東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

    海外ミステリ88位 ガラスの鍵 ダシール・ハメット

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     ミステリファンなら誰でも知っている、ハードボイルド小説の古典である。ひとつの町をめぐる暗黒街の熾烈な闘争を、智謀に長けたひとりの賭博師の行動を中心に、内面描写一切なしに「行動」だけで語った、ハードボイルドのひとつの極点ともいえる小説だ。

     だけど! だけどだよ、これ、虚心坦懐に読んだら、「BL小説」じゃないのか? プラトニックな片思いの。先ほども書いた通り、この小説ではハメットは内面描写をひとつもしていないため、「行動」と「会話」だけから判断するしかないから余計にそう思うのかもしれないが、主人公の賭博師ネド・ボーモンの、暗黒街の顔役ポール・マドヴィッグに対する異常なまでの献身ぶりは、もう、「信義」とか「友情」とか「仁義」とかのレベルを超えている。これはもう、「愛情」以外のなにかであったらウソだろ、というレベルなのだ。確かにネドも女を抱いたりはするが、裏切られても裏切られても、痛めつけられても痛めつけられても、必死になってポール・マドヴィッグの地位と名誉を守ろうとするこの執念は、もしこの「ガラスの鍵」という小説のイラストを、よくあるレディース漫画のインテリヤクザ美男子に置き換えたら、そのままで腐女子の皆様がたが「萌え死に」してしまう域に達しているのではあるまいかと思う。

     裏切られても裏切られても相手に尽くす、ということでは同じハメットの「マルタの鷹」の私立探偵サム・スペードがブリジット・オショーネシーに対する態度とそっくりで、よほどハメットはそういうシチュエーションが好きなのだろうなあ、とは思うが、こちらの「ガラスの鍵」においては、その献身ぶりが行き過ぎている。結末部でネド・ボーモンの見せるポール・マドヴィッグへの態度は、そのままでも寂寥感あふれるものだが、もしこれを、ネド・ボーモンの動機を「愛情」だと考えると、そこまでやるかネド・ボーモン! といいたくなる。だって、ポール・マドヴィッグが一方的に惚れているが結婚してもポールを不幸にしかしない女(なにしろ彼女はポールを心底嫌い抜いており、ゴミかなにかとしか思っていないのだ)と、手を取りともに街から去っていくのだ。これはもう、実はネドも同じ女を愛していました、ではなく、ポールを邪魔する不届きな「悪い虫」はこうして永久に除去しますよ、これが命を懸けた最後の愛情ですよ、としか思えない。恋愛小説でも、ここまで相手に「尽くす愛」を見せる人間なんてそうそういたもんじゃない。

     そういう意味で、どうしてこの「ガラスの鍵」という小説が腐女子のお姉さま方のあいだでベストセラーにならないのか不思議でならないのだが、そういう読み方をすべて取り払っても、この小説は面白い。コンチネンタル・オプ、サム・スペードといった連中と同様に、このネド・ボーモンも、頭脳明晰で果断な処置もいとわない恐るべき策士なのだ。謎解きミステリとは違ったタイプの知的な争いを本書で楽しんでいただきたい。
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    ~ Comment ~

    Re: blackoutさん

    まあわたしもあまり読んでいるわけではありませんからはっきりしたことは言えませんが。

    面白そうだからぐぐってみるかな(笑)

    NoTitle

    腐女子連中が手を出さないのは、きっとハードボイルドな要素に忌避反応を示すからだと思われます

    世間に出回ってるBL系は、その手の要素はほぼ皆無な気がしますし

    まぁ、目先重視なんでしょうな、きっとw

    Re: blackoutさん

    課長の例でいうならば、「課長のためになるのなら、自分の命はおろか、課長の家の平和を壊すこともやむを得ない」とまで考え、それを実行するような男なんです、このネド・ボーモンという男は。

    内面描写は一切ないため、行動から判断するよりないのですが、明らかに「行き過ぎて」いますこの主人公(^^;)

    片思いのBLものとして読んでも違和感がない、というこんな小説が、「ハードボイルドの古典」ですからねえ。腐女子なかたがたが手を出さない理由が、いまだによくわからんであります(笑) ハメットという名前ゆえだったら、さすがはハメットですな(笑)

    NoTitle

    BLで思い出しましたが、そういえば、まだ自分が20代前半の頃、ちょうどブラックで営業やってたとき、「この課長に言われるんだったら、自分の全てを捧げても数字挙げたるわ」って思ったことがありますw

    で、確かに数字は挙げられましたねw

    これ、やっぱBLなんですかね?w
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