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    「ショートショート」
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    ドッペルゲンガー

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     最初に「それ」に気づいたのは、駅前広場の雑踏の中だった。
     ぼくはいつものように、電車を降りてからバスターミナルまでの道を全力疾走していた。次のバスに乗らないと、一時間目の講義に遅刻してしまうのだ。うちの大学は、講義が早朝になるにつれて出席を取る割合も増えていくような気がする。
     バスはまだ来ていなかった。客がバス停に行列を作って待っている。ぼくはほっとし、時間を確かめるため、駅ビルにある大時計を見ようと振り返った。
     そのとたん、「そいつ」と目が合った。
     ぼくだった。ぼくと瓜二つの男!
     そいつは、ぼくを見て立ち止まっていたが、すぐに顔を背けて、視界から離れて雑踏の中に紛れ込んでしまった。
     ぼくはしばし呆然としていた。
     エンジン音がした。
     バスがやってくるところだった。
     ぼくは再び停留所に走り出した。ぼくだって無事に大学を卒業したいのだ。

     学食。
    「お前、近いうち死ぬな」
     芥川龍之介そっくりの顔をしているので、「リューノスケ」なる仇名を頂戴している友人は、皮肉そうな口元を歪めた。
    「変なこというなよ。そりゃ人間だからいつかは死ぬけど、きょうあすのうちに死ぬ気はまったくないぜ」
    「わかってないなお前」
     リューノスケは嫌みったらしく人差し指を振った。
    「自分に瓜二つな人間、すなわちドッペルゲンガーを見たものは、すぐに死ぬと相場が決まっているんだよ」
    「妙な相場を立てるなよ」
     リューノスケはまじめな口調に変わった。
    「いや、これはマジな話だ。オカルトめいた話が大嫌いなお前は知らないだろうが、古来よりドッペルゲンガーが現れたものが死ぬという言い伝えは連綿と受け継がれている。例えば、日本でも有名なのは、おれの仇名の由来になった芥川龍之介。彼は、死んだ時に、複数の人間にドッペルゲンガーを目撃されている。お前もそれかもしれん。身の回りのことには注意しろよ。とはいえ……」
    「とはいえ?」
    「他人の空似じゃないのか」
    「だったらいいんだけどね」
     ぼくは溜め息をついて食堂の奥を見た。
     ぼくの背筋が凍りついた。
    「どうした?」
     よほどひどく顔色が変わったのか、リューノスケが心配そうに尋ねてきた。
    「……いた」
     ぼくは喉がからからになった。
    「ドッペルゲンガーが、大学にまでやってきた……」

    「探そう」
     リューノスケは立ち上がった。
     ぼくは首を振った。
    「もう人混みに紛れてしまったよ。今から追っても……」
    「だが、ここは大学だ。駅よりは探しやすいだろ。さあ、さっさと立って行くぞ」
     リューノスケはぼくを引っ張った。
     考えてみると、リューノスケの言も正しかった。やつはまだ遠くへは行っていないだろう。行動したほうが手っ取り早いときもある。
     ぼくたちはやつが通ったであろう方向へと小走りに走った。
     学食の外に出た。
     昼休みということもあり、暇そうな学生たちであちらもこちらもいっぱいだった。
    「どうだ、それらしいやつはいるか? おれも探すが」
     ぼくは、周囲を見回した。
     いた。
    「いた! あそこだ!」
     ぼくの指さした方向に目をやったリューノスケは、手を目の上にかざした。
    「どこだ? ……おれには、よくわからんが」
    「あそこだ! あそこに……ああっ!」
     ぼくは驚愕と恐怖の叫びを上げた。
    「どうした!」
    「あっちにも……あっちにも、ドッペルゲンガーが! いや、待て、ひとり、ふたり、三人……どんどん増えていく!」
    「おい、お前……」
     困惑するような声を出したリューノスケに、ぼくは向き直った。
    「信じてくれ! 信じ……うわあっ!」
     ぼくの目の前にいるリューノスケは、ぼくの顔をしていた!
     ぼくは、悲鳴を上げながらその場を逃げ出した。

     今や周囲はぼくのドッペルゲンガーだらけになっていた。ぼくは自分の顔から逃れようと、息を切らせて人混みをかき分けていた。
     人混みの中に、ぼくではない顔が、ひとつだけあった。カトリックの神父の服を着た、初老の男だった。
    「助けてください!」
     ぼくは神父にすがりついた。
    「どうかなさったか」
    「そこら中が、ぼくの顔だらけなんです。ぼくの偽物だらけなんです。どうか……どうか助けて!」
     神父はうなずいた。
    「わかった。君を助けてあげよう」
     神父は胸元に手をやると、服の中からぴかぴかの十字架を取り出し……。
     鋭利に研ぎ澄まされたその柄をぼくの心臓に突き立てた。
    「な……ぜ……」
     薄れ行く意識の中で、ぼくは神父の最後の言葉を聞いた。
    「お前にとって『他者』とは、わたしひとりだけだったのだ。お前を殺すことができるのは、わたしひとりだけだったのだ……」
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