「残念な男(二次創作シリーズ)」
    残念な男の事件簿(二次創作シリーズ)

    夕焼けの味

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     どうして、そんなことをしたのか、自分でもよくわからなかった。

     店員はにこやかな顔でわたしにいった。

    「袋はご入用ですか?」

     いるわけがないだろう。たかだか百五十八円プラス消費税で買える代物を、スーパーの名前がでかでかと書かれたポリ袋に入れる必要など、どこにもないはずだ。

     婉曲な言葉でそう告げたわたしに、店員はにこやかな笑みを崩すことなく答えた。

    「一番の支払機でお支払いください」

     セミセルフレジというのはこれだから虫が好かない。わたしは投入口に小銭を入れ、レシートがジコジコいいながら出てくるのを待った。

     キャンディーの袋を鞄に入れると、後ろから「ありがとうございました」の声が追い打ちをかけてきた。

     今日は三月十四日。菓子ひとつ買うにも中年男には受難の日だ。わたしは桶狭間を後にする敗走の今川勢のような気分で食料品売り場からよろよろと這い出た。



     事務所へ戻り、テーブルの上にスーパーでの戦利品を置いた。

     退屈そうにリルケを読んでいたロビンは、わたしに「おかえり」といってから、詩集を下ろして眉をひそめた。

    「なにこれ?」

    「見てわからないのか。べっこう飴の詰め合わせだ」

    「どうした風の吹き回しだっていってるんだけど」

     ロビンはちらりとカレンダーを見た。

    「もしかして」

    「食べたかっただけだ」

     わたしはコートを壁にかけた。

    「それならそれでいいけどさ、毎年のことだけど、ぼくは先月なにもあげなかったよね」

    「お前がなにかくれないと、わたしは甘いものを食べてはいけないのか」

    「ひとりじめするつもりなの?」

    「そのつもりならこんなところにわざわざ持ってくるわけがないだろう」

     わたしは急須に緑茶のティーバッグをぶち込むと、電気ポットからお湯を注いだ。

     テーブルへと歩いてきたロビンは、「べっこう飴ねえ」というと、勝手に袋を開けて中身を皿にあけた。

    「素朴でいいぞ。純粋に砂糖のうまみを味わうのならこれ以上の物はない」

     ロビンは袋をしげしげと眺めた。

    「百五十八円ってタグがついてるけど」

    「それがどうした。国民的グルメ漫画でも、究極のメニューに駅の立ち食いそば屋を入れている」

     盆の上の湯呑み二つにお茶を注いで、わたしは盆をテーブルに持っていった。

    「外回りで疲れた。お茶にしよう」

    「いただきます」

     ロビンは黄金色の飴を口に放り込んだ。

     わたしたちは黙々とお茶を飲み、時計がチクタクいう音を聞いていた。

    「……気づいてたの?」

     むせそうになった。

    「なにがだ?」

    「お祝いのつもりかって」

    「なにか祝うことでもあるのか?」

     わたしは困惑した。

     ロビンは寂しげに笑った。

    「気づくことでもないよね。たかだか一センチだもの」

    「一センチって……まさか、お前?」

    「背が伸びたんだよ。成長期ってやつかな。三十年ぶりの」

     それがどういうことを意味するか、わたしはよく知っていた。ロビンが成長できたということは、名家の娘にとっては花嫁修業の再開を意味する。なにしろ妊娠できる女性の同族は貴重なのだ。

    「おめでとう」

     ようやくそれだけをいった。

    「ねえ」

     ロビンがテーブルに身を乗り出した。

    「一分でいいから、花嫁修業に付き合って」

    「一分で何をやればいいんだ」

    「大人の体格の男性とうまくキスをするやりかた」

     わたしはロビンの視線を受け止めた。

    「いいだろう」

     わたしたちはテーブル越しに唇を重ねた。いくら精神年齢が四十歳だからとはいえ、肉体的には九歳の少女には大人のキスは早すぎたかもしれなかった。

     唇が離れた後で、わたしはいった。

    「どうだった?」

    「夕焼けの味がした」

     わたしは肩をすくめた。

    「それは唇の味じゃない。べっこう飴の味だ」

     扉がノックされた。

    「お嬢様、お迎えに上がりました」

    「いま行くよ」

     ロビンはわたしに背を向けると、扉の方へ一歩を踏み出した。

    「ロビン」

     わたしは自分でもわからぬなにかをいいかけたが、思い直して椅子に身体をあずけた。

    「がんばれよ」

     ロビンは振り返らなかった。扉を開け、わたしの知らない世界へと真っすぐに進んでいった。

     ひとりきりになった部屋で、わたしはぼんやりと立ち上がるとラジオをつけた。

     大塚博堂の歌がかかっていた。

     『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』

     誰だ、こんな辛気臭い歌を昼日中の番組にリクエストした奴は。

     わたしは夕焼けの味のべっこう飴を次から次へと口に入れながら、ラジオの曲に聞き入っていた。

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    ~ Comment ~

    Re: ミズマ。さん

    ご期待に沿えるかどうか(^^)

    最近なかなか書けませんでしたからねえ……。

    Re: 卯月 朔さん

    もちろんこのままですむわけがありません(笑)。

    この続きは4月1日に(^^)

    正座待機会場はこちらですね?

    いやぁ、待機のしがいがあるってもんです。
    残念さんとロビンちゃん、どうなっちゃうのかハラハラしながら前のめりで正座している所存です。

    NoTitle

    ちょっと動揺のあまりコメ欄にカーソルを合わせてからもしばらくのたうちまわっていたわけですが、ポールさん、ホワイトデーになんてものを…!!!(拝)

    はじめのほうでおっとなって、ニヤニヤしながら読み進めて、まさかの展開でロビンちゃんどうなっちゃうのー!? 残念さんはー!?
    ってハラハラしてるんですが待て次回、で、いいですか…? 正座して待ちます…。

    Re: ひゃくさん

    春ですな。

    ところでオフ会とかいかがです?(^^)

    Re: miss.keyさん

    はい。卯月朔さんの小説「闇の眷属」の二次創作でして、こいつらはふたりともバンパイアです。

    ロビンちゃんは、当年39歳ですが、9歳児相当の肉体しか持っていません。バンパイアの中でも貴族階級の家の生まれであり、強力なPKの能力者です。語り手である「わたし」の上司です。

    語り手の「わたし」、もっぱら「残念なショーン・コネリー」とか「残念なロジャー・ムーア」とかそれに類した名前で呼ばれている男もバンパイアで、足掛け三世紀生きています。生まれも定かではないうえにバンパイアとしての超能力も使えないため、眷族の手足としてつまらぬ仕事を請け負っています。表向きは零細貿易エージェンシーの社長兼職員ですが、事実上の経営をやっているのはロビンちゃんです。

    どたばたコンビですが、どうなることやら……。

    NoTitle

    いや、そりゃ、生きることに懸命で、少しぎすぎすしてたからでしょ(笑)

    お久しです。
    春ですな(爆)

    かまぼこ

     夕焼け=夕食(ただし冬)だったせいか、夕焼けの味と言うとかまぼこかはんぺんですかね。やきいももありかな。
     少女の正体ですが、育たないと言う事はバンパイアでしょうか。インタビューウィズバンパイアを思い出しましたです。

    Re: 山西 サキさん

    ロビンちゃんの素性については、このシリーズの中編「虐待」を読んでくれればわかるのですが、もうみんな忘れているだろうな(笑)。そもそもこの作品自体が卯月朔さんの小説に乗っかった二次創作ですし(^^;)

    http://crfragment.blog81.fc2.com/blog-category-52.html

    Re: きみやすさん

    ありがとうございます。この話は単独で書いたわけではなく続きがもちろんあるのですが、来月頭にでもUPしようと思っています。

    「ダスティン・ホフマンになれなかったよ」をネタにして童謡殺人ものショートショートを昔書いたけど、誰もこんな40年前の曲を覚えてはいなかった、という(笑)。そのときも動画UPしてりゃよかったな(^^;)

    NoTitle

    うはは・・・素敵です。
    少しすかしたハードボイルド系ロマンチックSF?
    彼女の素性が謎ですが、面白かったです。

    良かったです!!

    ご無沙汰しています。
    いいですねぇ。

    歌詞の“僕のまわりだけ時の流れが遅すぎる”が
    様々な意味が込められていて・・・
    (これ以上書くと野暮になりそうなのでこの辺で・・・)

    『ゲーマー!』も楽しみにしています。
    ウィトゲンシュタインが、どう話にかかわって来るのかもわくわくしながら読んでおります。 それでは!!
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