「残念な男(二次創作シリーズ)」
    残念な男の事件簿(二次創作シリーズ)

    ウェディングドレスに救いあれ

     ←海外ミステリ78位 別れを告げに来た男 ブライアン・フリーマントル →自炊日記・その63(2017年3月)
     ロビンが去ったホワイトデーから半月もたっていないというのに、事務所はひどい有様となっていた。これまでも古くて薄汚かったが、今ではほとんどゴミ屋敷である。

     わたしはスーパーで特売セールのやつを買ってきた日本酒一升入りの紙パックを抱えてパソコンの前に座り込み、来るわけもないメールの返事を待っていた。

     わたしが送った無数のメールに対する最初で最後のまともな返事は、「拝復。お嬢様は新鮮な血液をたんとお召し上がりになり、心身ともに予想を上回るご健康ぶりを見せておられます。今年度中にも縁談がまとまることでしょう。お嬢様はあなた様からの毎日のメールにわずらわされるほどお暇ではございません。これ以降、このアドレスは閉鎖させていただきます。敬具」という、ロビンの執事からのものだった。

     住む世界が違うのだ。返事が来るわけがない。

     わたしは茶碗にその安い日本酒をどぼどぼと注ぎ、ぐいと空けた。同族の上流階級ほどの超能力など持ってはいないが、医者にいわせるとわたしの消化器官の頑丈さは同族で例えるならロビンのサイコキネシスと同程度のものだそうだ。「胃潰瘍になったことなんてないでしょう」と医者がぬかしたときは、その指をへし折ってやろうかとまじめに考えたものだ。

     わたしはモニタの隅のカレンダーを見た。もう、四月か……。

     ロビンと出会ってからちょうど二十年だ。思えば二十年もあの面を眺め、お互いに悪態をつきあってきたのだ。わたしたちの寿命から考えて、変わりばえのない日常があと二十年は続くのではないかと考えてきた、プラトニックな腐れ縁。

     あのとき、ロビンが少年のような服装をしていなかったら、わたしたちの関係は別なものになっていただろう。重度の映画マニアだったロビンだが、レンタルビデオ店ではわたしのカードで借りるしかなかった。二人連れで入ったレンタル店で、ロビンは「バットマン」のビデオカセットを手に取った。1966年版の、アダム・ウェストがブルース・ウェインを、バート・ウォードがロビンをやっているやつだった。わたしはビデオをレンタルし、帰りがけにコンビニでホットドッグとコーラを二本ずつ買った。

     事務所のおんぼろなテレビとビデオデッキで、わたしとロビンはそのチープにもほどがあるバットマンを見てげらげら笑い、ホットドッグをぱくついた。わたしは娘にロビンというあだ名を与え、ロビンは憤慨した。

     九歳児の肉体に押し込められた、十九歳の少女の精神構造を中年男が想像するのは難しい。どういうわけかロビンはわたしの事務所に居つくようになり、やがて正式にわたしの上司になった。

     わたしは茶碗に酌んだ酒をあおった。

     誰かからメールが来た。

     わたしは画面に目を近づけた。

    「ロビン……!」



     メールには「ウエディングドレスを見せたいから、大至急正装してこい」と書いてあった。わたしは外を見た。すでに夕闇が迫っていた。ということはタキシードでいいわけだ。

     しかしなぜ正装していかねばならないのか。考える余裕もなく、わたしは自分のアパートに取って返し、一張羅をまとって髪を整え、ひげをそった。

     アパートの階段を下りると、すでに黒塗りの車が待っていた。運転していたのはロビンを連れ出しに来たあの執事だった。

    「お乗りくださいませ」

     わたしは後部座席に乗り込んだ。リムジンのクッションは座り心地がよかった。

    「あの娘はどうしていますか」

    「お嬢様はあなた様の来るのを……」

     執事はかぶりを振った。

    「あとはお嬢様ご本人にお聞きください」

     車は高層ビルの地下駐車場へと入っていった。執事と一緒に車を降りたわたしは、目の前ですっと開いた、ボタンのないエレベーターに乗り込んだ。

     エレベーターは上昇を始めた。

     うんざりするほど長い時間エレベーターに乗っていた気がした。実際はかかったとしても数分だったろう。

     扉が開いた。

     白い壁が見えた。病院だろうか。

    「こちらでございます」

     わたしは案内されるままについていった。

    「遺伝子治療はまだ続けているんですか?」

    「お嬢様は立派にご成長なされました。これ以上の治療は必要ないでしょう」

    「と、いうことは?」

    「お嬢様はあなたを求められたのです」

     脳内の一瞬の空白。

     執事は扉をノックした。

    「お嬢様、お連れいたしました」

     自動扉がすいっと開いた。

     わたしは胸を躍らせ、部屋に足を踏み入れた。

    「ロビン……!」

     そこは病室だった。ベッドの上に、白いドレスをまとった女が寝ていた。

     女はこちらを向いた。

    「来てくれたんだね、やっぱり」

     その口調は確かにロビンだった。しかし、その声と表情は老婆のそれだった。背丈百三十センチメートルの老婆……。

    「どうしたんだ、ロビン。その姿は」

    「ぼく、うそをついちゃった」

    「どういうことだ」

     ロビンの口調で話す老婆はせき込んだ。

    「早老症の遺伝子を植え付けて、細胞の成長をうながすという方法自体が間違っていたんだ。間違っていないとしても、ぼくにはあまりに効きすぎたんだ。ぼくはあまりに早く成長しすぎてしまったんだ……」

    「ロビン……」

    「このドレス、すてきでしょ? 体つきがどんどん大人の女になってきた時に作られたんだ。完成した今日、ぼくはこのとおりだよ」

     ロビンの言葉に嘘はなかった。みるみるうちにロビンの顔は老けていく。

    「おねがい……血を吸って……ぼくが、ぼくである間に……いい逃れのできない罪を犯した女の血は、おいしいんでしょう……? ぼくは、噓をつくという、いい逃れできない罪を……」

    「馬鹿だな、ロビン。今日はうそをついてもいい日なんだ。四月一日なんだよ」

    「意地悪をいわないで……ぼくは……」

    「馬鹿だな、ロビン。きみはわたしの妻だ。二十年も連れ添ったんだ、誰が何といおうとわたしの妻だ」

     わたしはその枯れ木のように軽い身体を抱き上げると、のど元に口を持って行った。

    「遅かったが、結婚式だ。介添人なんていらない、神はこれからのわたしたちの契りを知っている」

     わたしはロビンののど元に牙をうずめた。

     灰は灰に。

     塵は塵に。

     結婚式には似つかわしくない言葉だが、わたしと交わるとはこういうことなのだ。



     どうやってあのビルを出たのかは覚えていない。一番最初に目に入ったスーパーで、業務用のウイスキーの大瓶を買ったことは覚えている。

     わたしは歩いた。あのバカでかい瓶に口をつけながら歩いた。

     自分でもよく覚えていない道を歩いている途中、わたしは倒れた。

     アスファルトの冷たさが、わたしの身体を程よく冷やし、わたしは眠りに落ちていった。

     土は土に。
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    ~ Comment ~

    Re: miss.keyさん

    いやこれについてはもともとの卯月朔さんの原作にしっかり設定として規定がありまして、いろいろと制約があったりするのです。

    二次創作ですから、元ネタのお約束を知らないと入り込めないところがあるのはしかたないわけで、まあ、「好きな人だけ楽しもう」という。

    とはいえ卯月さん本人が読みに来ていないので今回の試みの大胆さが空振りに終わるのではないかと、まあ、そんな心配もしているであります(^^;)

    吸血鬼?

    吸血鬼なら老化しないのは遺伝ではなく、種の特性の様な気がするのであります。でもって少女は何ゆえ上司になったのでせうか。元々オーナーだったとか?謎が謎呼ぶエイプリルフールのショートショートであります。

    明日に続く。
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