5 死霊術師の瞳(連載中)
死霊術師の瞳 5-2
さして驚くべきことでもなかった。わたしの事務所は……かつて事務所と呼んでいたビルの一室は、警察とマスコミとによって徹底的に荒らされ、めぼしいものはすべて証拠物件ないし「我が社が独自に手に入れた情報によると」に貢献するために持っていかれてしまっていた。そのころのわたしの気分は、ナイトメア・ハンターとしての能力と、これまでの人生で出会った中で最も愛しい女性を失ってしまったことにより、もうなにもかもどうでもよくなっていた。弁護士が持ち込んでくるありとあらゆる「決断を要すること」にイエスといい、手紙のすべてを読まずに破き、ただただすべてを呪い続けた。そこまでガードがゆるゆるだった以上、大野龍臣老人がつけてくれた弁護士がいかに優秀だったとしても、本の一冊に至るまで完璧に保持することは不可能だったに違いない。
余目はいらだたしげにポケットに手を伸ばした。ブレスケアの小瓶を取り出し、二、三粒を振り出すと口に入れた。
「あの本に手がかりがあると考えたのは、やはり……」
わたしはうなずいた。
「遥美奈がネズミになろうとしているらしいからだ。わたしの人生で、ネズミに絡んだ化け物に遭遇したのは、あのときが最後だからな。忘れたわけじゃないだろう?」
ブレスケアの刺激はお気に召さなかったのか、余目は顔をしかめた。
「忘れるものか。お前があんな厄介事を持ち込んだせいだぞ、おれが所帯持ちになったのは」
わたしは余目をまじまじと見た。
「島田さんとか」
「おれが相手を選ばず手当たり次第に姦淫するような人間に見えるか」
余目はサラリーマンのような貧相な顔をさらにしかめた。
「……見えない。知らせてくれてもよかったのに」
「出獄する前、下界のことは何も知りたくないから何もいわないでくれと弁護士を通じておれに手紙を送ってきたのはお前自身じゃないか」
ぐうの音も出なかった。
余目はさらにブレスケアを口に入れた。
「お前からの連絡を受けたとき、女房にあの本のことを聞いてみようかと思ったが、やめた。あいつのことは、この騒ぎに巻き込みたくないんだ」
「島田さんも深くかかわったからな、あの本には。わたしも巻き込みたくないのは同じだ。心労でわずらわせたくはない。あの本を持った人間が向かいそうな場所とかに心当たりはないのか?」
「あったら話してるさ。もっとも、半分生きているようなあの本だ、今ごろ箱根路あたりを西日本目指してうろうろ這いまわっていても、おれはちっとも驚かないね」
余目はいらだたしげにポケットに手を伸ばした。ブレスケアの小瓶を取り出し、二、三粒を振り出すと口に入れた。
「あの本に手がかりがあると考えたのは、やはり……」
わたしはうなずいた。
「遥美奈がネズミになろうとしているらしいからだ。わたしの人生で、ネズミに絡んだ化け物に遭遇したのは、あのときが最後だからな。忘れたわけじゃないだろう?」
ブレスケアの刺激はお気に召さなかったのか、余目は顔をしかめた。
「忘れるものか。お前があんな厄介事を持ち込んだせいだぞ、おれが所帯持ちになったのは」
わたしは余目をまじまじと見た。
「島田さんとか」
「おれが相手を選ばず手当たり次第に姦淫するような人間に見えるか」
余目はサラリーマンのような貧相な顔をさらにしかめた。
「……見えない。知らせてくれてもよかったのに」
「出獄する前、下界のことは何も知りたくないから何もいわないでくれと弁護士を通じておれに手紙を送ってきたのはお前自身じゃないか」
ぐうの音も出なかった。
余目はさらにブレスケアを口に入れた。
「お前からの連絡を受けたとき、女房にあの本のことを聞いてみようかと思ったが、やめた。あいつのことは、この騒ぎに巻き込みたくないんだ」
「島田さんも深くかかわったからな、あの本には。わたしも巻き込みたくないのは同じだ。心労でわずらわせたくはない。あの本を持った人間が向かいそうな場所とかに心当たりはないのか?」
「あったら話してるさ。もっとも、半分生きているようなあの本だ、今ごろ箱根路あたりを西日本目指してうろうろ這いまわっていても、おれはちっとも驚かないね」
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NoTitle
余目さんと島田さん結婚していた(笑)
桐野先生がいつも悲惨な分、こうやって幸せになっていた人が周りにいたと分かるとホッとします。
まあ、美奈さんは幸せになった後暗転してしまいましたが……
桐野先生がいつも悲惨な分、こうやって幸せになっていた人が周りにいたと分かるとホッとします。
まあ、美奈さんは幸せになった後暗転してしまいましたが……
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Re: 椿さん
この七年の間にどんな紆余曲折があったことか、それは神ならぬ作者の知るところではない(笑)