荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(29)

     ←抜粋・ある辛口ミステリ評論家の毒舌 パート2 →荒野のウィッチ・ドクター(30・A)
    stella white12

     29 ただひとつの道



     アトは続けた。

    「こうなってしまったのも、特殊な蛋白質を極度に摂取し続けてきたからだろう。その摂取が成功すると、おれのような『戦士』が生まれるが、脳が変質して、こうなってしまう可能性もあるということだ。同じような病気を、牛などの家畜が示すことがある」

    「狂牛病のことじゃな。治す方法もかかる原因もわからん、牛の死病じゃ」

     アグリコルス大博士はうなずいていた。

    「あたしの獣で治せない? そうしたらきっと」

     テマの言葉を、アグリコルス大博士は制した。

    「やめとけ、テマくん。そんなことをしたら、なんとかきわどいところでバランスを取っているこやつの心自体がばらばらになりかねん。なにせ複雑な構造らしいからな、人間が『考える』ということは」

    「その通りだ。だからおれは、『知恵』は人間には必要がないと答えたんだ。おれたち野蛮人だけでなく、外来人までもがこのようになってしまったら、それこそ人間にとっての災厄だ。外来人の高度な国家制度は、この力を求めてやむまい。悪い知恵があふれ出て、そして止めようがなくなる」

     アグリコルス大博士は、絶望的な目で周囲の葉を見た。

    「では、この植物はやはり全滅させるべきなのか。人類の叡智を、誰にも知られないまま葬るしかないのか」

    「それなんだが、おれはそれを『外来人』に賭けてみたいと思う」

     テマは目をしばたたいた。

    「正気?」

     アトはうずくまってぶつぶついっているアシャールを見た。

    「わずかな欲得だけでここまでやってくる、この底なしの物欲と権力欲。『外来人』の最大の悪いところであり、最高の長所でもある。おれたち野蛮人とその先祖は、遥かな過去から当たり前のように『集合的無意識』とつながることができたらしいから、かえってそれらの効果を限定させることになってしまった。だが、もし、そういった仕組みにとらわれない連中が、使いかたも何も知らずに、まっさらな気持ちでこの草と何千年も共存したら、いつかはおれたちの想像もつかないようなやりかたで、この草を『乗りこなす』ことができるかもしれない。分の悪い賭けだが、おれはやるだけの価値はあると思う」

    「わしは反対じゃ」

     アグリコルス大博士は拳を振り回した。

    「わしは読むことはかなわんが、この葉の情報を読むことができれば、そこに込められた知恵は、病気を癒し、学芸を進め、われわれのもめ事を解決する一助となり」

     アトは首を横に振った。

    「……そして、おれの生まれた村のようになるのさ」

    「生まれた村……?」

     テマは眉根をいぶかしげに寄せたが、やがてはっと悟った。

    「アト。まさかお前……」

    「どういうことじゃ。話が見えんぞ、テマくんもアトも」

     テマは乾いた声でいった。

    「アトは、生まれ故郷の村を、何者かに焼かれ、村人が皆殺しにされたことから、『精霊の導き』に従って旅を始めた……。あたしは、アトの村を焼き、火を放ったのは、外来人の野盗かなにかだろう、と思っていた。だが、違った。野盗には、『村を焼き討ちする理由』がない。そんなことをするくらいだったら、女子供をひっとらえて、奴隷に売るなりしたほうが得になる。では、誰がそんなことをしでかしたのか」

     テマの声は震えていた。

    「アトではない。アトの言葉を信じるなら、アトはそのとき村から三日の距離の所で狩りをしていた。村にいたのは、村人だけだった。村人を殺し、村に火を放ったのは、『村人たち自身』だったんだ!」

     アグリコルス大博士は納得していなさそうだった。

    「テマくん、それは理に合わんぞ。村人にも村を焼く理由はなかろう」

    「理由はあったよ、博士。村人は、『村を焼き互いに殺す』必要があったからそうしたんだ。彼らには考える以前にわかったんだ。彼らの心がつながっている、『精霊の導き』に従って、彼らは当たり前のこととしてその虐殺というか集団自殺を、自分からすすんで実行したんだ!」

     アグリコルス大博士は目を白黒させた。

    「なんでそんなことをせねばならん。そんなことをしたら、かえってアトくんは……ああ、なるほど、そうなのか!」

     アグリコルス大博士は黙っているアトにいった。

    「アトくん、間違っておったらいってくれ。村人の死が必要だったのは、意思を持った『戦士』としてアトくんがこの場にたどり着いたとき、アトくんに『精霊の導き』としてあらわれる集団的無意識の身に従って生きることの負の側面を、いちばん分かりやすい形で突きつけるためだったんじゃな。完成された『戦士』を生み出す村はそのようにしつらえられていたんじゃろう」

     アグリコルス大博士はかぶりを振った。

    「まったく、頭が変になりそうな異常な論理じゃ。だが、それをアトくん、お前さんは知っている。その葉っぱが語った『知識』として、お前さんは知っておるんじゃ」

     アトは静かな声で答えた。

    「悪い知恵はあふれ出す。いちばん悪い知恵にあふれていたのは、おれたち野蛮人だったってことだ。まったく、外来人は鋭くできている。おれたちを野蛮人と呼ぶんだからな」

    「それはそれとして、大事なことを忘れてない?」

     テマはいった。

    「あたしたち、これからどうすればいいの? このままここでぼんやりとしていても、待っているのは日干しになって死んじゃう未来だけのような気がするんだけど」

     アグリコルス大博士は顎髭をなでた。

    「この考える能力のない人間の住む村に行けば、わしらが食えるくらいの余剰の食い物があるのではないかな。とりあえずここに水はあるようだし。飲めるかどうかはわからんがな」

    「ここに身を隠しても、総督がジャヤ教徒の弾圧に成功していなかったら、あたしたちのことを教徒が追いかけてこない? アシャールたちが失敗したことがわかっても、ジャヤ教徒の狂信者たちは地下に潜るだろうし、賞金をさらに上げたら賞金稼ぎたちがこの森に入ってきて、あたしたちをどこまでも追うだろうし。大博士、あんたも今じゃ賞金首なんでしょ?」

    「おれとしては、この場所が明らかになるのが速すぎても困る。充分なだけの時間をかけて、外来人たちには試行錯誤して『精霊の恵み』とつきあってもらわないと、いい結果は生まれまい」

     テマはアシャールとデムのほうにも目を向けた。

    「それに、こいつらもなんとかしたい。せっかく死の淵から助けたんだから」

    「それなんだがな」

     アグリコルス大博士は意味ありげな笑みを浮かべた。

    「わしにちょっとした思いつきがあるんじゃが」



     デムはうっすらと目を開けた。

     まだ、頭がぼんやりとしていた。なにかものすごく恐ろしいものと直面して、命からがら逃げてきた、そんな考えが頭をよぎった。その恐ろしいものが何だったのかはよくわからないが、逃げ出してこられたのはよほどの幸運、という代物だということだけはなんとなく……。

     デムは頭を振った。

     いや違う。ここはジャングルの中だ。あの野蛮人と、兄貴が短いながらも恐ろしい決闘をやってのけたのだ。

     兄貴の首が飛んで……。

     そういえば、おれは兄貴に猛毒を盛られたんだっけ。

     ……じゃあ、どうしておれは生きているんだ?

     あの野蛮人が、天下の大博士と、やたら難しい話をしていたのは覚えているが、それと関係があるのだろうか。

     デムは身じろぎし、なんとか身を起こそうと努力した。

     頭を持ち上げたデムの視界に最初に飛び込んできたのは、首を飛ばされて死んだ兄貴を始め、死体のごろごろ転がる中で、短剣を握りしめたアグリコルス大博士の姿だった。

    「……これがいちばんの解決策であることは、お前らもわかるじゃろ?」

     ウィッチ・ドクターの少女がじりっと後ろに一歩下がるのが見えた。

    「アグリコルス大博士、あんた、狂ってるよ。そんなこと思い付くなんて、最低だよ」

    「アトくんは賛成してくれたみたいじゃがのう」

    「いや、それはそうだけど、あたしは賛成できない」

     アグリコルス大博士はねちっこい声で続けた。

    「冷静になって考えれば、これが自由をもたらすただひとつの道だということはわかるはずじゃ」

     テマはさらに一歩下がった。

    「アトも同じことをいっていたけど、あたしは嫌だ」

    「なに、すぐ終わる。いいか、死んでしまえば、もうお前らを追ってくる者はない。これが唯一の、現実的な考えじゃ」

    「爺さん、頭がやられたのか。アト! アト!」

     その姿に、デムの思考がようやくつながった。自分は兄貴に毒を盛られた。死ぬことが確実な量の毒だ。そんな自分がいま生きているということは、誰かが毒から自分を救ってくれたということだ。

     それができるのは、目の前にいる少女しかいない!

     デムは腕を動かそうとした。

     こわばった指を一本動かすのがやっとだった。金縛りだ。よく眠った朝などに起こるあれ。力を入れても、筋肉がこわばり、関節があさってのほうに動く。

     デムは奥歯を噛んだ。こうしてはいられない。あの少女は、これまでの行きがかりでは見棄てても当然であるおれを、死から救ってくれたのだ。

     目だけを動かして、デムは武器を探した。山刀があった。

     デムはいうことを聞かない右腕をじりっじりっと動かして山刀を握ろうとした。

     あの野蛮人はどうしたんだろう。すでに殺されてしまったのだろうか。だまし討ちにするとしたら、戦闘力のある方を先にするのが戦いの常道だからだ。

     あと小指一本先だ。

     デムの指が、山刀の柄に振れた。それだけで十分だった。

     デムの手が、しっかりと武器を握った。

     アグリコルス大博士は短剣を振るった。

     血が飛び散った。

     デムは声にならない叫び声を上げた。



    (続く)
    関連記事
    スポンサーサイト



    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    【抜粋・ある辛口ミステリ評論家の毒舌 パート2】へ  【荒野のウィッチ・ドクター(30・A)】へ

    ~ Comment ~

    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【抜粋・ある辛口ミステリ評論家の毒舌 パート2】へ
    • 【荒野のウィッチ・ドクター(30・A)】へ