東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

    海外ミステリ85位 針の眼 ケン・フォレット

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     再読。面白いっちゃ面白いんだけど……というのが正直な感想。冷酷非情で有能なドイツのスパイ、ノルマンディー上陸作戦、薄幸の若妻との愛憎、という「基本的なツボ」はきちんと全て押さえてある戦争冒険小説ではあるが、主人公のスパイ、「針」があまりにも冷酷非情すぎて、どうも好きになれない。

     一般に、スパイものというのは、読者が作中のスパイに感情移入して「どうか捕まりませんように」と応援してしまうように書くのが王道なのではないか。しかも、戦時冒険小説で、「誰でも知っている連合軍が成功した作戦」となれば、おのずからスパイの運命も読む前からわかるのである。そこに、人殺しを何とも思わず、任務のために邪魔な存在はちり一つ残さず片づけるような男を主人公にするというのは、そういう話が好きな人もいるとは思うが、わたしとしては気に入らない。

     「針」を追う側を中心にして話をこしらえることもできただろうと思うが、この小説の問題点のもうひとつが、この小説の中で最も魅力的な人物が「針」なのである。裏を返せば、「針」を追い詰めていくMI5の面々の人物像が弱すぎ、印象にまるで残らない。よって、読んでいてなにかボタンを掛け違えた感がつきまとうのだ。

     日本人の読者としては、「判官びいき」をしたいのだが構造的にそれができない小説、と評するのが一番正しいだろうな。

     ここに、日本でジャック・ヒギンズがウケた理由もあるのではあるまいか。「鷲は舞い降りた」にしろ、「脱出航路」にしろ、そこで描かれているドイツ兵たちはほとんど、ひとりの人間として立派な男だった。誤った大義のために戦っていたにしろ、熱い血の流れる本物の戦士たちだった。それが「読者にはすでに失敗に終わることがわかっている目的」のために最善を尽くして戦うから面白かったのだ。証拠を残さないためには女だろうと容赦なく殺す、フォレットの描く「針」には、そんな熱い血潮など一滴も流れていないのではないかと思える。

     ケン・フォレットという作家、この作品を楽しんで書いたのかな、と思わざるを得ないのは、同じくフォレットの、後に発表された「大聖堂」という中世を舞台にした長編歴史小説を読んだからだ。そこではたしかに、「おれはこれが書きたかったんだ」という喜びがはじけまくっていて、実に面白かった。善玉も悪役も、皆、生き生きとしている愉快なやつらだった。当然のごとく海外でも日本でもベストセラーになった。人間、書きたいものを自由に書かせてあげるのがいちばんじゃないですかね、編集者様……。
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    ~ Comment ~

    Re: blackoutさん

    いや、このケン・フォレットの場合は単純に「冒険・スパイ小説」が売れなくなってきたから、会社の方が、もう先生、好きなもの書いていいですよ、となって、フォレットが「好きなもの」である中世の歴史小説書いたら大ベストセラーになった、というところじゃないかな(笑)

    この「針の眼」からも、「自分が本当に書きたいのはゴシック建築についてのうんちく話なのに」という作者の本心が見えるところがちょこちょこあって、そこらへんも楽しい(笑)

    Re: 椿さん

    「大聖堂」の方が面白いです。作者のノリが全然違います。(^^)

    でもこっちの「針の眼」のほうもデビュー作で賞を取っているんだよなあ……。

    やはり「大聖堂」の方が面白い(笑)

    NoTitle

    あれですかね

    スポンサー(出版社)がつくと、一般大衆受けするものを、みたいなしがらみが増えるから、書きたいものを書くってのが難しくなるんじゃないですかねぇ

    作家の満足度とスポンサーの売り上げを天秤にかけたら、スポンサー側が勝つことが多いかと

    その結果、全員が65点をつけるものばかりが出回って、結果読者離れが起きてジリ貧になってるのが出版業界の現状なんでは?って思いますね

    エンタメ重視よりも芸術に主眼を置くって言うスタンスになれば変わってくでしょうけど、まぁ無理でしょう

    NoTitle

    「大聖堂」はそのうち読みたいと思っていたのですが、こちらは知らなかったです。
    ……「大聖堂」の方が面白そう? (笑)
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