映画の感想

    「駅 STATION」見る

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    ブログDEロードショー「感涙映画祭」4作目。かねてより80年代の日本映画の最高傑作とか聞いていたので見てみたが、「泣く」というよりは、「鬱フラグメイカー」ともいえる高倉健の存在に、ある種の「ギャグ」を感じてしまった。これと同様の経験が、無声映画の傑作「雄呂血」を見た時にもあり、行く先々の不幸のボタンをひとつひとつ丹念に押して歩いているとしか思えない主役は、どちらかといえば「ブラックユーモア」の世界である。

    この映画における倉本聰の脚本を「完璧」と評価する人も多いが、「抒情」にあまりにも傾きがちなあの世界は、合わない人間には絶対に合わないのではないだろうか。その世界では「不幸」は克服すべき何かではなく、世界を構成し、人間に生きるエネルギーを与える何かである。「警察の人殺しぃーッ」と叫ぶ老婆は、その瞬間、たまらなく幸福なのだ。なぜなら、老婆はその不幸の一瞬を生きるために作り出されたからだ。そんな顚倒した世界が、この映画からは感じられる。

    そうした顚倒は、別にこの映画だけの問題ではない。ドラマ作品が「映画」から「テレビ」に重心をシフトさせてから、顚倒は日本映画を作成する上での重要な「技法」となり、登場人物はことあるごとに「絶叫」するようになった。そうした世界において「絶叫」は祝祭であり、豊穣そのものであり、作品内において「収穫」されるものである。

    本作において絶叫するような場面はほとんどないではないか、というのは真実である。代わりにここでは過剰なまでの「沈黙」が「収穫する」行為となる。登場人物は端役を含め、その全員が「不幸」を呼吸し、「不幸」に陶酔している。それはあたかも麻薬か何かのようである。高倉健は、そうした「不幸」の中を、「不幸」を求めて歩き回り、「沈黙」をもってその不幸を収穫する。

    そうした視点から見る場合、本作のラストシーンにおいて列車にのる高倉健の隣に人物が存在しないのは示唆的である。それは高倉健の孤独を描いたものだと解釈されるべきだろうが、深層意識では高倉健の孤独は、その孤独を埋めるための新たな「不幸」を収穫するための前段階にすぎない。そしてこの映画における、隠蔽された最後の「不幸」の収穫先は、池袋でホステスをしている直子である。

    この作品は面白い映画である。しかし、これを見て「感動」ないし「泣く」というのはあまりにも「情感」に寄りかかりすぎてはいないか。この作品が描いているのは徹底して静かで絶対的な絶望であり、その絶望と不幸に陶酔し生かされているわれわれ「日本人」の姿である。

    そのような作劇法の典型というべき作品だった。面白かったが好きではない。
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    ~ Comment ~

    Re: 宵乃さん

    一晩おいて冷静に考えてみたらそれほど悪くはなかったな、と(^^;)

    ぼそぼそしゃべりは「リアリズム」なんでしょうねえ……。

    字幕とかあったらいいのにな(汗)

    健さんはどんな映画に出てもたいてい「不幸」とセットですよね(笑)

    この映画でも四人も人の命を奪ってますしなあ。

    おはようございます

    >「警察の人殺しぃーッ」と叫ぶ老婆は、その瞬間、たまらなく幸福なのだ。なぜなら、老婆はその不幸の一瞬を生きるために作り出されたからだ。

    この一文で見たことがある作品だと思い出しました。確かに、泣けると謳ってる邦画ってそういうとこありますよね。
    この作品はぼそぼそしゃべりが聞き取りづらくて内容が頭に入ってこなかった覚えがあります。
    でも「鬱フラグメイカー」という単語が妙にしっくりきました(笑)
    いちおう楽しめはしたようで良かったですね。
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