5 死霊術師の瞳(連載中)

    死霊術師の瞳 3-4

     ←死霊術師の瞳 3-3 →1983年(11)
    「桐野、おれは、美奈がこうなるのを、ただ見ているしかなかった。おれの医学的知識では、ゾアントロピー、『獣化』という単語を、いかがわしい本から引っ張ってくる程度のことしかできなかった。一昨年までなら鼻で笑っていた単語だ。どうしようもなくなったとき、美奈がいったんだ。『桐野さんを』と。そのときのおれの気持ちがわかるか、桐野。そして、美奈がこうなったのが、ちょうどお前が刑務所を出てきてからだ、ということに気づいたときの気持ちもだ」

     福嶋清親はカップを口に持って行った。だが、手が震えていたせいか、口もとまで持って行ったカップを、カタカタいわせて皿に戻した。

    「週刊誌で読んだ。お前が、自分にはナイトメア・ハンターとしての力はもうないといっていたことを。だが、おれには頼れるものがもうお前しかいない。これまでの二十年を水に流せというつもりはない。おれのこれまでの無礼も謝る。だが、美奈だけは助けてやってくれ。使うのなら、おれの生命だって使ってくれてかまわない」

     わたしが知っている福嶋清親には似合わぬようなセリフだった。なぜか……と考えたとき、わたしは自分のうかつさに気づいた。医学の道を志した人間としてはあるまじきうかつさだ。

    「福嶋、美奈さんは何か月だったんだ」

    「妊娠三か月、産婦人科ではそういわれた。美奈も三十路を過ぎて、アラフォーに入ろうとしていたころだ、産婦人科は専門ではないが、おれと美奈とにとって最後のチャンスだということくらいはわかる。そんなときに……ちくしょう!」

     わたしは興奮が収まるのを待った。精神科医として学んだことのひとつである。

     福嶋清親はカップを持ち上げようとしてカタカタ鳴らし、そして結局あきらめた。

    「桐野、お前にはできるかぎり早く、美奈を元に戻してもらわなくちゃならない。あと半年もすれば、美奈は子供を産むんだ。その産まれた子供が……」

     福嶋清親は頭を抱えると嗚咽し始めた。林看護師がそのそばに寄りそった。

     わたしは立ち上がった。

    「わたしにはもう何の力もない。約束もできない。好きな女を守ることもできなかったし、期待されてもたぶん無駄だ。だが、やれるだけのことはやってみよう。これがわたしに関係があることならば、けりをつけられるのも、わたし以外にはいないだろうしな」

     福嶋清親は顔を上げた。

    「すまん……」

     わたしは続けていった。

    「その前に、林さん、あなたには聞いておかなくてはならないことがある。あなたにとって、遥美奈という女性は、どういう存在だったのか、を。あなたにとって、遥美奈は、邪魔者以外の何だったかを聞きたい」
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    ~ Comment ~

    Re: ミドリノマッキーさん

    本編もゆるゆる進むので、慌てなくて大丈夫ですよ。

    ハードボイルドできていたらご喝采(^_^)

    NoTitle

    ご指摘に従い、「ナイトメア・ハンターの掟」の1を読んでみました。一気読みが苦手なので並行して読んでみます。
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