荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(27)

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    stella white12

     27 失望



    「やってみるか」

     テマは杖を構えた。

    「あたしが獣を解き放てば、お前らは全員……」

    「お前は獣とやらを解き放たない」

     ポンチョの男は人差し指を振りながらいった。

    「なぜならここに、あの野蛮人とこの老いぼれがいるからだ。こいつらがいる限り、お前は獣を解き放つなどいう手段に訴えるわけがない。できるならやってみろ、だ」

     事もなげなそのいいかたに、テマは顔を紅潮させたが、やがて力なく杖を下ろした。

    「このクソ野郎……!」

    「わかっているみたいだな。大いに結構。さて、次だ」

     ポンチョの男はロープを指し示した。

    「ウィッチ・ドクター、その博士をふん縛りな」

    「なんであたしがそんなことを」

    「そりゃあ、野蛮人の兄ちゃんはあんなことになっちまってるし」

     ポンチョの男は頭を押さえ、うずくまって震えているアトを指さした。

    「爺の筋力じゃお前を縛れるとは思えねえ。だから、お前が爺を縛るのが、一番理にかなってる。違うか?」

     テマは歯ぎしりをしながらアグリコルス大博士の両手と両足を縛った。

    「おい、デム」

     デムはポンチョの男の方を向き、緊張した声でいった。

    「へい」

    「あの野蛮人に、あのつる草の葉を少しずつ食べさせろ。いいか、決して正気づかせるんじゃねえぞ。あいつが葉を食って酔っぱらっている間は、おれたちは安全だからな」

    「へい」

     デムはうなずくと、のそりのそりと慎重に歩き、アトの前で『精霊の恵み』をむしり、その口に押し込んだ。

     アトは葉を咀嚼し、奇妙なまでに澄んだ瞳で、また新たな言葉を語り始めた。

    「翻訳しな、爺い! さもなきゃ、ここの嬢ちゃんがひどいことになる」

    「わしがやるとでも……」

     ポンチョの男は剣を抜いた。よく研がれた曲刀だった。

    「やるんだよ、大博士。いくら嬢ちゃんが獣を扱えても、首が飛んじまった後でくっつけられるたあ、おれにはどうしても思えねえんだ。そしておれは、曲刀を扱わせたら、ちょっとした名人だぜ」

     ポンチョの男はテマと視線を合わせた。それだけでテマの顔は蒼白になった。足がじりっと下がる。

     デムは硬い声でいった。

    「逆らわない方がいいぜ。兄貴はお前らなんかよりずっと頭がいいんだからな」

     ポンチョの男はにやりと笑った。

    「黙ってろ、デム。まあ、改めていわれることでもないから、別にいいんだが」

    「いや、ここはいわせてくだせえ、兄貴。兄貴の頭の良さには、おれは何度も驚かされているんですから」

     デムはテマと博士のほうを見た。

    「さっきからあんたたちの話していたことを聞くと、兄貴の考えていたことがはっきりしてくる。おれには思いもつかないでかいことだ。誰もどうやって使うかわからない新種の麻薬を流行らせて、そこからの上がりをもとに、自分だけの王国を作るなんて、すげえの他に言葉が出てこねえ」

     デムはアトの口元に葉を持って行った。

    「王国って言葉を最初に兄貴から聞いたときには、どうやって、としか思えなかったが、この葉っぱがあればそれもできなくはない。この葉っぱを食べたやつは、葉っぱ欲しさに奴隷になっちまうだろうし、そこから出てくる上がりは、王国を経営していくのに使ってお釣りがくるほどだろう。で、いつからなんです、兄貴? ジャヤ教のやつらとあそこの法務官様をおだてて、シビトトカゲの養殖を始めたのは?」

     ポンチョの男は口笛を吹いた。

    「頭が回るようになったじゃねえか、デム。おれが始終あの葉っぱを噛んでいたことから、シビトトカゲの養殖にまでたどり着くとはな」

    「兄貴があの葉っぱの虜になったことはうすうす気づいてやした。金集めにしゃかりきになり始めた時期と、ジャヤ教徒がシビトトカゲを使い始めた時期と、この錯乱した法務官様の熱に浮かされたような自慢話からわかった養殖成功時期が、ありえねえほどぴったり重なりやすから。兄貴がここまでの道筋を知ったのも、ジャヤ教徒内部にいるスパイから手に入れた情報でやしょう」

     ポンチョの男はうなずいた。

    「ジャヤ教徒で、導師の側近になっているやつをたらしこんだ。そこからアシャールの手に入った情報は全てこちらに流れ込んできたって寸法だ」

     アグリコルス大博士は不自由な身体を動かして、法務官を見た。

    「頭は悪くなかったのだが、アシャールも気の毒な男だ。政治家向きではなかったのじゃろう。今ごろは、総督の手により、シビトトカゲの養殖設備は破壊されているじゃろうからな」

     アトのほうをにらみつけていたアシャールは、はっとした顔でアグリコルス大博士に視線を移した。

    「……何だって? 総督閣下が?」

    「じゃから、何度もいっとるじゃろう。お前には政治家は不向きじゃと。わしの手紙を読めば、シビトトカゲの危険性もわかるし、シビトトカゲの養殖行為が社会の不安につながるだろうこともわかる。ここで、騒ぎの中心になっている法務官をおだてて、慣れぬ調査旅行を命じ、悩みの種である邪教の信者を連れて行ってもらえば、それだけジャヤ教徒の弾圧も楽になる、という寸法じゃ。なにせ訓練を積んだ専門の探検隊員五十人が行って二人しか帰ってこなかった旅じゃ。お主、何人で来た」

    「二百人……」

    「単純計算で、百九十二人が何もしなくても死んでくれる勘定になるな。いいか、政治的判断というものはそういうものじゃぞ」

    「やるじゃん、総督」

     テマが冷静に評した。

     アシャールの顔から血の気が引き、一瞬後、アシャールは甲高い声で笑いだした。

    「兄貴はそれも計算に入れていたんでやしょう?」

    「まあな」

    「すると、おかしなことになりやしませんか。ことは野蛮人がらみ。で、ありやすのに、兄貴は誰一人、野蛮人の案内人ないしは通訳を連れてこようとはしやせんでした。このことから考えると」

     デムは間を置いた。

    「……兄貴、もしかしたら野蛮人の言葉がわかるのと違いやすか?」

     ポンチョの男は、余裕さえうかがえる態度でデムの問いに答えた。

    「ほう。すると、どうしておれはアグリコルス大博士の生命を取らないでいるのかな?」

     デムは額に汗を浮かべて、ポンチョの男に返答した。

    「それは、アグリコルス大博士には、『兄貴がアグリコルス大博士の時間稼ぎに引っかかっている』とアグリコルス大博士やおれたちに思わせておく、という重要な役目があるからでやす。これによって、兄貴は、『時間』を稼ぐことができるというわけでやす」

     ポンチョの男は初めて眉を寄せた。

    「ほう。もし、おれが時間を稼いだとして、それでおれはいったい何の得があるっていうんだ?」

     デムは真剣にうなずいた。

    「得はありやす。おれたちが完全に手遅れになるまでの時間を稼ぐという目的があるんでやす」

    「……手遅れ? なんのだ?」

     アグリコルス博士が口を挟んだ。

    「デムくんとやら、待ってくれ。わしにはわかるような気がするぞ。それは、これと違うかな?」

     ポンチョの男は笑みを顔に張りつけたまま答えを促した。

    「いってみな、爺い」

     アグリコルス大博士は最も妥当だと思える回答をした。

    「シビトトカゲ病……。お前さんは、その病気を引き起こすための『毒素』を、自分で使うために、使いやすい形で常に携帯しているんじゃからな!」

     ポンチョの男は首を振った。

    「残念ながら、違う。お前らは兵書のいうところの『急には緩をもって当たれ』という教えの意味がわかっていない。お前らに使ったのはただのいちばんありふれた遅効性の毒物だ。シビトトカゲの毒素のような、すぐそばに特効薬のある毒物を使うと、そこのデムのように、よからぬことを考えて裏をかこうとするやつが出てきたときに困るからな。デム、いくらおれに隠れてミツリンチャノキの葉を盗み食いしようと、そんなものはクソをする役にも立たんさ。お前はもう、手遅れってやつだよ」

     周囲を取り巻いていた男たちが、ひとり、またひとりと膝をつき始めた。苦悶の表情を浮かべ、ポンチョの男へ山刀を向けようとするのだが、力が急激に抜けてきているらしく、その手からは次々と武器が落ちていくのだった。

    「やれやれ、やっと効いてきた。デム、お前とも長い付き合いだったが、これが最後のようだなあ」

     デムは青ざめた顔で胸を押さえていたが、持てる気力を振り絞ってポンチョの男を正面から見据えた。

    「兄貴には驚かされてばっかりだ。いつからおれを殺す気だったんですかい?」

    「ジャングルに入る前にはすでにその気だったよ。鉱山から引っ張ってきたときには、すでに計画さえ立てていたさ。お前の経営手腕は見上げたものだったが、あいにくとおれは、王国を誰かと共同経営する気にはなれなかったのさ。特に、ミツリンチャノキの葉から快楽を引きだす物質の採取法と見分け方を熟知しているような男はな。気の毒だが、危険はできるだけ避けろというのが親と兵書の教えでね」

     デムは心臓を押さえていた手を大地に着いた。

    「兄貴には失望させられましたよ」

    「お前を殺してしまったことをか?」

     デムは首を振った。

    「いいえ」

     デムはにやりと笑い、握りしめていた手のひらを開いた。そこからは、何枚もの『精霊の恵み』の葉が、ひらひらとこぼれては舞い散った。

    「策士何とやら……まったく、失望しましたよ。こんな見え見えの策略にひっかかったりするんですから。時間を稼いでいたのは、おれも同じだったんでやす」

     デムの巨体が、ぐらりと揺れ、地面に斃れた。それまで頭を抱えてうずくまり、わけのわからないことを口走っていたアトが、身をひるがえし、山刀を握ってポンチョの男へと飛びかかっていったのは、まさにその瞬間だった。



    (続く) 
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    一章ごとに盛り上がる場面は作ったつもりですが、一気に読んだほうが面白いでしょうね確かに。

    でも一気に書くと疲労度ハンパないのです(^_^;)

    次回はアクション回なので体力回復を待ってくださいね~♪

    Re: 椿さん

    あと36枚書けば無事にこの話も終わるのですが、いかんせん体力が(^_^;)

    4日ぶっ通しの12枚はきつい(^_^;)

    NoTitle

    あ、なんだかまとめて読む事ができて、気分だけかもしれませんが、内容が分かってきたように感じています。
    実際「賢者の郷」「精霊の恵み」「シビトトカゲ」の仕組みなんかも、難解ではありますが何となく読めてきたような。
    でも内容はとても複雑なので、これは遡って再読する必要があるかも・・・。
    やはり切れ切れでは忘れてしまって余計に混乱していたのかも。今回は一気に読み込めたのでとても面白かったです。
    一気に逆転だ!
    テマも可愛いし・・・。

    NoTitle

    お話も大詰めですね。デムがこんな重要な役どころになるとは……
    逆転また逆転で、次回はどうなるのか……
    物語がどう落着するのかドキドキして待ちます。
    ……それにしてもアシャールさんかわいそう(^-^;
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