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    昔話シリーズ(掌編)

    鎧をまとった戦士の昔話

     ←大麦パンと詩人の昔話 →王様とスープの昔話
     気張りすぎなのよ、まったく。試合前だからっていってガチガチじゃない。そんなことでは、とても試合になんか勝てないわよ。平常心、平常心。
     なにか平常心が持てるようなことをしてくれ? そんなこといったって。
     いいわ。ずっと前に聞いた話をしてあげる。いい? 昔、昔……。

     昔、昔、ある国に、一人の戦士が住んでいました。戦士は、母親の身体から、胸当てをつけたまま生まれてきたのでした。王様も、司祭様も、皆が、神の奇跡だ、この子は戦うために生まれてきたのだ、と口々に噂しあいました。胸当ては、戦士の身体にぴったりと貼り付いており、脱がすことはできませんでした。それどころか、戦士の成長とともに、胸当ても大きくなり、より固く分厚くなるようでした。戦士も一心に武芸の稽古に励み、いつしかその腕は、王国どころか近隣諸国で随一とまで呼ばれるようになりました。
     さて、その国には、同じく一人の清らかなる乙女が暮らしていました。小さいころに両親をなくし、今は王様の庇護のもと、泉のそばに小さな小屋を与えられ、泉の手入れなどをして日々の糧を得ておりました。
     ある日、馬の遠乗りをしていた戦士は、泉のそばで馬を止めました。喉の渇きを覚えたからです。
     王様のもとで、武芸だけではなく、戦場での礼儀作法も叩き込まれていた戦士は、小屋の杭に馬をつなぐと、扉をそっと叩きました。
    「すまぬ。喉が渇いて難儀しておる。どうか水を一杯所望したいのだが、泉の水を汲むことをお許し願えるか?」
     扉が開きました。
    「お武家様。それはお困りでしょう。どうぞお飲みくださいませ。今、粗末ながら土器(かわらけ)をお持ちいたします」
     そういいながら、中から出てきた乙女を見て、戦士は、これまで想像もしたことのない気持ちに襲われました。
     黒く艶やかな髪が白い清楚な服にかかった姿は、まるで水鳥のそれのよう。そして端正なかんばせには、黒水晶を磨いて作ったかのような深い色をした瞳と、意志の強さを感じさせる紅い唇が。
    「こ、これは失礼いたした。不調法者ゆえ……」
     乙女は、くすりと笑いました。
    「お武家様が、武芸の鍛錬をなさるのに、武具を身に着けておられるのは当然のこと。なにも不調法ではございませんわ」
     冷たい水を一杯飲み、馬を飛ばして城へ戻った後でも、戦士の頭は、どこか熱を帯びていました。
     それからというもの、戦士はことあるごとに乙女のもとを訊ねました。王様や城のものが気づくまでに、時間はさほどかかりませんでした。
     王様は、戦士を呼びました。
    「そちは、なにかにつけて泉を訪れておるそうじゃな。なにがあった」
     戦士は、赤面して平伏しました。
    「王様、申し訳ございません。実は……」
     戦士は、正直に全部白状しました。王様は大笑いしました。
    「そんなことではないかと思うておった。ちょうどいい、あの娘にも誰かしっかりしたものをめあわせてやろうと思っておったところじゃ。王国一の勇者たるそちが夫になってくれるのであれば心強いことこのうえないというもの。どうじゃ。お主に異存はないか?」
     戦士は、さらに顔を赤くしながら頭を床に摩り付けました。
    「申し上げます。できれば、あのかたのご意志もお確かめいただければと存じます。もし、あのかたが臣を嫌っているのであれば、それを無理やり臣の妻とすることは、人としてできませぬ」
     王様はさらに笑いました。
    「よくぞ申した。しかし、それは余らのやることではなかろう。自分で行って聞いてくるのじゃな」
     戦士は、今日は武具ではなく花束を持って泉の小屋へと向かいました。
     いつものように出てきた乙女に、戦士は花束を差し出し、胸のうちを話しました。
    「……お武家様」
     乙女は、真剣なまなざしで尋ねました。
    「自分の胸当てを、どう思っておられますか?」
    「誇りに思っている。この鎧は、戦うために生まれてきたのだということを、毎日のように思い出させてくれるのだ。神の奇跡だと、皆がいっている……」
     乙女は、淋しそうに笑いました。
    「わたしの父をご存知ですか」
    「……いえ」
    「父は、あなたのように鎧こそ身につけて生まれては来なかったものの、心の底まで鎧に縛られたような人でした。戦いだけが楽しみで、あちらこちらの国に傭兵として赴いて、家へはたまに帰ってくるだけでした。やがて、父が帰ってこなくなる日がやって来ました。戦友と称する人が持ってきたのは、血に染まり、槍で貫かれた跡が残る、父の革の胸当てだけでした。ほかのものは、なにひとつありませんでした。胸当てが帰ってきただけよかったのかもしれません。金目のものは、全部処分されてしまったのでしょう」
     乙女は、花束に手をかけました。
    「お武家様、この花束はいただいておきます。しかし、祝言は……お武家様が、その鎧から自由になったときにいたしたいと思います」
    「鎧から、自由に?」
     戦士は愕然として叫びました。
     乙女は、痛ましい顔でうなずきました。
    「そのときまで、わたしは、どなたのもとにも嫁がずにお待ちしております。どうか、わたしのわがままをお聞きいただきたく……」
    「わかり申した」
     戦士は、立ち上がりました。
    「必ずや、自由になってみせ申す。必ずや、そなたを迎えに参る。そのときまで、御免」
     戦士は、肩を落として小屋を去りました。
     さて、戦士は、自分の身体に貼り付いている鎧をはがそうとしました。力任せにはがそうとしましたが、鎧はいっこうにはがれる様子はありません。短剣を持ってきて突き立てましたが、短剣のほうが曲がってしまいました。思い余って、自分の肉に突き立ててはがそうとしましたが、それは危ういところで見つかって、十人がかりで押し止められてしまいました。
     戦士は、悩みながら日々を送りました。どうしたら、自由になれるのか……。
     しかし、そんなことなどいっていられない時代が来ようとしていました。東の大国が、軍勢を率いてこの王国を含む国々を侵略しようとしてきたのです。諸国は、連合軍を組んで大国と戦うことにしました。国中の戦士という戦士、男という男が駆り集められ、戦場へと送られました。
     戦士も、その中にいました。近隣諸国一の勇者とみなされた戦士は、斬り込み隊長として、敵陣へまっすぐに突っ込んでいく役が与えられました。
     戦士は、恐懼してその名誉ある大任を受けました。
     敵軍を迎え撃つ作戦が将軍たちのもとで立てられ、二つの軍勢は戦場となる平原で向かい合いました……。

     激戦の末、大国は撤退しました。連合軍が勝ったのです。
     乙女は、戦いの終わった戦場を歩いていました。看護婦として、傷ついた男たちを看護するのです。
     乙女は、薬油と包帯を抱えて、ある天幕の中に入りました。
     そこに寝ていたのは、あの戦士でした。鎧は傷つき、ぼろぼろになっていましたが、戦士はいたって元気そうでした。
     乙女を見た戦士は、明るい声でいいました。
    「勝った……拙者らは、勝った」
    「ええ」
     乙女もうなずきました。
     朗らかな顔で、戦士は続けました。
    「戦いの中で、拙者は全てを忘れた。戦士としての義務も、国王陛下への忠誠も、敵への憎しみも、なにもかも。ただ、頭にあったのは、戦と死から守りたいという、そなたへの思いだけであった」
     乙女の目が潤みました。
    「戦いの間中、自分が鎧を着けているということすら忘れておった。胸当てはぼろぼろになったが、不思議なことに、槍も矢も、この身体を避けて行くようであった」
     戦士は、かぶりを振りました。
    「もはや、拙者には、この鎧を身に着けていようといまいと、どうでもかまわぬ。拙者は知ったのだ、そなたへの思いが、最大の鎧であり、盾であるということを。いや、鎧でも、盾でもない。もっとなにか、すばらしいものであるということを」
    「お武家様」
     乙女は涙を流しながら、戦士の胸に顔を埋めました。
    「あなたは自由です。あなたは、自由です。このときを、ずっとずっと、お待ちしておりました……」
     乙女は、戦士の身体に手を伸ばしました。乙女の手が触れると、これまで貼り付いて離れなかった胸当てが、するりと外れてしまいました。
     それからも戦士は、一線を退くまで、部下を無駄に殺さぬ名将として戦いました。
     戦士の身体から外された胸当ては、王国の宝物となったということです。

     ……お疲れ様。昨日の話で、元気出たでしょ? 身体にまとわりついた鎧は、あなたの実力であると同時に、あなたを縛る鎖みたいなものだったのよ。そういった鎖の全てを忘れたら、実力を充分に発揮できるわ。負けるはずがない。
     それで、試合はどうだったの?
     負けた? ああ、そう。たまには、そんなこともあるわよ。
     いいじゃない。乙女が、ひとりここで待ってたんだから。それで満足……できないか。ごめん。
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    ~ Comment ~

    Re: LandMさん

    いいですよ。

    こんなやつでよかったらどうぞお使いください。

    原作者名をスタッフの端の方にでも書き加えていただければ重畳であります。

    ゴウル・カタリオンと、うちのこの戦士はほとんど別物でありますし(^^)

    いいゲームができることを祈っております。

    そういえば、再びなのですが。
    この話のキャラとエピソードをお借りしてもよろしいでしょうか。
    今度はゲーム化念頭。
    声優つけてやるつもりにしております。
    カラーで。
    ・・・・発売するのは2年後ぐらいになりそうですが。
    今のうちに確認をと思いまして。
    大体、2年ぐらい前から企画しておかないと色々面倒なので。
    ご検討のほどをよろしくお願いします。

    Re: YUKAさん

    喜んでいただけて私もうれしいです(^^)

    やっぱり話はハッピーエンドに限りますね(^^)

    といいつつ今日もシニカルな話を書く(爆)

    こんばんは^^

    おお~~いい話しでした^^
    最後が幸せだと、私まで幸せ。
    今日はちょっと疲れていたので、余計ですね~

    ハピエは良薬です^^

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    このコメントは管理人のみ閲覧できます

    Re: LandMさん

    生まれたときから身体に鎧がついていた、というこの戦士のモデルになったのは、インドの英雄叙事詩である「マハーバーラタ」に出てくる、敵役のひとりであるカルナです。彼も身体に鎧を着て生まれてきた、生まれながらの戦士だったのですが……彼のことを思うとわたしは涙が禁じられません。インドの神様ひどいや。悲劇の人だと思いますカルナさん。

    それとは別にして、この話はうまくハッピーエンドにまとめられたので、書いていて実に気分がよかったのを覚えています。やっぱり精神衛生上いいなあハッピーエンドは。

    NoTitle

    呪われた鎧の話……なんてこともなかったですね。どうも、LandMです。RPGである、鎧が固定装備になっている人を思い浮かべてしまった。何故に外せない……ということをよく思ってしまいました。ずっとつけているものを外すのは大変ということですね。

    Re: のくにぴゆうさん

    こんな零細ブログの小説を読んでくださってありがとうございます。

    お褒めいただけると明日も小説を書こうというパワーが出てきます。

    「探偵エドさん」第1話で、猫が出てくるショートショートを書いていますので、猫好きでいらっしゃるのくにぴゆうさんもよろしければどうぞ(^^)

    NoTitle

    ああ、楽しかった。
    昔話の中には必ず教訓がある。
    だからといって押しつけもない、読み聞かされた昔話のように、
    心にすっと入ってくる。
    いい物語ですね。
    ポールさんはすごいなぁ。
    本当に勉強になります。
    また来ますv-398
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