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    「ショートショート」
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    防御率0.00の男

     ←赤い傘の女 →死の高座
     男の名は、西上といった。
    「にしがみか。こいつがうちのテスト生として?」
    「そうです。この男の球は……誰も打てません」
     コーチの言葉に、監督は呵呵大笑した。
    「ははは。なに、バカをいっているんだ。沢村栄治やサチェル・ペイジでも、うちのチームに来たのか?」
    「沢村やサチェル以上かも知れません。こちらで、今のうちのクリンナップを相手に投げています」
     そういわれて、監督も真顔になった。
    「無名のテスト生がか」
     監督は腰を上げた。
    「見てみることにしよう」

     かつて四番を任されていたこともある、五番の剛田は焦り、怒り狂っていた。
     どうしてこのルーキーの球が打てないのだ!
     スピードは速い。だがリーグにはこれくらいの投手はゴロゴロいる。
     制球も厳しいところをついてくる。だがリーグにはこれくらいの投手はゴロゴロいる。
     だが……打てない。三球目を空振りし、剛田はくやしげにバットをホームベースに打ちつけた。
     西上は、頭蓋骨に直接皮膚を貼り付けたかのようなやせこけた顔に、どこかうつろさを感じさせる目で、信じられないものを見ているような球団首脳陣に向けて、いった。
    「それで、おれは?」
     もちろん契約だった。

     西上の存在は、球団のトップ・シークレットとなった。ドラフトで一位指名に選ばれたときから、マスコミは狂奔したが、オープン戦において西上は一度たりとも登板することはなかった。
     謎の選手は、誰からともなく「死神投手」と呼ばれることとなった。

     開幕戦。今年は巨人戦だった。
     投手を見て、日本中の野球ファンが、そろって息を飲んだ。
    「西上零治、背番号13」!
     どれだけすごい選手なのだ?
     西上はその期待に充分以上に応えた。
     ゲームは緊迫した投手戦となった。
     両チームとも十二回までスコアボードにゼロが並んだ。引き分けだったが、勝負ははっきりとついていた。
     ヒット数は八対零。西上は、十二回を投げて、巨人打線をノーヒットで押さえ込んだのである。
    「死神」の名は、これだけで伝説となった。

     五月。監督の顔は渋かった。
    「西上の防御率は?」
    「0.00です」
    「勝ち星は?」
    「ひとつもありません」
    「どういうことなんだ! あの男は、不世出のピッチャーだぞ。巨人だろうが、阪神だろうが、どんなチームもあの男から一本のヒットも奪うことが出来ない! それなのに! それなのに!」
     そうだった。西上の投げる試合という試合で、打線は深刻な不振に陥り、翌日のスポーツ紙には『死神の呪い、またも零対零』という見出しが躍ることになるのである。
    「当人はどう思っているんだ」
    「どこ吹く風のようです。相変わらず陰気な顔で、地道に練習をしていますが」
    「呼んでくれ。あいつを抑えに回したい」
     呼ばれた西上は、監督の言葉にも、無表情を崩さなかった。

     西上が抑えに回ったとたん、恐ろしいことが起こった。毎試合毎試合、打線がすさまじいスランプに陥ったのである。十試合行なって、一点も取れないのだ!
     選手を代表して、剛田が監督に直訴に来た。
    「なんだ」
    「監督、あいつをクビにするか、せめて二軍に落としてください。調整のためとか、なんとでも理屈はつけられるでしょう」
    「あいつとは?」
     監督はわかっていたが聞いた。剛田は頭をかきむしった。
    「あの死神のクソ野郎ですよ! あいつがいる限り、うちのチームは勝てないんだ!」
    「どうしてそんなことがいえる」
    「いえますね。あいつには、呪いがかかっている。死神の呪いが!」
     監督は、重々しい口調でその言葉に答えた。
    「その呪いを解くのも、君たちのやることだとは思えんのかね」
    「どういうことです、監督?」
    「君たちが奮起し、相手チームから一点をもぎとって、西上につなげば、やつの呪いも解けるはずだ。それが、あの男の、防御率ゼロの呪いなのか、勝ち星セーブポイント一切なしの呪いなのかはわからないが。頼む、西上とチームを救ってやってはくれないか」
    「話になりませんね」
     捨てゼリフを吐き捨て、剛田は背中に怒りを籠もらせつつ帰って行った。
     監督にはわかっていた。剛田がやる気になったことは。あの男は歯を食いしばってでもホームランを打つだろう。

     先制ホームランが飛び出たのは、六月だった。そのころには、最下位を突っ走るチームの不振原因は、『死神の呪い』であるというのはもはや常識以前になっていた。
     まだ三回だったが、剛田は、憤然とした顔でホームベースを踏むと、ベンチへ戻ってきて叫んだ。
    「ほら、死神! 一点取ってやったぞ! 後はお前の仕事だ、死神と呼ばれたくなければ、チームの勝利に貢献してみろよ!」
    「おれは死神になった覚えはない」
     西上は、無表情でいった。
    「見ていろ、それをこれから証明してやる」
     三回表が終わり、アナウンスが投手交代を告げた。
     西上はマウンドへ向かった。

    「あいつは死神じゃなかった」
     剛田は、バーで監督と飲みながら、沈鬱な声で呟いた。
     カウンターには、スポーツ紙が置かれていた。一面には、『死神、勝利か敗北か』と書かれていた。
    「惜しいピッチャーだった」
     監督はスコッチのペースが上がり気味だった。
    「心不全とは」
    「あいつは、渾身の力で最後のボールを投げ、防御率ゼロのまま、一勝をもぎ取った。だから、天の怒りに触れて殺されたんだ」
     剛田はブラック・ルシアンをあおるように飲んだ。甘党だったのである。
    「運命と戦ったあいつを死神という奴はおれが許さない」
     監督はうなずいた。
    「だったら、バットで示せ」
    「……え?」
    「死神のせいで優勝できなかった、などといわれたら、西上にどうやって顔向けする。打って打って打ちまくれ。それが最大の供養だ」

     六月以降、呪いが解けたのか、チームは生まれ変わったように連勝街道を歩み始めた。
     日本シリーズに携えていった写真に、西上のものがあったことは、あまり知られていない事実である。
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    Re: ひゃくさん

    まさか自分がスポーツ小説を書く日が来るとは夢にも思ってませんでしたからねえ。

    これを書いた時、なにか同じくスポーツ小説を読んで影響されまくったんだけど、なんだったっけ。

    NoTitle

    なるほど。“にしがみ”と”しにがみ”かー。
    今まで生きてきて、それは気がつかなかったです(笑)

    というか、これは秀逸です。
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