ゲーマー!(長編小説・連載中)

    1983年(4)

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     修也の世界がポケットコンピューターだけで閉じていたわけではないのはもちろんである。

     ある日、修也は東京に連れていかれた。東京に住んでいる親戚に逢うためというのがその目的であったが、修也に社会を見せるという目的もあったのだろう。修也は池袋のビル街を歩き、買い物に付き合い、昼食のためにデパートの食堂街へ入った。

     修也を連れてきた母親はトイレに入った。立っているのも面白くなく、修也はデパートにしつらえられたベンチへ向かった。

     その時修也は見たのだ。

     なんだこれは! というのが修也の第一印象だった。

     ……このゲーム機、実写フィルムが映っている?

     修也はこわごわと画面をのぞき込んだ。

     実写ではなかったが、それまでのゲームに慣れていた修也には、そのあまりにも明るい画面は実写フィルムそっくりに見えた。

     実写と見えたのは別な要因もあった。

     登場するキャラクターのひとつひとつ、それが明らかに『陽光を受けて輝いていた』のである。

     その『明らかに地球外の知的存在が作った』とわかる宇宙船軍団に、修也の中のなにかが強烈に反応した。

     修也は自動機械のように百円玉を投入していた。

     母親がトイレから出てきたのと同時に、三機目の戦闘機が攻撃を受けて爆発四散した。

     昼食のことを考えれば、修也の反射神経が鈍かったのは天の恩寵というものだろう。

     とにかく、これが、修也と、日本のゲーム会にひとつの伝説をもたらした神のごとき作品との出会いであった。

     もちろん、ナムコの『ゼビウス』のことである。

     日本中のゲーム愛好家を熱狂させたこの作品の影響については、語る必要もないくらいであろう。絶妙なゲームバランスと、斬新かつ遊びやすいゲームシステム。ハードウェアのグラフィック性能の限界を逆手に取り、銀灰色のグラデーションに絞って丹念に描き込むことにより、金属の感触をみごとに表現したキャラクターデザインと、背景の鮮やかな緑と青と黄土色のコントラスト。「小説」として丹念かつ膨大になされたバックグラウンドの設定は、登場する敵の戦闘機ひとつにさえも、『知性』を感じさせるものであった。そして誰も考えたことすらなかった『隠しキャラ』という演出。

     修也はI県に帰ってきた後も、そのゲームについて友人に熱く語った。最初は気のない素振りだった友人も、二週間と経たないうちに、修也の言葉に納得し賛同していた。

     理由は単純だった。小学校の近くのゲームセンター兼駄菓子屋に、『ゼビウス』の筐体が入ってきたのである。
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    修也くんがゲームがうまければ一目置かれる存在になれたかもしれませんが(笑)

    なにしろスペースインベーダーの一面がクリアできない人間ですし(笑)

    NoTitle

    ゼビウス~。シューティングやらない(出来ない)自分でも知っている名作ですね。
    住んでいた町にはゲーセンなかったし、子供は立ち入り禁止だったし、実際にプレイ出来たのはかなり後の話(たぶん温泉とかで)でしたが。
    シューティング出来る人ならすごくハマったでしょうね。
    誰よりも早く情報を手にした修也くん……きっと周りに一目置かれたのでは(^O^)

    Re: LandMさん

    まったくあれは革命的なゲームでした。

    そしてそれがねえ……。

    1983年~1984年の間に、ゲームの世界がどれだけ激しく動いたか、当時生きていた目から見ても、激震でありましたなあ。

    Re: ECMさん

    そのことについてもおいおい書きます(^^)

    なにしろ「あれ」が出てきて事態はさらにがらっと変わりますので。

    まったく「あれ」は革命的でしたね(^^)

    NoTitle

    懐かしいな~~。ゼビウス。
    ゲームでもやったし、ゲームセンターでもやったな~~。
    ちゅんちゅん。どこ~~~ん。
    という音と音楽は未だに耳に残っています。
    画像も。

    NoTitle

     私のいた中学では、ゲームセンターは禁止されていました。
     ゼビウスはZ80を3個つかっていたそうですね。
     隠しキャラとか当時は斬新なゲームでした。
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