東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

    海外ミステリ84位 アシェンデン サマセット・モーム

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     なんでサマセット・モームなんて文豪の名前がここに来ているのか。間違いじゃないのか、と思うかもしれないが、あの人、実は英国情報部に務めていたこともある立派なスパイで、その経験を活かして、1928年にこの「アシェンデン」を発表した。本人としては、情報部で活動をしながらも「将来、小説のネタになるかな」などと考えていたそうで、文豪というやつは恐ろしい。そしてさらに恐ろしいことに、この「アシェンデン」という小説は、べらぼうに面白いスパイ小説の古典なのである。

     最初にこの作品に出会ったのは、いつものごとく、小学生のときに押入れの中から掘り出した創元推理文庫であった。タイトルは「秘密諜報部員」。当時毎年のようにテレビのロードショーに出てきた007シリーズなどから、秘密諜報部員というものがスパイであることは小学生にもわかった。どきどきしながら読んで、いつものごとく十ページも読まないうちにギブアップ。それもそのはずである。この小説は活劇シーンなど一切出てこない、ひたすらなまでに地味な作品だったからである。次に遭遇したのは中学のころ。学校の図書館に「アシェンデン」が入っていた。ぱらぱらとめくってみたものの、小学生の頃の思いを追体験するにとどまった。文春ミステリーベスト100に入っているものの、たぶんオールドファンの懐古趣味によるものだろうな、と判断し、「つまらないもの」として読まずに済ませた。

     30年が過ぎ、この企画のために、古本屋で売っていたのを買って読んでみた。十ページ読まないうちにわかった。ひとつひとつのエピソードがムチャクチャ面白いのである。「ガキにわかるような小説ではない」のである。それほどまでに、この小説の主人公である流行作家にしてスパイであるアシェンデンというやつは知性があって冷静で非情で下級スパイとしては優秀な男なのだ。そのアシェンデンでさえも、自分は精密機械の中のひとつの歯車を止める鋲にすぎない、と理解している。アシェンデン自身は手を下していないが、アシェンデンがお膳だてをすることにより死んだ人間が本書の中でも少なくとも三名。そしてアシェンデン自身はそのことに何らの痛痒も覚えてはいないのだ。アシェンデンはプロとして、常に皮肉な視点から状況を楽しみ、ときにはジョークなどを飛ばしながら、てきぱきと、かつ淡々と仕事をさばく。この徹底した、自分を視野に入れてまでのシニシズムこそが、現代のスパイ小説の核となっているのだ。これにアクロバティックなひねりを加えると、ジョン・ル・カレやレン・デイトンになる。

     それにしてもアシェンデンに作者自身が投影されていたとしたら、モームというやつは本当に恐ろしい作家である。人間というものを解剖してしまう目があるのである。知己にはなりたいが友達にはしたくない人だ。作家というものはそういうものだけど。
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    ~ Comment ~

    NoTitle

    そういえば。
    私もホラーやサスペンス、ドキュメントが面白いと感じたのは今ぐらいからですね。
    それまでは「怖い」「分からない」という感情が先走って、面白いと感じたことがなかったんですよね。
    (*´ω`)

    Re: blackoutさん

    男と女のああいう関係はガキにはわかりませんよ(笑)

    自信もって自らの道を究めてください(^^)

    Re: 椿さん

    代表作「人間の絆」は正確には「人間のしがらみ」と訳すべきだそうで、それだけでもこの人が「ガキにはわからん」世界を描いていたことがわかるような気がします。未読だけど。

    NoTitle

    確かにガキの頃って、わかりやすい要素がないと面白いって感じないと思いますね

    だとしたら、自分の小説もご多分に漏れず、でしょうw

    今描いてる小説もですが、人が死にすぎですからね(汗)
    そして今回は、まだ一滴の血も出てないのに、結構な数が死んでるっていう(汗)

    そうですね

    自分も多分同性(オトコ)たちからは、敵には回したくない、ただ友達にもなりたくないって思われてますねw

    ただ、異性たちからは満更でもないって思われることが多いです

    NoTitle

    モームって、そういう経歴の人だったんですね。「月と六ペンス」くらいしか読んだことがありませんでした。
    あれも今読んだら面白いかしら……(学生の時に読んだせいか今一つ面白さが分からず;;)
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