「残念な男(二次創作シリーズ)」
    残念な男の事件簿(二次創作シリーズ)

    仕事

     ←海外ミステリ83位 男の首 ジョルジュ・シムノン →海外ミステリ84位 アシェンデン サマセット・モーム
     仕事を終えて、ひと月ぶりにわたしは日本に帰ってきた。

     舞鶴の港で船を降り、酒屋で一番の安酒を一升買い、瓶を抱えて電車に乗った。仕事に使った道具は、ばらして機械部品と一緒に事務所に送った。

     わたしは流れる景色に目をやっていた。

     ロビンを失った寂寥感。それが消えるわけもないし、消えることはわたしの矜持が許さなかった。ロビンだけがわたしと特別な時間を過ごしたわけではないし、二百年以上も生きてきてわたしが女を知らないわけもない。

     それでも、唯一無二な存在として、ロビンはロビンとして胸の中にいた。それだけでわたしには充分だった。

     今にして思えば、わたしがロビンの最期を看取ることができたのは、単にわたしが死体処理者として必要だったからというだけかもしれない。そうでもなければ、同族でも末端の、生まれも定かでないような男などと。

     わたしはサングラスの位置を直した。

     列車を乗り継ぎ、目的地の駅で降りたときにはすでに日がとっぷりと暮れていた。

     わたしは記憶を頼りに、求める家を探した。家はすぐに見つかった。

     ボタンを押すと、不機嫌そうな声が聞こえてきた。

    「誰だ」

     わたしは名を名乗った。

     不承不承、という感じでわずかにドアが開いた。

    「なにしに来たんだ」

    「この間のお礼です。久しぶりに日本に帰ってきたもので」

     わたしが酒瓶を見せると、この前、カイ、と名乗ったその男はドアを開けた。

    「まあ入れや」

    「お邪魔します」

     わたしは、この間来たときは見逃していた、女ものの……それも少女の使うようなカバンに目を止めた。そういえば、靴にも少女のものと思えるものがひと組あった。

     わたしの視線に気づいたのか、カイは短くいった。

    「わけありで預かってるんだ。娘をな」

    「わけありですか」

     わたしは口をさしはさまないことにした。

     部屋に差し向かいで座り、わたしは一升瓶の包装を解いた。

    「よければ吞みませんか」

    「肴はなにもないぞ」

    「必要ですか?」

     カイはかぶりを振り、部屋を出た。

     五分待った。カイは茶碗を二個、それだけを持ってきた。

    「肴目当てなら……」

    「自分の身分は心得ています」

    「気に食わねえな、そのいいかたは」

     わたしは栓を抜いた。カイが突き出した茶碗に、わたしはなみなみと注いだ。

     カイは小さくうなると、わたしの手から一升瓶をひったくり、もうひとつの茶碗にこれまたなみなみと注いだ。

    「これで五分だぜ」

     わたしたちは互いに、ひと息で杯を干した。

    「京都の酒か?」

    「まあそんなところです」

     わたしたちは酒を注いだ。

     ひと月も日本を離れてなにをやっていたのか、とは、カイはひとこともわたしに聞かなかった。

     聞かれても困ることだった。アサド政権が空爆を続けるシリアに潜入して、重傷を負った同族の身体を国境を越えて運び出すという作戦を遂行するには、どうしても何人かの人間が死体にならなくてはいけないのだから。

     わたしの愛用しているヘッケラーアンドコッホVP70は、きちんと今回も9ミリパラベラム弾を景気よくばらまいてくれた。出来上がった死体には念を入れてきちんと脳みそまで吹っ飛ばしたことを知ると、わたしの上役は夜食にキャビアでも食べてから安心して眠るに違いない。

     くそ。

     日本酒は水のようにすいすいいけた。

     シリアで青い目の日本人の死体が発見されたほうが、気高い同族のひとりの死体が発見されるよりはるかにいいことだ、と、わたしの上役は考えたらしい。

     くそ。

     この数年の間、わたしに与えられる任務が手加減されていたことを、わたしはロビンの死とともに痛烈に思い知らされていた。パソコン叩いて経理をしているだけかのように見せながらあの女は、陰になり日向になってわたしのことを。

     くそ。

     しばらく、黙ってわたしたちは酒を飲んだ。

     わたしはカイの茶碗に酒を注いだ。しずくが一滴、茶碗にはねた。

     なくなったようだった。

     わたしは立ち上がると、サングラスの位置を直した。今日はサングラスの位置がずれる日だ。

    「それでは、お邪魔しました」

    「遅いぜ。泊っていくか?」

     わたしは首を振った。

    「この時間なら、まだ終電があります。おかまいなく」

     玄関で靴を履くわたしに、カイはいった。

    「あの娘だがな」

    「え?」

    「わけありの娘だ」

    「ええ」

    「交通事故で、親を亡くしているんだ」

     カイはそれだけをいうと、頭をかいて後ろを向いた。

     わたしに、「つらいのはお前だけじゃない」といいたかったのだろう。

     そうだ。つらいのはわたしだけではない。

     交通事故なら、わたしも何度も起こしている。

     サイコキネシスだけで交通事故を偽装するのは、結構難しい。単に車にサイコキネシスをぶつけただけでは、道路にありえないようなタイヤの痕跡が残ってしまい、警察が大騒ぎすることになりかねない。

     それを防ぐには、わたしのような下級の工作員が、あらかじめ車のブレーキやステアリングを壊しておいて、サイコキネシスをちょっと当てるだけで簡単に交通事故が作り出せ、現場検証でもできる限り自然なタイヤ痕が残るようにするのが、いちばん頭のいい方法なのだ。

     わたしにはこれまでの生活で、そういう工作をしてきた覚えがどっさりあった。

     顔も知らないその娘が、わたしに白鞘の短刀を向けて「父母の仇」などと叫んでも、不自然なことはどこにもないのだ。

     わたしはカイの家を辞した。

     わたしはなんとなく、またうまい酒が手に入ったら、この家を訪れるような予感がしていた。

     あくまでも予感に過ぎないし、わたしの予感はよく外れるのだ。
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    ~ Comment ~

    Re: ミズマ。さん

    お返事大幅に遅れて申し訳ありません(汗)

    この男にかかわるとろくなことがないですから、もしかしたらフラグが経立ったのはカイさんのほうかも(おい待て)

    思えばカイさんには冷蔵庫から豆腐を出すことくらいはやらせてもよかったかもしれませんが、ユリちゃんの食事に気を配らなくてはならないカイさんがスーパーのやっすい豆腐を買うわけもないからなあ、と(笑)。

    カイさんとは当分この距離を保つとは思いますが、あまりに動きがないようだとカタストロフもあるかもしれません(ってカタストロフ前提(笑))

    ちなみに、この男の能力だと正面から戦うとカイさんにかないっこありませんが、誰かに正面を引き受けてもらって、裏へ回って弱点を突かせると、これほど恐ろしいやつもいない、というタイプなので、カイさんも気をつけたほうがいいかも。目つぶしに消火器とか平気で使うタイプですよ(笑)

    NoTitle

    あれ、これってフラグ……?←

    わーい、カイさんだ、かっこいいカイさんだ、わーい\(^o^)/って、素直に喜んでいいのかどうか微妙な感じです。結局残念さんには懊悩が待ってるんかーい、という、ね。

    茶碗を持ってくる間の五分間に妄想がふくらみます。
    やっぱり肴作ろうか、どのカップ出そうかとかそわそわしてそうなんですけど、このカイさんかっこいいからなぁ! 得体のしれない男をのこのこ家にあげてる自分に対して自嘲気味に笑うんですねわかります。当然この家には冷酒用の盃もありますけど、あえての茶碗チョイスですね、わかってますとも!

    残念さん、所属はどこになるんでしょうね?
    天羅だったらキリヤマさん所属ではないでしょうし、地祇だったら本家の末端の末端でしょうね、と思います。カイさん・ユリちゃんに無条件で味方の陣営ではなさそうです。その辺がどうなっていくのか、楽しみのような、恐ろしいような。

    ハードボイルドカイさんかっこいいです。でも元々ラブコメ出身なので()そのメッキがどこまで持つもかなぁ、とか思います。その辺りは残念さんに頑張っていただくということでひとつよろしくお願い致します。

    しっかし、このままいくとカイさんが残念さんの息の根止める役になりそうで怖いなぁ! 心配だなぁ! 大丈夫だといいなぁ! あははは……。

    Re: 卯月 朔さん

    フラグって何のフラグですか(笑) カイさんにはユリちゃんがいるではありませんか。そういう意味ではない。ああそう(笑)

    いまだにこの残念男を天羅にするか地祇にするか決まりません。天羅の別派閥で顔を知らないのだったら、天羅の上層部から「あのお方とはつきあうな」みたいな命令が来て懊悩する残念男のドラマが書けますし、地祇で顔を知らないのだったら、地祇の上層部から「あの男を暗殺しアムリタを奪え」みたいな命令が来て懊悩する残念男のドラマが(笑) まあどっちにしても懊悩するのですが(笑)。読みたいほうをおっしゃってくださればそっちの筋で書きます(笑)

    黙々と飲んで静かに別れるのは、「長いお別れ」のテリー・レノックスとフィリップ・マーロウから続く伝統であります(笑) いちおうこいつもハードボイルドヒーローの血を受け継いでますので。

    NoTitle

    こ、これはもしや…フラグ…!?
    と思いながらドキドキして読んでしまいましたが。

    ロビンちゃんがどういう存在だったか、失ってわかる部分があるっていうのは王道ゆえにとても良いですよね…
    そしてけっこう3Kな仕事をさせられてる残念さん、さすが末端工作員。
    それをなんやかんやこなせる優秀さなのに残念さんゆえに残念というイメージがぬぐえないのがさすが残念!

    愚痴を言ったり相談したりすることもなく、男二人で黙々と呑んでるっていうの、すごくかっこいいです。
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