荒野のウィッチ・ドクター(長編ファンタジー小説・完結)

    荒野のウィッチ・ドクター(30・A)

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    30(A) 史書によるエピローグ



     逃亡したアグリコルス大博士を追ってジャングルに入ってから三十日後、アシャール法務官はぼろぼろの姿で人間世界に再び姿を現したと、史書には記されている。だが、アシャール法務官の言葉は記録されてはいない。なぜなら、アシャール法務官は完全に発狂し、まともに会話ができる状態ではなかったからである。

     アシャール法務官の代わりに証言したのは、法務官と決死の密林踏破をしてきた、デムという男であった。もとは鉱山の支配人だったが、アグリコルス、呪術医師、野蛮人の三人にかけられた賞金を求め、アシャールとは別な探検隊に、賞金稼ぎとして加わったということである。アシャールとの出会いは偶然だったと史書には記されている。目的地が同じであった以上、それも当然であろう。

    「アグリコルスというやつは、下劣にもほどがあるやつだった」とデムは語った。「呪術医師の娘は、倒れていたおれと、この耳を治療してくれたのだが、あの爺いはそれを罵り、野蛮人の男をだまし討ちにして、悲しむ娘も殺しちまった。おれは怒った。手にした山刀で、爺いの首を一刀両断にした。そしておれは帰ってきた」

     そう。デムとアシャールは、目的を遂げて帰ってきたのだ。強健な身体をしていたデムは、塩漬けの首を三つ持っていた。首実験の結果、たしかにそれぞれ、アグリコルス、呪術医師のテマ、そしてアトという野蛮人の従者であると確認された。そう史書には記されている。これは総督府の公文書にも記載されており、明確な事実であると判断して間違いあるまい。三人の首は重罪人としてさらされ、鳥のついばむままにされたといわれる。

     殊勲のデムは総督との会見の栄誉を得て、余人を交えず総督に冒険譚を聞かせたそうであるが、その内容については記録が残っておらず定かではない。

     総督は邪教徒としてジャヤ教徒をほぼ完全に弾圧することに成功していた。公平な総督は、その没収した財産の中から、呪術医師と従者にかけられていた賞金と同額をデムに与え、鉱山の権利を正式に認めた。

     その後デムは、賞金をもとでに鉱山の経営を抜本的に改め、剛毅な人柄も慕われ、長い年月の末に巨富を築き、鉱山王と呼ばれた。同時代の富豪と同様に、財政的な破綻の危険を避けるため、デムは上がった利益をさまざまな方面に投資した。そのうちのいくつかは、現代にまで企業として存続している。中でも代表的なのは、製薬業であろう。まるまるとした柔和な顔の、『デムおじさん』の商標と、滋養強壮に効果のある伝統の薬草茶の包みを目にしたことのない人間はいないはずである。薬草茶は『ミツリンチャノキ』と呼ばれるつる草の葉を主原料にしていることはわかっているが、そこに加えられるフレーバーについては、『秘伝』として門外不出を守っている。

     三人の賞金首にはちょっとした執着を抱いていたようで、さらしが終わった後の頭蓋骨を人づてに手に入れ、部屋に飾ってはよく眺めていたと伝えられる。その頭蓋骨は現存するが、それが本物だとすると、三人とも平均よりもわずかに小さな頭の持ち主であったらしい。当時の大学者であるアグリコルスの知性を考えると、意外な感じがするが、それが現実というものであろう。

     デムは七十八まで生き、家族に見守られるなか大往生を遂げた。最期の言葉は、「あいつらはうまくやってるかな」である。「あいつら」が誰なのかについては不明であり、様々な説がある。いちばん有力なのは、名前がわからないが、若き日のデムと交友関係にあり、アグリコルスらを追う探検隊のリーダーだった男とその仲間だ、という説である。デムのもとで鉱山の副支配人をしていた男の日記にその男の記載があることから信憑性は高い。デムはその男に深い尊敬の念を抱いていたらしく、礼を尽くした応対をしていた、と記録にはある。

     デムが鉱山王としてのし上がっていく時代は、まさに歴史の転換点と呼べるものだった。そこを境に、総督府の政策が、野蛮人との人種隔離政策から融和政策へと大きく変わったのである。それは文化はただ単に衝突するだけではなく、並走し融合することも可能だということを示すものだった。むろんそうした社会にたどり着くにはいくつもの大波小波を経なければならないのは事実であるが、この時代より始まる文芸運動、『混淆文学運動』をその始まりとすることは学者たちの間で定説になっている。『混淆文学運動』が重要なのは、それが最終的に言語の壁を破壊することにつながったからである。現代のわれわれがかつて野蛮人とさげすんでいた民族の豊饒な精神世界の遺産を享受できるのもそのあらわれにほかならない。『混淆文学運動』が総督府主導で行われたという側面が確かにあるのは事実であるが、それはこの運動の歴史的な重要性をいささかなりとも損なうものではない。

     世界が球形であることが証明された航海の時代、デムの活躍した時代から五百年を経て、いまだにジャングルの探索は道半ばであるが、そこはわれらを誘ってやまない。

     筆者はよく空想するのである。ジャングルが秘めている知識は、われわれ現代人が想像するよりもはるかに広く深いのではないか、ジャングルを知ることにより、われわれ人類はこれまで迷信の産物といわれていた、呪術医師の持つ神秘的な能力さえも理解し共存し有益な糧とできるのではないか、と。



     オリドア・バルテノーズ「鉱山王とその時代」より抜粋



    (続く)
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