「ショートショート」
SF
不幸虫
「虫が飛んでいます」
「数は」
「相変わらずです。非常に多い」
監視員の言葉に、補佐官はどっかりとパイプ椅子に座り込んだ。ビルの屋上、今の季節は吹きっさらしになるにはちょっと寒い。
「おれには見えんが、君がそういうんだからいるんだろうな」
監視員は力なくうなずいた。
虫が見える……そういい出す人間が急増したのは、つい十年ほど前だった。見える人間の数は、全人口の〇・〇〇一パーセントというところだが、人口百億の現在では、十万人にのぼるのである。
そして、その虫の密度の多寡は。
「社会の不幸に直結しているんだよな。そのうちおれにも見えるようになるんじゃないかな。そうしたら、この社会は終わったも同然だろうな」
補佐官のぼやきに、監視員は答えなかった。答えても無駄と思ったのである。
「虫を殺す方法がなにかあればいいんだが……」
「なにもないでしょうね」
監視員は唇を噛んで、そう答えた。
事態がこうなる前から虫が見えていた人間も、数少ないながらいた。主にある種の血族関係にあることが多かったそういった人々は、虫が見えていることをひた隠しにして生きてきたのだが、彼らにいわせると、この虫は不滅不壊ではないかということらしい。
「昔から、この手の虫はいつでもどこでもいたってことか」
「そういうことです。で、そろそろ実験を始めてほしいんですがね、補佐官殿」
補佐官は、自分の足元にある怪しげな機械を、うさんくさげに見つめた。
「こいつか。因果律調整機」
「どういう仕組みで動くんですか、補佐官殿」
「おれが知るかよ。なんでも、この世の因果律にちょっとした影響を与えることで、未来を変える効果があるということだが……ほんとに効くのかねえ? やることったって、こうしてスイッチを入れるくらいで……」
監視員は、叫ぶと、はじかれたように立ち上がった。
「ああああああっ!」
「どうしたんだよ」
監視員は、あちらこちらに目をやった。
「死んでいく……虫が死んでいく! 次から次へと!」
補佐官は、どうしたらいいのかわからない、とでもいった顔で監視員と機械を見た。
「かついでいるんじゃ……ないよな?」
「かつぐなんて……補佐官殿、あなたには見えなかったんですね。すごい光景です。殺虫剤どころの話じゃありません……まるで雪が降るように虫が墜ちていきます……」
放心したような監視員を見ながら、補佐官は首を振ってつぶやいた。
「人類は救われた……のか?」
人類は救われたらしかった。二十年間、打って変わったような至福の時代が続いた。人口は安定、貧富の差は激減、芸術は黄金時代を迎え、犯罪は耳にすることさえなくなった。
夕暮れ時、平和な農村で、子供が転げまわって遊んでいた。
夕飯を呼びに来た母親に、子供は目をきらきらと輝かせて話しかけた。
「ね、ね、お母さん、すごいんだよ。この草っぱらに、ものすごく小さな卵が、いっぱい、いっぱい、数え切れないほど産み付けられているのを見つけたんだ。ここだけじゃないよ。あっちにも、こっちにも。いっせいに孵ったら、どうなるんだろう? 楽しみじゃない、お母さん?」
「うーん……お母さんには、見えないけど、お前がいうんだったら、本当でしょうね。さあ、今日はお前の好きな焼肉だよ。いっぱい食べて、大きくおなり」
「うん、この卵も、早く孵って、大きくならないかな。ね、そう思うでしょ、お母さん?」
闇が迫ってきていた。親子は並んで家路を戻って行く。日が没しきるまで、そう間もない……。
「数は」
「相変わらずです。非常に多い」
監視員の言葉に、補佐官はどっかりとパイプ椅子に座り込んだ。ビルの屋上、今の季節は吹きっさらしになるにはちょっと寒い。
「おれには見えんが、君がそういうんだからいるんだろうな」
監視員は力なくうなずいた。
虫が見える……そういい出す人間が急増したのは、つい十年ほど前だった。見える人間の数は、全人口の〇・〇〇一パーセントというところだが、人口百億の現在では、十万人にのぼるのである。
そして、その虫の密度の多寡は。
「社会の不幸に直結しているんだよな。そのうちおれにも見えるようになるんじゃないかな。そうしたら、この社会は終わったも同然だろうな」
補佐官のぼやきに、監視員は答えなかった。答えても無駄と思ったのである。
「虫を殺す方法がなにかあればいいんだが……」
「なにもないでしょうね」
監視員は唇を噛んで、そう答えた。
事態がこうなる前から虫が見えていた人間も、数少ないながらいた。主にある種の血族関係にあることが多かったそういった人々は、虫が見えていることをひた隠しにして生きてきたのだが、彼らにいわせると、この虫は不滅不壊ではないかということらしい。
「昔から、この手の虫はいつでもどこでもいたってことか」
「そういうことです。で、そろそろ実験を始めてほしいんですがね、補佐官殿」
補佐官は、自分の足元にある怪しげな機械を、うさんくさげに見つめた。
「こいつか。因果律調整機」
「どういう仕組みで動くんですか、補佐官殿」
「おれが知るかよ。なんでも、この世の因果律にちょっとした影響を与えることで、未来を変える効果があるということだが……ほんとに効くのかねえ? やることったって、こうしてスイッチを入れるくらいで……」
監視員は、叫ぶと、はじかれたように立ち上がった。
「ああああああっ!」
「どうしたんだよ」
監視員は、あちらこちらに目をやった。
「死んでいく……虫が死んでいく! 次から次へと!」
補佐官は、どうしたらいいのかわからない、とでもいった顔で監視員と機械を見た。
「かついでいるんじゃ……ないよな?」
「かつぐなんて……補佐官殿、あなたには見えなかったんですね。すごい光景です。殺虫剤どころの話じゃありません……まるで雪が降るように虫が墜ちていきます……」
放心したような監視員を見ながら、補佐官は首を振ってつぶやいた。
「人類は救われた……のか?」
人類は救われたらしかった。二十年間、打って変わったような至福の時代が続いた。人口は安定、貧富の差は激減、芸術は黄金時代を迎え、犯罪は耳にすることさえなくなった。
夕暮れ時、平和な農村で、子供が転げまわって遊んでいた。
夕飯を呼びに来た母親に、子供は目をきらきらと輝かせて話しかけた。
「ね、ね、お母さん、すごいんだよ。この草っぱらに、ものすごく小さな卵が、いっぱい、いっぱい、数え切れないほど産み付けられているのを見つけたんだ。ここだけじゃないよ。あっちにも、こっちにも。いっせいに孵ったら、どうなるんだろう? 楽しみじゃない、お母さん?」
「うーん……お母さんには、見えないけど、お前がいうんだったら、本当でしょうね。さあ、今日はお前の好きな焼肉だよ。いっぱい食べて、大きくおなり」
「うん、この卵も、早く孵って、大きくならないかな。ね、そう思うでしょ、お母さん?」
闇が迫ってきていた。親子は並んで家路を戻って行く。日が没しきるまで、そう間もない……。
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~ Comment ~
すみませんでした。
ああ~~~大変失礼しました。
お名前を間違えるなんて、本当に失礼なことを。
申し訳ありません。
以後、気をつけます。
お名前を間違えるなんて、本当に失礼なことを。
申し訳ありません。
以後、気をつけます。
Re: YUKAさん
「ブリッツ」です(^^;) ブリッジでもわかるからいいですけど(^^;)
とにかくもうわたしときたら、あれも書きたいこれも書きたい病というか、貪欲で。
もっと若いときにこの「貪欲さ」が出ていたら、自分の運命も変わっていたのでは、と思う時があります(^^)
星新一先生はわたしも大好きです(^^)
あの人は天才というか神様というか。天がSFを書くために遣わされたお方としか思えません(笑)。
とにかくもうわたしときたら、あれも書きたいこれも書きたい病というか、貪欲で。
もっと若いときにこの「貪欲さ」が出ていたら、自分の運命も変わっていたのでは、と思う時があります(^^)
星新一先生はわたしも大好きです(^^)
あの人は天才というか神様というか。天がSFを書くために遣わされたお方としか思えません(笑)。
こんばんは♪
うぅ~~~さすがに上手いですね^^
ショート・ショート……
私は星新一先生が大好きでした。
ちょっと毒があって、なるほどと思えて
風刺が効いてたりする感じが好きです。
ポール・ブリッジさんは、本当に色々書けるんですね。
博識だからかなぁ。。。
私もそろそろアウトプットばかりでなく
インプットしないと、行き詰りますね^^;
ショート・ショート……
私は星新一先生が大好きでした。
ちょっと毒があって、なるほどと思えて
風刺が効いてたりする感じが好きです。
ポール・ブリッジさんは、本当に色々書けるんですね。
博識だからかなぁ。。。
私もそろそろアウトプットばかりでなく
インプットしないと、行き詰りますね^^;
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Re: YUKAさん
よくあることです(^^)