ささげもの

    キングも知らない

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     八少女 夕さんの「scriviamo! 2017」プランBのお題作品。

     あの写真の中から5枚使って小説を書けということだった。

     わたしは困惑した。

     これでは簡単すぎるではないか!

     しかたがないので、もっとルールを厳しくすることにした。

     1.写真は全部使う。

     2.写真は提示された順番通りに使う。

     我ながら自分はSなのかMなのかわからない。もしかしたら、SとかMとかいう以前に、『凝ったプレイ』が好きだという変な趣味嗜好の人間なのかもしれない(笑)



     ※ ※ ※ ※ ※



     キングも知らない


     教会で、わたしは二、三の短い話を聞いた。

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     わたしは記録をチェックしてくれた学生に礼をいうと、礼拝堂を後にした。事実は明白に見えたが、考えなくてはならないことは山ほどあった。なにしろ、状況証拠しかない。

     ホテルに入って夕食にした。ひとりきりのわびしい夕食だが、ひとりがいちばん安全であるともいえる。

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     ブルシーロフは1991年8月までには亡命していた。ヤナーエフとクリチュコフがゴルバチョフに対してクーデターを起こす前夜だ。そのときまでには、トウモロコシの実るわれらが西側にいたことがはっきりしている。

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     そこからブルシーロフ……いや暗号名「タイタン」がベルン旧市街のファームの出先機関に送られるまでの約半年間。そこが完全に空白になっているのだ。

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     常識的に考えれば、ロンドンのファームの厳重な施設で、懺悔聴聞僧と呼ばれる専門の職員に、人間から持っているあらゆる情報を引き出されていたと考えるべきだろう。なにしろ、当時のソ連の政治的混乱はひどく、愛国心あふれるミサイル士官がひとりでもそのような施設にいたら、ロシアに戦略核ミサイルが飛び交う事態になっていた可能性もあったからだ。KGB高級将校が自分を売りつける最大にして最後のチャンスでもあった。

     だが、わたしは1991年秋と思われるエンガディン地方を写した写真に、ブルシーロフとして現れた男が映っているのを書類の中から発見してしまった。

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     なぜだ? なぜこの時点でブルシーロフがスイスにいるのだ?

     わたしはスイス駐在員としての任務に忠実であるべきだったかもしれない。だが、わたしはブルシーロフの痕跡を追う誘惑に耐えられなかった。

     追跡は困難を極めた。

     スイスのとある公園から始めた旅は、

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     国境を越えることもあった。

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     冬のスイスを、

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     さまざまなホテルを、

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     任務の合間を縫って渡り鳥のようにさまよったわたしは、ついに今日、この鍵のかかった扉で、決定的とはとてもいえないが、考えを改めるに足るだけの状況証拠を手に入れたのだ。

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     食事の後、わたしは国境を抜けることにした。

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     こういう時は普通にやるのがいちばんいい。何食わぬ顔でスイスからイタリアへ抜ける。そしてそこを抜けると……。

     待っていたのは検問だった。舌打ちをした。銀行強盗でもあったのだろうか。わたしは車の窓を開け、外をのぞいた。

     心臓が止まりそうになった。警官の横に立っていたのは。

    「ラティマー部長……!」

     わたしの直属の上司であるMI6スイス支部長ラティマーはわたしに向かって悲しげに微笑んだ。

    「そういうことなんだ、クレイ・ボーマン。きみは監視されていた。懺悔室へようこそ」

     いやもおうもなかった。わたしは車より引きずり出され、肉体的にはかないっこないイタリア人警官に取り押さえられた。

     護送される中、マッジョーレ湖が、わたしには手の届かない自由の大海に見えた。

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     取調室で、ラティマーはマルボロの箱を差し出した。

    「やるかね?」

     わたしは首を振って断った。ラティマーは悲しそうな目をすると一本取って火をつけた。

    「……ボーマンくん。事務手続きを簡略化したい。調べたことを話してくれないかね」 

    「全部、あなたがたの仕組んだことじゃないですか!」

     わたしは激情のままに吐き出した。自分の身の安全もなにもなかった。自分の死刑を告げる時計がすぐそばで動いているように感じた。

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    「なにが、アレクセイ・アレクセイエーヴィチ・ブルシーロフですか! ブルシーロフは、あの年の冬の夜に、すでに病死していたんだ!」

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     ラティマーは悲しげな顔を崩さなかった。

    「この前のカンポ・ルドゥンツで、わたしら局員は『タイタン』、すなわちブルシーロフをロンドンまで運ぶ任務に就かされていたと思っていた。だが、われわれが目にしたのはなんですか。『すでに整形手術を受けて』『冷戦終結後二十五年間も誰も姿を見たものがなく』『指紋はおろか声すらも定かではない老人』じゃないですか! あの老人がブルシーロフであることを証明する証拠なんて、冷静に考えたらどこにもないんだ!」

     わたしは続けた。

    「カンポ・ルドゥンツがランデブー地点に選ばれた理由もそれだ。カンポ・ルドゥンツが選ばれた理由はただひとつ、『ブルシーロフと過去にいかなる接点もない』ことだったんですね! 無関係な村で意味ありげな行動を取らせ、『ブルシーロフに隠された秘密』があるように周囲の人間に思わせたんだ! 狡猾なファームは、『人間的要素』を偽装し、演出したんだ!」

     ラティマーは紫煙を吐き出した。

    「そうだ。周囲の人間ばかりではない。モスクワも信じただろう。『この老人は、名もない小村に興味を示している。このような反応を見せる人間が、老い先の短い亡命者でないわけがあるだろうか?』と。そして、この作戦では、皆が信じることが最も重要なことだった。ひとりだけ疑問を持てばよかったのだ。ボーマンくん、きみがね。『ガーディアン』とモスクワとのパイプである二重スパイが飛びつくような餌を用意すること、それがこの作戦の目的だったのだ」

    「『タイタン』として我々が扱っていたのは誰だったのですか」

    「きみは信じるかな。洗濯物がぶら下がっている、ポルトの裏町出身の工作員だ」

     わたしの頭にテレビで見たその光景がよぎった。

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    「嘘だ」

    「では、レンギョウがきれいなスイスの」

     イメージが浮かんだ。

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    「嘘だ!」

    「その通り。すべてはでたらめさ。きみというピースが消えると、ジグソーパズルはもっとでたらめになる」

    「部長、わたしが消されてもモスクワは悟りますよ。ロンドンは、ハブロックを尋問する有効な手段がないのだ。ブルシーロフは偽者で……」

     そのとき、わたしはようやくこの作戦の全貌を、悪魔のような計画のすべてをつかんだ。黒が白に、白が黒に……。

    「まさか」

     わたしは震える声でいった。

    「ハブロックはロンドンに忠誠なんですか?」

    「どう考えるかはモスクワ次第だ。ボーマンくん、もしきみがここから消えたら……『ガーディアン』を尋問するはずの『タイタン』が偽者であることを証明しようとしていたロシアの二重スパイが消えたら……モスクワは『ガーディアン』の情報をどれほど信用する気になれるかな? ひねくれている彼らは、余計に信じるのではないかな?」

     わたしはラティマー部長の言葉をもとに、この作戦を再構成してみた。

     まず、ロンドンはモスクワに誤情報を流す工作をハブロックを使ってやらせた。

     誤情報が流されていたことを察知したモスクワは、対抗措置としてハブロックを寝返らせた。いや、もともとハブロックはモスクワのスパイだったのかもしれない。

     ロンドンは、ハブロックがモスクワ側に寝返っていることに早期の段階で気づいていた。ロンドンはさらにハブロックを寝返らせ、しばらくはそのまま活動させていた。

     やがて、ロンドンはハブロックを「使う」機会が来たと判断した。ハブロックの情報に致命的ではない、そこそこの重要な機密情報(たとえばCIAの機密情報だ)と一緒に、モスクワにダメージを与えるためのもっともらしい偽情報を混ぜ、そして『店じまい』をする。ハブロックはモスクワの情報部にわかるやり方で逮捕され、真実味を与えるために引退した『タイタン』が駆り出される……。

     それでも真実味が足りないと考えるモスクワのわからず屋にダメ押しをするために、『タイタン』の周囲に、もっともらしい『偽の手がかり』を撒いておく。誰も気づかなければよし、はねっ返りが気付いたら、それこそ好機だ。後は演出だけで、『失敗を見苦しいやり方で取り繕おうとする間抜けな英国情報部』というイメージを作り、モスクワを欺く……。逮捕したスパイを説得する万策が尽きたのを糊塗するために、いもしない老スパイをブラフに使うなんて、ああ、いかにもMI6がやりそうな拙劣な弥縫策だ、とモスクワは判断する……。

     ラティマーは立ち上がった。

    「明日にはロンドンだ。聴聞僧がきみの懺悔を聞いてくれる」

     わたしはすがるように尋ねた。

    「待ってください、部長。ハブロックはロンドンに忠誠なんですか? 『タイタン』はブルシーロフなんですか?」

    「われわれポーンは知らなくていいのさ。それがわれわれのゲームのルールだということを、きみも知っているだろう」

     ラティマーは立ち止まった。

    「もしかすると、キングも知らないのかもしれん」 

     わたしは頭を抱えた。コインの裏と表を当てるゲームは、国家間で異常に複雑なものになっていた。

     窓から見える空は明るかった。

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     しかしわたしの頭に浮かぶ空の色は、どこかまがまがしい紅い色をしていた。

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    ~ Comment ~

    Re: 大海彩洋さん

    今回の小説は、わたしにとってはきつい結果になってしまいました(^^;)

    慢心というか思い上がりというか、

    小説というものは自己満足で書いちゃいかんな、と(^^;)

    読者を楽しませるという視点がもろに欠けていたことが露呈してしまったわけで、

    今度は読者を楽しませることを第一に考えながらきつい制約のもとで企画に挑戦しよう、と思ったであります(^^;)

    やっぱり

    絶対ポールさんは全部使って書かれるに違いないと思っていたら、やっぱり。でもやっぱりみんながそう思っていた、というのがちょっと面白い。で、実は私は「ポールさんは絶対全部使うと思うけれど、その程度で済むかなぁ、だってきっとポールさんはみんながそう思ってるって分かってらっしゃると思うから、さらに裏をかこうとされるはず」と思っていました。
    それにしても皆さんご指摘の通り、実はポールさんの仕掛けた物語の奥行きが半分も分かっていない私ですが、このポール節、オチがあるようで謎が深まる一方の(私にとって)展開は面白く読ませていただきました。でもやっぱり半分は分かっていない……(ま、いっか! とどこかのネコ化するのであった)
    そうそう、某スパイ曰くの「右手のしていることを左手に知らせるな」ですよね。

    Re: 山西 サキさん

    ゴメンナサイ コレカラ ハ ワカリヤスイ ハナシ ヲ カキマス ト ポール ブリッツ ハ ナイテ ニゲテ ユキマシタ。

    メデタシ メデタシ(笑)


    よく考えたら今のイギリスの君主はキングでなくてクイーンであった(^_^;)

    Re: TOM-Fさん

    「誰も信用できない」という世界ですからねえ。

    右手と左手を両方使って相手とジャンケンするようなもんですね(笑)

    でもこの量で書くためには陰謀を複雑にしすぎた(笑)

    NoTitle

    やっぱりこう来ましたか。
    ポールさんならこう来るだろうなと思ってました。
    しかも順番通りですか。これは予想外かな。
    ここまでやられるとちょっと呆れてしまいますが、凄いです。
    しかもあの超複雑ストーリーが展開しているし・・・。
    でもいくら考えても誰が誰だったかこんがらがってしまって整理できません。
    もうやけくそです。
    キングなんて本当はいないんじゃないですか?
    結局ポールさん1人が楽しく遊んだだけなんじゃぁないの?
    聞きしに勝る・・・・・・

    うわ・・・

    写真全部順番に使い切っていらっしゃる & ちゃんとあのお話の続きになっている。これはすごいです。

    お話はなんとなくわかったような、わかんないような。
    つまりあの人があれで、この人がああなって、彼は・・・どうなったんだ?

    冗談はさておき、虚虚実実といいますか、どちらが狐でどちらが狸か、とにもかくにも複雑怪奇な世界ですね。
    これって、リアルでもあるのかな? 日本は諜報戦にはめっぽう弱いそうですが、たしかにこりゃ敵わんわ、という感じですね。

    スパイものは、ハリウッド映画くらいにしておこう(笑)

    Re: 八少女 夕さん

    ポール・ブリッツ氏、責任を取って切腹。

    辞世の句は「策士策ニ溺ルル」だったそうである……。

    来年はなによりわかりやすい小説を心がけることにしよう(^^;)

    NoTitle

    なんかはじめからやる氣満々だったから、全部使うことは想定済みでしたが、こうきましたか。順番までねぇ。しかも、この間の話の続きだあ。さすがですね。

    でも、ポールさん。おそらくそれが目的で書いていらっしゃるから成功なんでしょうけれど、この小説の筋書き、ただのオンナコドモである私には、何がなんだかさっぱりわからないんですけれど。

    そもそも、キングじゃなくて、ポールさんには真実がわかっていらっしゃるんですか?

    簡単すぎて、反対にお困りになったようですが、いつもながらのクオリティでのお返事、ありがとうございました!

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