鋼鉄少女伝説

    鋼鉄少女伝説 1 陥穽

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       第一部 ブレンハイム編


     ブレンハイム(英語名ブレニム)の戦い
     日時/一七〇四年八月一三日
     場所/ドイツ・バイエルン州ブレンハイム

     スペイン継承戦争におけるイギリス・オーストリア軍七万五千とフランス・バイエルン軍六万との戦い。イギリス軍を率いるマールバラ公ジョン・チャーチルの、騎兵を用いた中央突破戦術により大損害を受けたフランス軍は、一万二千の戦死者と一万四千の捕虜を出して敗北した。余談だが、後の第二次世界大戦時のイギリス首相ウィンストン・チャーチルは、マールバラ公の子孫である。



     スペイン継承戦争

     一七〇〇年のスペイン国王カルロス二世の遺言に端を発する戦争。カルロスはスペインの王位継承者にフランス国王ルイ一四世の孫であるアンジュー公フィリップ(フェリペ五世)を指名した。フランスとスペインの結びつきに危機感を抱いたイギリスは、オーストリア・オランダなどと同盟を組んでフランスと戦った。結局、一七一三年のユトレヒト条約によりフェリペはスペイン王位の継承は認められたものの、フランスとスペインの合併は禁じられ、しかもフランスは多くの領土を失った。


       1 陥穽



    「もしもし、じゅんしょう?」

     四月も末の金曜日。キリコのやつからの突然の電話で、明日、土曜日の放課後、時間はあるかと聞かれたときには、ぼくはまさかこれほどの面倒に巻き込まれるとは思ってもいなかった。

    「ユメちゃんが、どうしても順昇に話したいことがあるっていうのよ。だから、ね。お願いよ」

     との言葉に幻惑されてしまった自分がうらめしい。キリコとユメちゃん、この二人がそろってしまったら、もう話題は「あれ」しかないではないか!

     バカというかうかつというか。

     しかしそのときは、天使が目の前でラッパを吹きながら花を撒いているかのような錯覚にとらわれ、思わずうなずいてしまっていた。

    「もちろん、いいよ。それで、場所は?」

    「三時に、ジェネラルハンバーガーで」

    「わかった。三時に、ジェネラルハンバーガーだね。行く行く。絶対行く」

     携帯を切ってから、腰を落として正拳突きを三度ばかり繰り出す。ハリウッド映画の主人公みたいに。

     土曜日にはなにを着ていこうか。そんなことを考えていたのだから能天気な話だ。

     ユメちゃんというのは、ぼくが通う私立隆野宮高校の後輩の二年生、小金沢ゆめみ。おとなしそうな感じの女の子だ。ゆめみという名前と、夢の中にいるかのようなまなざしをたまに見せることから、ユメと呼ばれるようになった。

     身長はやや小柄。ショートカットの黒髪に、大きな澄んだ瞳。形のいい鼻に、ちょっと不安そうにしている小さな口。壊れそうな細いあご。

     そしてなによりも、しとやかで美しいその身体の動きと立ち居振る舞い。

     守ってあげたくなることではうちの学校ナンバーワンの娘だろうと、はっきりと断言できる。この点にかけてはどんなやつが議論をふっかけてきても、完全に論破する自信があるくらいだ。ユメちゃんの趣味が趣味なので多くのクラスメートは敬遠しているが、そんなこと知ったものか。まあ、ぼくと議論をするほどヒマな人間などクラスにいないというのも事実だけど。

     そんなことはどうでもいい。とにかく、ユメちゃんはひたすらにかわいいのだ。

     ユメちゃんのことを想うだけで、ぼくは実に甘美な白昼夢の世界に遊ぶことができる。だが、それはプライベートの範疇に入る話だろう。

     そんな娘から「話がある」とは。期待するなというほうがウソだ。ずうっと、そういう話とは縁がないまま生きてきたこの十八年、ついに長かった冬も終わるのだ。ビバ神様。ビバ仏様。わたくし浦沢順昇、二度とあなた様がたの悪口は申しません。

     顔をにやけさせながら、自分のパソコンに向かって明日の授業の予習のデータを打ち込んだ。スピードは音速の域だ。それが終わったら問題集。高校も三年になると、大学受験というやつが大きく立ち塞がってくるのだ。

     しかし、いつもは拷問でしかない受験勉強さえもが、今のぼくには楽しくて楽しくてしかたがなかった。

     土曜日は、ユメちゃんと、ユメちゃんと!



     あっという間に次の日になった。あっという間に授業は終わった。あっという間に家へ帰り、あっという間に手持ちの乏しい衣料の中からとっておきのを身にまとい、あっという間に自転車にまたがると、あっという間にぼくはジェネラルハンバーガーにたどりついていた。

     ジェネラルハンバーガーというのは、ぼくの住んでいる松海道市を中心に展開している、いわば伝統に支えられた土着のファーストフード店だ。その特徴は、こいつなにか企んでいるんじゃないかと思えるほど厚いバンズと、塩分過多を心配するほど濃い味付けをされた、ハムのように薄っぺらいハンバーグ。常識的に考えればうまいわけがないと思えるかもしれないが、日本の伝統たる少量の塩辛いおかずで山盛りの飯をがつがつ食らうという思想に忠実に従っているため、ハマると病み付きになる魔性のハンバーガーなのだ。幼少時からこれに慣れている松海道の人間は、ほかの全国チェーンを展開しているような大手のハンバーガーを食べてもいまいちピンと来ないといったら、その魔性ぶりがわかるだろうか。現に県外からも熱烈なファンが食べに来る。ぼく自身としては、ここはハンバーガーよりもポテトのほうがおいしいのではないかと考えるが。

     時計を見る。二時三十分。早く着きすぎたかもしれない。ガタのきかかった自動ドアのボタンをタッチして開け、中に入った。

     店内は半分くらいの混み具合だった。しかし、ユメちゃんを探すには苦労はなかった。頭が想い人のことで一杯になっている男子高校生に不可能事はなにもないのだ。

     ユメちゃんは、奥のほうの四人がけのテーブルにぽつんと一人で腰かけていた。真っ白いブラウスに鮮やかな朱色の上着を合わせている。スカートはチェックだった。テーブルの上にはほとんど手を着けられていないフライドポテト。向こうも緊張しているのだろうか。

     ぼくは右手をわずかに上げて合図した。

     ユメちゃんも気づいたようだ。顔がぱっと明るくなり、ぼくに手を振ってくれた。

     天にも登る気持ちとはこのことだ。

     まっすぐにユメちゃんのいるテーブルへと足を運ぶ。

    「や、やあ、待ったかな?」

     声がうわずっていたにもかかわらず、紋切型のことしかいえない。デートなど生まれてこのかたやったことがないのだから当然だ。

    「いいえ、それほどは。あたしが早く来すぎちゃったんです」

     ユメちゃんは、珠を転がすかのような美しい声でいった。ちょっとその声にすまなそうなトーンが混じっているが、ユメちゃんはいつもこういう控え目な調子で話すのだ。

     かわいいっ。盾になりたいっ。

    「あの……。あたし、食べ物を注文してきます。なにがいいですか?」

     ぼくは、ぶるんぶるんと首を振った。

    「そんな、悪いよ、ユメちゃん。ここはぼくが」

    「いいんです」

     ユメちゃんは微笑んだ。天使のような微笑み。

    「あたし、こんなこと以外はなにもできないから、ちょっとでもお役に立てればそれだけで嬉しいんです」

     感動の涙がじーんとあふれ出てきそうになる。なんていい娘だ。

    「ユメちゃん……! じゃ、じゃあぼくには、コーラを。コーラだけでいいよ」

    「ハンバーガーとか、いらないんですか?」

    「ううん。いらない」

     君だけがいれば、というセリフを飲み込む。まだ早すぎるもんな。

    「じゃ、コーラを持ってきますから、待っていてください。すぐに戻ります」

     そう言い残すと、ユメちゃんはレジへ向かった。

     ふふふ。ぼくもなかなか想われているじゃないか。例の告白というやつは、ぼくがいいだすのが先かな。いや、ここはユメちゃんにいわせて、ぼくが後からにしたほうが効果的なんじゃないかな。

     頭の中は、そんな妄想でいっぱいになっていた。

     先にもいったが、ぼくはここのポテトが大好物だ。

     ユメちゃんは、なにをやっているのか、なかなか戻ってこない。

     急いで来たので小腹もすいている。

     そして心ここにあらずの精神状態。

     ぼくは無意識のうちに、籠から取ったケチャップの容器の蓋を開け、ポテトをディップして口に運んでいた。

    「食べたわね」

     後ろの席から、ドスを含んだ声が聞こえてきた。

     反射的に振り返った。椅子の上に半分だけ顔を覗かせている、眼鏡をかけたなじみの顔と視線がぶつかった。

     はっ、と卓上のポテトの籠を見た。

     小さなシールが貼られており、ユメちゃんの字で「霧村会長へ」と書いてあった。

     謀られた……! ことを悟った。

     ぼくの後ろにいた女こそ、幼稚園の頃から腐れ縁が続く、霧村早智子、「鉄の女」キリコだった。

     キリコはくるりと回り込むと、ぼくが逃げる前に、隣の席にどかっと腰を下ろした。

    「これはなんの陰謀だよ」

    「昔ながらのキャッチセールスの手段を応用したのよ」

     キリコはいけしゃあしゃあとそういいながら、ポテトをつまんだ。

    「キャッチセールス?」

    「今みたいに、ネットによる効率的で足がつきにくい詐欺行為が蔓延する以前に、猖獗を極めたの。もしかしたらまだ生き残っているかもね。普通はこうやっておびきだしておいて、インチキな商品なんかを売りつけるのよ」

    「ショウケツ? 変に難しい熟語なんか使うなよ。そもそも、それはどんな意味だ。いいたいことはだいたいわかるけどさ」

     どうやらぼくをハメるためだけに、店の内装に溶け込むようなグレーのワンピースなんかを着てきたらしい。ユメちゃんに遠目でも目立つ朱色の上着なんか着せたのもこのためだろう。色の対比で自分に注意が向かなくする、ということで。

    「きのう電話をかけてきたときから企んでやがったのか。ユメちゃんを餌にするなんて、汚ねえぞ」

     ぼくは毒づいた。ついうかうかとポテトに手を出してしまった自分が腹立たしかった。

     キリコはにやりと笑って、さらにポテトを二、三本つまんだ。

    「人の食い物に黙って手を伸ばすような、考えが足りない人間を指してバカと呼ぶのよ」

    「あの……」

     ユメちゃんが、トレーにドリンク三つにハンバーガー三つ、それにチキンナゲットの籠を載せて、戻って来ていた。

    「浦沢先輩、買ってきました。先輩はコーラでよかったんですよね」

    「……そうだよ」

    「よかった」

     ユメちゃんは、ぼくに向かい合うように腰を下ろした。

    「あと、ハンバーガーも買ってきました。普通のとチーズバーガーとフィッシュバーガーがありますが、どれがいいですか?」

    「チーズ」

     ぼくは非難じみた視線をユメちゃんに送って、いった。ユメちゃんはうつむいた。両手で捧げるようにして、チーズバーガーをぼくに差し出す。

     うう……怒りが消えていく。

     ユメちゃんに対しては。

     ぼくは、その分の怒りをもう一人の対象にぶつけた。対象は、ユメちゃんが運んできたハンバーガーをうまそうに食べている。ちぇっ、お前がハンバーガーだと。ほんとうは乾燥梅干しジャンキーのくせして。

    「で、キリコ。こんなことを企んで、いったいなにをしでかそうというんだ。もしかして『あれ』か?」

     別にぼくはエロいことを口走っているわけではない。この二人を前にして「あれ」というのは、そういう色っぽい話とは百八十度違うのだ。

    「あれ以外の何物でもないわよ」

    「断る」

     ぼくは、きっぱりといった。

    「君たちの部活動には、絶対に協力しないからな」

    「食べたでしょ? 人のポテトを」

     キリコはポテトを指差した。ぼくはうめいた。

    「だからといって、あんなことをするくらいなら、数学の問題集をひたすら解き続けるほうがまだ耐えられるよ」

    「なんといってもかまわないけど、食べたことを取り消すことは出来ないわよ。ギリシア神話を読んだことない?」

    「どうしてこの世には冬が来ることになったかのあの話か」

    「そういうこと」

     ぼくは頭を抱えた。そうなのだ。ギリシア神話によれば、農耕の女神デメテルの娘ペルセフォネは、ハデスによって冥界に連れ去られた。妻にするためだ。怒ったデメテルが連れ戻しに来たものの、ペルセフォネは冥界のざくろを食べてしまっていたために、冥界で暮らすしかなくなっていた。その後ごたごたあって、結局ペルセフォネは一年の半分ずつを天界と冥界で暮らすこととなった。娘が冥界で暮らしている間は、母のデメテルが嘆き悲しむため、穀物が実らない冬の季節になったそうだ。

     ペルセフォネの気持ちがよくわかるような気がした。ペルセフォネもぼくも、だまされて物を食べさせられたことは同じだが、ペルセフォネはともかくぼくの盗み食いの罪は消えないのだ。少なくとも、ぼくの中にいる良心という名の審判者が許してくれない。

     真剣に悩むぼくの姿を見つつ、キリコはいった。

    「変わってないわね、全てを善悪に分けて考えるところ」

    「大きなお世話だ」

    「すみません、浦沢先輩。でも、あたしからもお願いします。どうか会長のお話も聞いてくださいませんか」

     ユメちゃんはすがるような瞳でぼくを見つめた。

     ぼくは再びうめいた。ユメちゃんにこんな目でそういわれると、どうしたらいいのかわからなくなるのだ。

    「まあ、順昇にとっても決して損な話じゃないから。ちょっと落ち着いて聞いてほしいんだけど。別に新入部員にならないかって、持ちかけているわけじゃないんだしね」

     キリコはそういって、マスタードをつけたチキンナゲットを口に入れた。

     どうだか。このキリコという女は、うっかり話に耳を貸したら最後、地獄の底まで連れて行かれかねない女なのだ。油断はできない。

     特に、女だてらに「シミュレーションボードゲーム同好会」なんてものの会長をやっているときたら。

     うさんくさそうにキリコを見た。

    「それで、ぼくになにをさせたいんだ?」





          予告



     土曜日、それはやはり不吉な暗黒のサバトの日であったのか。 

     想い人との甘い幻想に浸る男を待つ、罠。

     退廃と混沌はコンクリートミキサーにかけられてハンバーガーとなり、

     今、パソコンオタクの部屋は狂乱のソドムの市となる。

     わずか一ポンドの肉をめぐっての危険な取引は、

     平凡な高校生を奇妙な縁(えにし)で地獄の門に結びつけるか。 

     次回、「居城」。

     キリコが飲む、無料(ただ)のコーラは、うまい。

     (ナレーション:銀河万丈)

    参考動画:(二次創作ではありませんが、以降、「予告」を読むときは、こういう調子で脳内再生してください)
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    ~ Comment ~

    Re: 山西 サキさん

    この段階ではまだ明らかではありませんが、

    ユメちゃんはねえ……もうけなげな娘で……。

    キリコちゃんも……もうけなげな娘で……。

    すべて順昇くんがバカなのが悪い(^^;)

    こんにちは~。

    ユメちゃんの容姿、何となくサキの書くヒロインのイメージと被るところもあって、親しみを感じてます。
    感じてますが・・・なんだか胡散臭い。天然のキャッチセールス少女、と言うところかな?キリコととっても良いコンビです。
    順昇くらいの男ならイチコロですね。きっと。
    でも展開が読めません。
    あの不気味なプロローグとの関連性も不明だし・・・。
    ちょっとマニアックな感じが不安だし・・・。
    予告、ちゃんと銀河万丈ナレーションに変換して読みましたよ。

    Re: フラメントさん

    このギャグはもっとウケると思っていたけど、よく考えたら30年前の作品でしたなあ(^^;)

    二十代の人はボトムズ放送時の衝撃を知らないのか……(^^;)

    Re: 椿さん

    Stellaなので更新は再来月です(^^)

    昔投稿して没になったやつのお蔵出しですが、修正も結構疲れるなあ(汗)

    www

    キリコ ときて 銀河万丈の予告ナレーションと言えば

    ボトムズですね 好きなアニメだったので 思わず笑ってしまいましたww

    NoTitle

    プロローグ、SF? と思いきや本編は学園ラブコメ……からのキーワード・ボードゲーム? そしてスペイン継承戦争?
    いろいろと気にかかりますが、来月をおとなしく待ちます。
    銀河万丈さんのナレーションはいいですよね! カッコ良い!
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