荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(24)

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    stella white12

     24 踏破行



     いくら昼なお暗き密林の中とはいえ、朝が来たのと夜が来たのとはなんとなくわかった。目が慣れてくると、なんとなくではあるがわかるのだ。だが、細かな時間まではよくわからなかった。

     アトは、腰に巻いた革に指で筋をつけた。この踏破行の前に、記録を残しておく意味があるのかどうかはわからなかったが、やらずにはいられなかったのだ。

     テマがなにかをつぶやいた。

    「どうした?」

     アトがそう尋ね返すと、テマは大声で答えた。

    「おかしい、っていったんだ! いくらなんでも、人のひとりくらい住んでいたっていいだろう! 道のひとつくらいあったっていいだろう! それなのに、ここに入ってから十四日になるというのに、その間、あたしたち以外は、ひとっこひとり、誰の姿も見ていないじゃないか!」

     テマは叫ぶだけ叫ぶと、荒い息を吐いた。

     アグリコルス大博士は答えた。

    「なんだそんなことか」

    「そんなこと?」

     アトは代わりに説明した。

    「ここは禁忌の森だ」

    「禁忌?」

    「印がないのは、人が入ってきてはいけない場所であることを示す」

    「印って?」

     アグリコルス大博士は歌うようにいった。

    「そは翼ある蛇にして……」

    「我らが知恵の化身を示す。祖母から教わったことだ」

     アトはまた前を向くと、道を切り開いていった。

     テマはあきらめたようにいった。

    「要するに、あたしたちは入っちゃダメなところに入っているわけか。もしこれがばれたら、どうなるの? 弓矢か何かで蜂の巣になるの?」

    「誰もそんなことはしはしない」

     アトは答えた。

    「禁忌の森が禁忌であるわけは、そこが危険な場所であるからだ。例えばすぐそばに崖があったとき、外来人はどうする? 柵をめぐらせ、危険を示す標識を立てるだろう。そしてもし、崖に向かって飛び込む人間がいて、そしてそいつが崖から這い上がって来たら、弓矢でもって歓迎するか?」

    「歓迎はするけど、弓矢はしまっておくな」

    「そういうことだ。おれたちは、まさにその崖に向かって飛び込んでいるところだ」

    「じゃ、生きて帰ればあたしたちは英雄か」

     アトはかぶりをふった。

    「いっている意味がよくわからない。自分から崖に飛び込むような愚かな人間を、外来人は英雄と呼ぶのか? おれたちはむしろ『気の毒な人』と呼ぶと思うのだが」

     アグリコルス大博士が小さな声で笑い、テマはうなった。

    「じいさん、若い頃はさぞかし立派な身体をしていたんだろうな」

     テマは攻撃の向きを変えることにしたらしい。

    「いや、わしはそれほど立派というがらでもなかった。面はまずく、体格は小柄で、それほど筋肉もついてはおらなんだ。探検隊のほかの人間たちがうらやましかったもんじゃ。屈強な身体、立派な筋肉、頑丈な骨格に恵まれていて、わしみたいな人間を軽々と摘み上げては笑っておった」

    「へえ」

     アグリコルス大博士は声を低めた。

    「面白いことに、そうした、体格が立派な人間から、真っ先に死んでいくんじゃ。わしはなぜだかわからんかった。ある者は毒草にやられ、ある者は崖に落ち、そしてある者は深い泥濘の中に沈んでいって死んだ。前にも話したが、生き残ったのはわしと総督のみじゃった。帰ってきてからいろいろと考えて、得た結論は、わしらふたりには探検隊の誰よりも強いところがふたつあったということじゃな」

    「そのふたつって?」

    「不屈の精神と、頑丈な内臓じゃ。精神はともかくとして、わしの内臓は自慢ではないが強いぞ。これまでありとあらゆる植物やら動物やら昆虫やらを食ってきたが、こうしてぴんぴんして生きておる」

     アグリコルス博士の答えに、テマはもう一度うなった。

    「自慢ではないが、って、そういうのを自慢っていうんだよ、まったくもう」

    「テマくんはそういうが、これは大事なことなんじゃがな。もし、見た目だけで探検隊を選ぶような愚かなことをすると、その者にはとんでもない報いがやってくるのじゃが」



     アシャール法務官は明らかにやつれた顔をしていた。

    「それで」

    「はっ。毒と病によって動けなくなっている者が、今日も新たに十五人……。馬匹も八割がた失われてしまいました」

     またか。計算違いの連続にも、ほどがあるというものだ。用意した食料は三日も経たずに腐敗を始め、水は飲めずに病気が多発、しかもこの密林に生えている植物や、生息している動物はどれも食えるものではない。

     アシャールはぎらぎらした目で報告してきた副官を睨み据えた。

    「それもみな、貴様らが食ってしまったからではないか」

    「おそれながら、食料が腐敗し始めてから、生きている馬匹を殺して糧食にせよ、とおっしゃられたのは法務官閣下ご自身で」

    「うるさい!」

     ヒステリックに叫んでから、アシャールはわれに返った。

    「すまん。で、現在動ける人数は」

    「七十八人。さらに二十人が、無理すればなんとか動ける、という状態です。馬は二十頭」

    「くそっ」

     アシャールは飛んできた羽虫を反射的につぶした。手を見ると、潰れた虫の周りに真っ赤な血が飛び散っているのがわかった。

     アシャールはこの蒸し暑い中で、背筋が凍るかのような錯覚を覚えた。

    「……毒虫!」

     副官は慰めるかのような声でいった。

    「この辺りにはかなり多い虫らしいですな。昨日からわたくしも……」

     アシャールは愕然として周囲を見回した。

    「移動だ」

    「は?」

    「移動する! すぐにこの場を移動する! 動けないものは置いていけ! そうしないと、皆死ぬはめになるぞ!」

     副官はなにかをいいかけた。だが、アシャールの目に浮かんだものを見て気圧されたのか、その口をつぐんだ。

     アシャールは叫んだ。

    「総督閣下! 悪魔の森です、この森は悪魔の森です!」

     その声に答えてか、アシャールの耳に無数の羽虫の立てる羽音が聞こえてきた。

     それはすぐに割れんばかりの大音響へと変わった。

     考えてなどいる余裕はなかった。アシャールは荷物を抱えると、羽音から逃れようと走り始めた。

     総指揮官のその行動は、さしも勇猛で恐れを知らぬ殺人機械のジャヤ教徒たちをも混乱させるものだった。

     稲妻のようにパニックが伝染した。七十八人の男たちは、アシャールの後を追って、盲目的に走り出した。

     これにより、ジャヤ教徒たちはまたしても大幅に数を減らしたのである。



     ぶつり、とアトは木からつる草を引きちぎった。その葉を一枚ぱきりと割ると、口に含んだ。

    「お前も一枚噛め」

     テマは見えにくい中その葉を受け取って口に入れると、噛み始めた。

    「……いやあ、なんというか、癒されるというか、元気が出るというか、疲れたときにはよく効くねこの葉っぱ。この草に『精霊の恵み』って名前をつけたやつは、天才じゃないのかな。ねえ博士?」

     そう問いかけたテマが、息をのむのが、気配からアトにもわかった。

     アグリコルス大博士は、テマの問いに答えられるような状態ではなかった。

    「アトくん……そいつを……ミツリンチャノキを……ミツリンチャノキをくれ! わしにくれえ!」

     アトは葉の一枚をむしると、アグリコルス大博士に渡した。

     闇の中、アグリコルス大博士が葉を噛む音が不気味にこだました。

     どのくらいそうしていただろうか。

     アグリコルス大博士は、静かにいった。

    「こうなるのだよ。一度あの葉を使ったら、人間はこうなってしまうのだ。だから、この植物はなんとしてでも根絶させねばならんのだよ」

     テマはアトにいった。

    「アト、前にあたしに話してくれたよな、この草のこと。たしか欲張っちゃいけないとかなんとか」

    「精霊は貪欲なものとはかかわりを持たない。精霊の恵みはこの大地に住むすべてのもののためにある。避けなければならないのは貪欲。そして貪欲は最後には誰であれその身を滅ぼす」

    「言い得て妙な警句じゃな、アトくん」

     しっかりした声でアグリコルス大博士はいった。

    「それなんじゃが、その葉をもう一枚くれんかね」

     テマが叫んだ。

    「貪欲は身を滅ぼすって、さっきアトがいったばかりだろ、この馬鹿博士!」

    「大博士、と呼べといったじゃろ。わしなら平気じゃ。さっきよりはいくらか正気に戻っとる」

    「どこが正気なんだよ! あたしがすぐに魔方陣を描くから、爺さん、あんたの治療に……」

     アグリコルス博士は首を振った。

    「いや。その必要はない。『賢者の郷』は芽の前じゃ。ここを奥に半日も進めば、目的地にたどり着く。この『精霊の恵み』が目印なんじゃよ」

     アトは尋ねた。

    「目印?」

    「行ってみればわかる。アトくん、わしの指さす方向へまっすぐ進んでくれたまえ。いや、その必要もない。このつる草が生えている方向へ、生えている方向へと進むだけでいい。そうすれば、そこが『賢者の郷』の入り口というわけじゃ」

     テマが、震える口調でいった。

    「爺さん、それって……」

    「勘がいいな、テマくん。そういうことじゃよ。きみが学者ならば、奇跡を見たかと思うようなすごい光景じゃ。昔のわしがそうじゃった。あたり一面のミツリンチャノキの大群生というものは、一度見たらば終生忘れられん」

     アトは博士の瞳から目をそらした。その理由は、自分自身にもよくわからなかった。



    (続く)
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