ってきた。
わたしの口が女ののど元に行く方が早かった。腹に衝撃を感じる代わりに、わたしは自分の身体にあの表現しようのない、乾きが癒されていく感覚をおぼえた。
わたしは服をはたき、口にスキットルを持って行った。ほとんどコニャックはこぼれてしまっていたが、灰の味の中に焼けつくような滴の二、三滴を感じた。
一族の工作員、マリー・メースンとの今回の情報のやりとりは、すべて口頭で行われるはずだったのだ。相手が「マリー」という名を知らなかったらしいことに疑問を抱き、かまをかけてみたのだが、やはり偽物だったようだ。本物のマリーだったら、テレキネシスを使ってきただろう。
わたしは自分がその場にいたことを示すすべての証拠を処分すると、女の衣服を北海の荒海に投げ捨てた。
× × × × ×
「おかえり」
ロビンのやつはぶすっとしていた。
「どうした?」
「誰かがぼくが大切にしていた1920年代のコニャックを……」
そういって、ロビンはじとっとした目でわたしを見た。わたしは肩をすくめた。
「成長のためには、ブランデーよりも牛乳だ、って神様が隠したんじゃないのかな」
六法全書がテレキネシスでわたしの頭に飛んできたのは次の瞬間だった。
「やめろ、ロビン」わたしはいった。「さすがに角は痛い」
次に飛んできたのは広辞苑だった。中がくりぬいてある広辞苑だということを、わたしはスキットルを盗んだ時点からすでに知っていた。
わたしはスコットランド沖で北海に浮かんでいた方がよかったのかもしれない。
スキットルから上質のブランデーを蓋に注ぎ、さてひと口、と思った時に、背中のほうから声がした。丁寧なキングズ・イングリッシュだった。
「日本から来られたかたですか?」
わたしは目の前のブランデーを見ながら、コンマゼロ一秒間逡巡した。のどの渇きよりも、優雅さを感じさせる声の魅力に負けた。
「いえ。モンゴルからやってきた、ジンギスカンの子孫です。メースンさんですね?」
「ほかに誰がこんなところに来るのかしら。こんなスコットランドの岩場なんかに」
「ジェームズ・ボンドかタンタンだったら、それこそどこへだって来ますよ」
女は笑った。
「聞いていたとおり。デイヴィッド・ニーヴンを残念にしたような口をきくおかたなのね」
「デイヴィッド・ニーヴン?」
「昔の『カジノ・ロワイヤル』で引退したボンド卿を演じてたんですけど、ご存じなかったかしら」
残念な、という形容がつかなかったら、英国紳士の鑑のような男と比べられたことになる。英国紳士だったら、女性には酒をおごらざるを得まい。
「今日は冷える。コニャックはいかがですか? まだ口をつけていませんが」
「待っていたあなたのほうが寒いでしょ」
それもそうだ。わたしは少しばかり、親指の先のような盃を持ち上げ、くいっと一息で干した。身体がアルコールを求めているのがわかる。
わたしは空いたその蓋にブランデーを注いだ。
「メースンさん。わたしが受け取るはずのICチップはどこにありますか?」
女は手袋を脱ぎ、自分のはめている指輪に手を伸ばした。
「いえけっこう。場所さえわかればいいんです」
わたしはもう一杯ブランデーを飲んだ。きついアルコールのせいか、のどがひりひりする。
蓋にコニャックを注いだ。
「あなたばかり、ずるい。わたしにもくださらない?」
わたしは頭をかき、ブランデーで満たされた蓋を彼女に差し出した。指輪をはめた手で、彼女はコニャックを受け取ろうとした。
今だ。
わたしは彼女の指輪ごと、その手をひねりあげ、彼女の顔面へと持って行った。薬品臭が立ち込めた。思った通り、指輪には催涙ガスが仕込んであったらしい。女は苦悶の声を上げると、わたしの腹に蹴りを見舞ってきた。
わたしの口が女ののど元に行く方が早かった。腹に衝撃を感じる代わりに、わたしは自分の身体にあの表現しようのない、乾きが癒されていく感覚をおぼえた。
わたしは服をはたき、口にスキットルを持って行った。ほとんどコニャックはこぼれてしまっていたが、灰の味の中に焼けつくような滴の二、三滴を感じた。
一族の工作員、マリー・メースンとの今回の情報のやりとりは、すべて口頭で行われるはずだったのだ。相手が「マリー」という名を知らなかったらしいことに疑問を抱き、かまをかけてみたのだが、やはり偽物だったようだ。本物のマリーだったら、テレキネシスを使ってきただろう。
わたしは自分がその場にいたことを示すすべての証拠を処分すると、女の衣服を北海の荒海に投げ捨てた。
× × × × ×
「おかえり」
ロビンのやつはぶすっとしていた。
「どうした?」
「誰かがぼくが大切にしていた1920年代のコニャックを……」
そういって、ロビンはじとっとした目でわたしを見た。わたしは肩をすくめた。
「成長のためには、ブランデーよりも牛乳だ、って神様が隠したんじゃないのかな」
六法全書がテレキネシスでわたしの頭に飛んできたのは次の瞬間だった。
「やめろ、ロビン」わたしはいった。「さすがに角は痛い」
次に飛んできたのは広辞苑だった。中がくりぬいてある広辞苑だということを、わたしはスキットルを盗んだ時点からすでに知っていた。
わたしはスコットランド沖で北海に浮かんでいた方がよかったのかもしれない。
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~ Comment ~
NoTitle
残念さーーーん!!
リアル諸事情によりご無沙汰しております、いつのまにか残念さん再来しているヾ(:3ノシヾ)ノシ 残念なのにカッコイイのに残念。本をバンバンぶつけてるロビンちゃん癒されました。
リアル諸事情によりご無沙汰しております、いつのまにか残念さん再来しているヾ(:3ノシヾ)ノシ 残念なのにカッコイイのに残念。本をバンバンぶつけてるロビンちゃん癒されました。
Re: ミズマ。さん
ロビンちゃんもなんであんなやつに。……いえなんでも(笑)。
ミズマ。さんところのカイさんとユリちゃんも同じか(笑)
ミズマ。さんところのカイさんとユリちゃんも同じか(笑)
NoTitle
残念さーーーん!!
いやしかし、もう周知の事実なんですね「残念な人」というのは。
残念、というのが彼の魅力のひとつだよね、ってロビンちゃんとホットミルクを飲みながら語らいたいです。
いやしかし、もう周知の事実なんですね「残念な人」というのは。
残念、というのが彼の魅力のひとつだよね、ってロビンちゃんとホットミルクを飲みながら語らいたいです。
- #18023 ミズマ。
- URL
- 2016.10/31 23:57
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Re: 卯月 朔さん
来年からの桐野くんの再開に向けて練習がてら書きましたが、やっぱり書いてないと勘が鈍りますな。とほほ。