荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(26)

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    stella white12

     26 真実



    『「精霊の恵み」は大脳の記憶を司る領域だけではなく、大脳全体を刺激することにより情報を伝達する。生まれつき遺伝子の一部……われわれは「記憶遺伝子」と呼んでいるが……に顕著なる変異を持った人間は……遺伝は劣性遺伝として顕れるため存在を突き止めることさえ難しく……千年前にこの地に漂着した祖先……人為的な、一種の優生学的思想に基づく選択と淘汰により……』

     アトが切れ切れに口にする言葉を訳していたアグリコルス大博士は、汗をぬぐった。「野蛮人どころではないな、テマくん。我々なんかとは比べ物にならん高度な文明じゃ」

     テマは首をひねった。

    「そんな文明人がどうして文字を持ってないの?」

     アグリコルス博士は答えた。

    「使う意味がないからじゃ。テマくん、きみは手話ができるかね」

    「あの、口がきけない人が使うあれ? 

    できないけど」

    「うむ。わしらは口と耳がしっかり機能しとるから、わざわざ手で細かな表現をする必要がないのじゃ。野蛮人にはこの葉があった。彼らはこの便利な植物のおかげで、いちいち文字を使って情報を記録する必要がないわけじゃ。単に食べるだけで、これだけのことが瞬時のうちに伝わるのじゃからな」

     アトはまたなにかをしゃべり始めていた。アグリコルス大博士は翻訳を再開した。

    『選択と淘汰は、かなりの成功を収めた。特に成功したのは……脳に作用する特定の蛋白質を見つけ出し、それの「生産」を実用化にこぎ着けたことである……。一代では目立った変化はないが、五代目以降には実験群に顕著たる変化をもたらし……』

     テマは嘆息した。

    「アトの祖先って、あたしたちよりえげつないことやってない?」

     アグリコルス博士もうなずいた。

    「アシャールの阿呆が善良に見えるわい。でもどうやってそんなものを『生産』したんじゃ?」

     続けてのアトの言葉はアグリコルス大博士の疑問に対する回答のようなものになっていた。

    『われわれはこの地におけるもっとも優れた繁殖力を示しているトカゲや蛇などの爬虫類に目を付けた……われわれは最も扱いが簡単だと思われる「トカゲ」を交配させ、品種改良を行い……特定の蛋白質を多量に有するトカゲを育て、それをわれわれ自身の常食として根付かせることに成功した……いつしか、われわれはトカゲを扱うことにかけてのエキスパートになっていた……』

     テマが目をむいた。

    「そんなものを食べていたのあたしたち!」

     アトは自動機械のように続けた。

    『われわれの実験は、その対象をトカゲから蛇に変えることにより、より成功を収めた……もっとも効率的な集合的無意識の認識に至るジャンピングボードとして、われわれは蛇を用いた……その毒素に含まれる有効成分は、われわれの……一種の内宇宙の探索にとって欠かすことのできない触媒となり……われわれは「翼ある蛇」をシンボルとして……平和な理想郷を作ったはずだった……しかし、没落はそれにより必然的に発生することになった……』

    「それが翼ある蛇の意味か……それにしても没落とは」

     アグリコルス博士はそういって目をしばたたくと、訳に戻った。

    『われわれが内宇宙、自らの精神世界で行ない得たさまざまな思考実験は……ひとつの可能性をわれわれに告げていた……主として石灰岩の中に見出されるある種の不純物は……服用すると……われわれの精神をさらに深遠な方向へ伸ばす可能性があると……われわれは知の誘惑に耐えきれなかった……愚かにもわれわれは……その不純物を掘り出し……精製し……試してみた……』

     テマがごくりと息をのんだ。

    『結果は恐るべき、いや、破滅的なものだった……われわれは集合的無意識を素のままで覗き込んだ……それは「翼ある蛇」によって感覚を極限まで増大していた人間にとっては、強烈な快楽と……肉体的快感の爆発……精神の焼き切れ……破滅……』

     アトは身体が求めるがままに葉をむしっては口に入れた。

    『精神がそれほど拡大されていない者にとっては……飽きることのない耽溺と……依存症……運よく生き残った賢者たちは……決断せざるを得なかった……品種改良により……われわれを破滅に導いたその不純物と……死病によって死んだ動物の腐肉を食らう……他とは絶対に交雑しないトカゲを作り出し……そのトカゲに、この地上にあるすべての、その不純物を食らわせて……体内に蓄積させ……同時に、そのトカゲ……われわれはそのトカゲに「シビトトカゲ」の名を与えた……と……石灰あるいはそれに似たものへの……生理的嫌悪の意識と……タブーの意識を精神に刷り込み、伝承させることで……また、われわれ自身を、「国」と呼べるほどの大規模な社会的共同体から……ゆるやかな「村」としての……もしくはそのゆるやかな連合体としての……ごく限られた規模の共同体へと再構成することにより……生きていく唯一の道を……』

     アグリコルス博士は頭を叩いた。

    「……くそっ! わしの頭では、概念が難しすぎてついていけんわい!」

     テマはふいに耳を澄ませた。

     アグリコルス大博士は一瞬、怪訝そうな目をテマに向けたが、アトが再び『精霊の恵み』から得た情報をしゃべり出すと、アグリコルス大博士は再び翻訳に戻った。

    『われわれは……当然考えておかねばならぬ脅威もあった……祖先をこの地へと追いやったはるか遠方の大陸から……祖先のたどったと同じ道をたどってやってくるであろう人間たちである……彼らがわれわれと同じレベルの精神文化を持っている可能性は低い……集合的無意識の概念を持っているかは期待するべきではないだろう……だからといって彼らに、われわれが直面したと同じ災厄に直面させるいわれはない……われわれはわれわれの持てる知識を集約した「精霊の恵み」の畑とも呼ぶべきコロニーを作り、三十年に一度、そこに赴いて定点観測を行うことにした……完全にわれわれの書いたプログラムと、集合的無意識の示すままにしか行動しない子孫たちの中に、ごくわずかながら、集合的無意識に接触しながら、なおも自分の主体的な判断で行動することのできる存在が生まれるようにし……未来をそのものの選択にゆだねることにしたのだ……われわれは、便宜上、その存在を「戦士」と呼ぶことにした……もし、戦士が、いまだ主体的な判断ができていないのならば、プログラムによって禁忌の場所に指定されているこの森に入ってくるはずはないし、集合的無意識と直接接触できないのなら、この場所の意味を理解することすらできまい。もし、われわれが、絶大なる幸運に恵まれているのなら、われわれは集合的無意識を参考にしながら、なおかつ最善の道を自ら考えることのできる指導者を、数百年のうちに得ることができるであろう……』

     アトは言葉を切った。アグリコルス大博士はふうっと長い吐息をついた。

    「じいさん」

     そういって、テマはアグリコルス大博士の肩を揺らした。

     アグリコルス博士はきつい目でテマをにらんだ。

    「なにをするんじゃ、テマくん。わしらはこれからアトくんの話してくれた内容を解釈せねばならんのに」

     テマは表情を崩さなかった。

    「それは後にしておいたほうがいいみたいだ。誰かが近くにいる」

     アグリコルス大博士はぎょっとした表情でテマの視線の先を見た。

     がさり、と音を立てて、木々の隙間から幽鬼のような顔が覗いたのはそのときだった。

    「続けろ……」

     その声の主を見て、アグリコルス大博士は目を見張った。

    「アシャールではないか!」

     ぼろぼろの服を身にまとったアシャール法務官はふらふらとふらつきながら広場に入ってきた。

    「続けろといっているんだ、アグリコルス……この野蛮人がなにをいっているのか、通訳しろ……」

     アシャールの体力では、そこまでしゃべるのが限界だったらしい。アシャールは大地に膝と両手をつくと、肩で息をしながらそれでも目だけをアトに向けた。

     アグリコルス博士はまじまじとアシャールを見た。

    「なんということじゃ。お主、執念だけでここにたどり着いたのか」

     アグリコルス大博士のその言葉に、テマは首を振った。

    「それなんだけどね。どうも違うみたいだよ、大博士」

     テマは周囲をぐるりと見回した。

    「あたしたち、どうも完全に囲まれてしまっているみたい……」

     その通りだった。テマの言葉ともに、それぞれ重い山刀を手にした屈強な男たちが、木々の中から姿を現した。

    「ジャヤ教徒?」

     テマは顔を強張らせたが、ジャヤ教徒にしては自制心があるらしい。

     密林の中から妙な言葉が流れてきた。

    「兵書にいわく、事急にあれば緩をもって、事緩なれば急をもって撃つべし。緩に緩をもって当たらばすなわち疲れ、急に急をもって当たらばすなわち惑う」

     意味を取れずに困惑していたテマだったが、最後に現れたふたりを見て、怒りの叫びを上げた。

    「あんたら……!」

    「また会えて嬉しいぜ、嬢ちゃんに先生」

     小山のようなデムの身体の後ろから顔を覗かせ、ポンチョの男はそういって笑った。

    「あんたら、あのときはアトとあたしをよくも……」

    「必要に迫られていたんでね。必要以上に恨まんでくれよ」

     アグリコルス大博士は眉根を寄せた。

    「お前さん、いつだったかわしのところにミツリンチャノキの栽培法を尋ねに来ておった男じゃな」

     ポンチョの男はうなずいた。

    「そういうことだ。あのときはほんと、世話になった」

    「世話などした覚えはない。お前さん、まだミツリンチャノキの栽培法がほしいのか」

    「もちろん」

     ポンチョの男はうなずいた。

    「おれとしちゃ、早いとこそこの野蛮人さんに、さっさと栽培法を教えてほしいところなんだがな。残りの知識はおれには必要ないんでね」

     アグリコルス大博士は敵意に満ちた視線を男に向けた。

    「それだけ聞いたら、後はわしらを放っておいてくれるのかね?」

     ポンチョの男は驚いたかのように両手を広げた。

    「まさか。楽に殺してやるといってんだ」



    (続く)
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    どうも謎があると「理屈で説明」したくなっちまうんです。

    サガというやつですな(^_^;)

    NoTitle

    純ファンタジーと思わせてのこの展開。SFいいな、SF!
    ゾクゾクします。SFがあふれていた80年代が懐かしく思い出されました。

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