鋼鉄少女伝説

    鋼鉄少女伝説 2 居城

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    stella white12

       2 居城


     結局、キリコの野郎とユメちゃんといっしょに、自分の家に向かうことになった。同行がユメちゃんだけだったら天国以外のなにものでもないのだが、一匹くっついた余計なものが鋼鉄の鎖で現実世界へ引き戻していた。

     ぼくが押している自転車の籠には、ビニール製の袋に入ったちょっとした大きさの箱が。ビニール袋には、有名パソコンショップの名前が書かれている。

    「なにかと思えば……パソコンゲームをやりたいってだけか」

     ぼやくと、キリコがこちらを見てにやりと笑った。

    「まあまあ、いいじゃない。ソフトが一本手に入ったんだから」

     笑顔ではあるが、瞳の様子は度の強そうな昔風の眼鏡の奥に隠れてよくわからなかった。心からの笑みなのか、それとも、腹の底になにかを隠した邪悪な笑みか。判断のしようがないから手に負えない。

     霧村早智子。通称キリコ。ぼくのクラスメートのいちおう女子生徒。古臭い名前だけれど、顔もまた垢抜けない。そのうえ乱れがちの髪は後ろで適当にまとめている。あえていうとすればポニーテールだが、ポニーテールだなんていったらポニーテールに失礼だ。そのくらい、適当さとぞんざいさが感じられるポニーテールなのだ。時代劇に出てくる食い詰め浪人が、ざんばら髪を乱暴に後ろで結わえた姿だって、もうちょっと色気というものがあるぞ。

     まったく冴えない女だ。例えるなら、太平洋戦争の映画で見た、色気がまったくかけらもない忠君愛国でヒステリックになった女学生といったところか。

     まあこいつもある意味不幸なやつで、本人はヒステリックだとか狂信だとかというものとはまるで無縁な性格をしているのに、この顔つきだけでそういう性格だと思われ、学校中の男子生徒から敬遠されている。キリコ自身がそんな評判を払おうとしていないのも一因だが。

     あんなことさえなければ違ったのだろうか?

     今からでは考えてもしかたのないことだ。

     ユメちゃんが話しかけてきた。

    「浦沢先輩、パソコンにお詳しいと聞きました。ご自分で、自作とかされたりするんでしょう? あたし、そういうの、まったく苦手で」

     パソコン? 自作? 得意中の得意だ。

    「ま、まあ、人に比べれば詳しいほうかな。でも、パソコンを自作する高校生なんか、今じゃちっとも珍しくはないしね」

    「でも、浦沢先輩が最初にパソコンを組み立てたのは小学生のときだったんですってね。会長からお聞きしました」

     驚いてキリコを見た。こんな形でユメちゃんに売り込んでくれたのか。なかなかいいところもあるじゃないか、こいつ。

    「パソコンくらいしか得意なものがなくてさ。でも、ハッキングなんてことはやらないよ。嫌いなんだ、そういうことって」

    「わかります、そのお気持ち。でも、プログラムを組むことができるというだけで、あたし、すごいなあと思います。あたしは、メーカー品でゲームやインターネットをやるだけでいっぱいいっぱいなのに」

     鼻高々になる。

    「最近の事情から考えて、パソコンはもっとユーザーフレンドリーになるべきだと思うね。昔のマウスとキーボードから、形だけは入力能力が飛躍的に高いデバイスへと変わったけど、それがもたらした電脳空間に対する世代格差のことを考えると」

     とうとうと持論を述べようとしたが、キリコの野郎に腰を折られた。

    「ついたみたいよ。ここが順昇の家じゃなかった?」

     目を上げると確かにそこはぼくの家だった。

    「ちょっと、自転車を入れてくるよ」

    「わかったわ。いい、ユメちゃん。ここが『狼の巣』よ」

     キリコのささやきは、あいにくとこちらの耳に届いていた。

    「人の家をナチスの秘密基地みたいにいうな!」

     ぼくも「ゴルゴ13」くらい読んでいるのだ。

     玄関の扉を開けて二人を家に上げたときの母さんの顔は、決して忘れることができないだろう。

    「あら! サッちゃん! 大きくなって。何年ぶりかしらねえ! それから、そこの……そこ……えっ!」

     母さんはぼくの顔を見た。ユメちゃんの顔も見た。そして再びぼくの顔を見た。

    「まあ、上がってお茶でも飲んでくださいな」と二人にいった母さんは、その後について二階に上がろうとしたぼくの手をむんずとひんづかむと、台所まで引っ張っていった。

    「ちょっと、順昇。どうしたの、あの子は!」

    「あの子って」

    「わかるでしょ。ショートカットの、目がぱっちりした子よ」

    「後輩の小金沢さんだよ。ぼくに用があるって」

    「ふううん。お父さんはなにしてるの?」

     日本経済新聞にも時おり顔を出すような、かなり名の通った企業の名を挙げる。

    「そこの取締役だったか、常務だったかなあ?」

    「ふううん」

     母さんは、当たるとは思っていなかったロトくじを見るような目でぼくを見た。

    「お前も隅におけないねえ」

    「そういう話になってくれるといいんだけど」

     背をばしんと引っぱたかれた。

    「なにいってんだい。自分が思っている方向に運命を引き寄せるのが、男ってもんじゃないか。最初から及び腰でどうすんのさ」

    「そりゃそうだけど」

    「いい、あの子は必ず自分のものにするんだよ。お母さんも、いや、一家挙げてお前を応援するからね。根性見せるんだよ」

     母さんはぼくを激励(?)すると、台所より力強く押し出した。

     思わずたたらを踏んだ。

     部屋に戻ってみると、二人はきちんと座ってぼくのパソコン『エウリュディケー』を興味深げに眺めていた。

    「あ、来た」

    「そりゃ来るよ、キリコ。ぼくの部屋だからね」

    「で、このパソコンが順昇の?」

    「そうだよ」

    「うわあ、かっこいいですねえ」

     ユメちゃんがいった。やっぱり素直で正直な娘だ。ぼくはまた鼻高々となった。

    「そうだろ? このケースは、ぼくが中学のころにもらった思い出のケースだ。こんな大型のものは、あのころのぼくにはとても手が出なかったから、もらったときには嬉しかったなあ。いまだにこいつは現役だよ。中身も、セミ量子CPUはスウェーデンの最新型で、メモリーは……」

     ぼくはユメちゃんにわかりやすく説明しようとしたが、隣でキリコがごほんとひとつ咳をした。

     ものの価値がわからない女め。

    「なんだよ」

    「そんなことを話したら、ユメちゃんがほんとうに目を回すわよ。部屋中の機械と雑誌とマニュアル類にただでさえくらくら来ているみたいなんだから」

    「え、そう、ユメちゃん?」

     ユメちゃんは軽く手を振った。

    「ああ、大丈夫です。もう、大丈夫」

    「それに順昇。あの店でも話したけど、あたしたちはここにあなたの講釈を聞きに来ただけじゃないのよ」

     キリコは例のビニール袋に入った箱を持ち上げた。

    「ああ。パソコンのソフトを走らせたいんだって?」

    「そう。うちや、ユメちゃんちのパソコンでは、走らせるだけで精一杯で、リアルなETにまで手が回らないのよ。でも順昇のパソコンなら」

    「だったらあんな陰謀を企まなくてもよかったんだ。ユメちゃんさえ来てくれるなら、ぼくはいつでも。で、なんてソフトなんだいこれ? RPG? シューティング? パズルじゃないだろ、処理速度からいって」

    「シミュレーションじゃないことはたしかよ」

     キリコはそういった。ぼくはちょっとほっとした。シミュレーションはいやだ。あんなゲーム二度とやるもんか。

     心が落ち着くと、つい饒舌になる。

    「まったく、お前がETのグラフィックにこだわるゲームをするなんて想像できなかったなあ。お前はいつも、ゲームはパソコンなんかでやるもんじゃない、紙のコマとサイコロで人間が顔を突き合わせてやるのがほんとうのゲームだって……」

     そういいながら箱を出しかけて、ふと、いやーな予感がした。泥沼に片足がずぼっといってしまったとでもいうようなおぞましい感覚。

     ぼくは取り出した箱を見た。予感は確信に変わりつつあった。

     そこにはこう書かれていたからだ。

    「エインシャント・アート・オブ・ウォー(古代戦争芸術)2038」

     ぼくは叫んだ。

    「断る!」

     ある種の殺意を含んだぼくの視線を、キリコは度の強い眼鏡でひょうひょうと受け流した。

     タイミングよく、いや悪く、母さんがボトル入りのコーラとコップを運んできた。ユメちゃんは目を見開いて、いわゆる「うるうる」していた。どう誤解したのかわからないが、母さんはぼくに厳しい視線を送ってきた。

    「どうしても、ソフトを走らせてくれないんですか……あたし、あたし……」

     この状況でユメちゃんにそんなことをいわれたら、読み込まないわけにはいかないではないか。

     シュリンクを破いて蓋を開け、中からHHQRAM(超々高密度量子RAM)のカードを取り出し、パソコンにセットする。

     ぼくがバイト代で大枚をはたいて買った、最新式の高速集中型リーダーは、猛烈なスピードでデータを読み込んでいった。

    「早いわね。うちでHQRAM版を使ったときには、こんなもんじゃない枚数のカードだった。パソコンに読み込むだけで半日かかったわ」

     コーラをすすって、キリコがつぶやいた。鞄から乾燥梅干しの入った小さいビニール製の袋を取り出すと、封を開ける。

    「頭にハイパーがつくかつかないかで、読み込み時間に八倍くらいの差がつくからな。それに、使っているセミ量子CPUの性能とメモリの能力でまた違いが出てくる。うちのパソコンがフル回転したら、まず五分もしないうちに転送終了のはずだ。ユメちゃんはどれくらいかかった?」

    「あたしのではだいたい三十分くらいでした」

    「ユメちゃんのは、メーカー品とはいえ最新型なんだろ? じゃ、ぼくのも十五分くらい見込んでおいたほうがいいか」

     で、と二人に向かって恐い顔をしてみせる。

    「転送が終わるまでの間、詳しく事情を説明してもらいたいんだけど」

     キリコは、乾燥梅干しをもぐもぐやりながら、のほほんとした表情で答えた。

    「事情もなにも、わたしたちはアクションゲームを楽しもうと」

     ぼくは箱を指さした。

    「あれのどこがアクションゲームだ!」

     ボックスアートには、いろいろな時代の武装に身を包んだ兵士たちが戦っている情景が描かれていた。裏の画面写真には、リアルな自然風景の中にいくつもの部隊が活動している様子が写されている。

     これがシミュレーションゲームでなかったらなんだ。

    「ええと、あれね。RTS」

    「RTS?」

     キリコはうなずいた。

    「そうよ。シミュレーション性よりも、むしろアクションのほうに重きを置いたゲーム。その元祖がこのゲームの遠い祖先にあたる『アート・オブ・ウォー』よ。そこではリアルタイムに近い速度で時間が流れ、プレイヤーはアクションゲームのように部隊を操作する。その過程において、ええとプレイヤーは」

    「リアルタイムストラテジーだな。やっぱり、シミュレーションゲームじゃないか」

    「欧米では別なジャンルだし、だいたいこのゲームはシミュレーションと呼ぶにはデフォルメがきつすぎて」

    「いいわけはけっこうだ!」

     ぼくは立ち上がると、自分の愛機の前まで行ってクッションに腰を下ろした。

    「とにかく君たちは、ぼくの『エウリュディケー』に」

     キリコの野郎、ぷっと吹き出しやがった。

    「順昇、あなた自分のパソコンに名前なんかつけてるの? それもエウリュディケー? すごい趣味してるわね」

     ユメちゃんは、顔をにらみ合わせるぼくとキリコとの間に、おろおろと視線をさまよわせていた。

    「とにかく」

     声に重みを持たせようと努力する。

    「ぼくのパソコンを戦争ゲームなんかに使うのは、絶対にごめんだね。いやだ」

    「ほんとうに、だめですか?」

     ユメちゃんが、すがりつくような目をして、震える声を出した。

     どぎまぎした。

    「えー、その、だめということにしておいてくれると、ぼくは嬉しいんだけどな」

    「ちょっと遊んでみるだけでも、だめですか?」

    「あー、その、えー」

    「おねがいします。あたし、あたし……」

     こうなることはわかっていたのだ。恨めし気にキリコを見ると、奴はうまそうにコーラを飲んでいた。



       予告


     なぜ人間同士が武器を向け合う。殺すため、と兵士は答える。

     なぜ人間同士が武器を向け合う。勝つため、と将軍は答える。

     血にまみれて殺し殺され合うのが兵士の苦役なら、

     その果てに勝利を得るは将軍の愉悦。

     いま、パソコンの前に兵士の苦役は昇華され消えた。

     血の流れぬ電脳の荒れ野に高校生は情報の兵を率いる。 

     次回、「戦場」。

     あるものはただ、愉悦のみ。 

     (ナレーション:銀河万丈)
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    Re: 椿さん

    これを書いたときはまだまだ能天気だったので、能天気な未来が語られています。

    読み返すととても恥ずかしいですので、あの音楽をバックにした銀河万丈先生声の次回予告ナレーションを考えてバランスを取っているのです(笑)

    それにしてもボトムズはやっぱり面白いなあ(笑)

    NoTitle

    この、予告と本編の落差が何とも言えずいいなあ(笑)
    高校生でパソコンを自作するとは彼もなかなかですね。
    次回あたりから本格的にゲームの内容に入るのでしょうか。
    次回も楽しみにしております。
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