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    「ショートショート」
    ミステリ

    死の高座

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    「死んだのは?」
     稲井警部の質問に、爪原というやりきれない名前の刑事は、手帳を開いて答えた。
    「遊鶴亭梅春、落語家です。本名は……」
    「それについては後で報告書を読む。どうせつまらん名前だろう」
     その通りだったので、爪原刑事は口に出すのを控えた。
    「死んだ場所が、この?」
    「高座です。青酸化合物の錠剤を飲んだようです。死体は今、司法解剖にまわっています」
     稲井警部は、顎の無精ひげを撫でた。
    「青酸化合物? なんで落語家なんかが持っているんだ」
    「シャレ、ってやつらしいですね。なんでも弟子の遊鶴亭印歩という前座が、気を引き締めるためとか称してひと粒持っていたとか。青酸が揮発しきって炭酸塩になっていたらよかったのですが、あいにくとそうではなかったようで」
     稲井警部は顔をしかめた。
    「落語家ってのはそんな名前ばかりなのか。死亡の状況を説明してくれ」
    「証言によりますと……」

    証言1・弟子の遊鶴亭鯨舎の証言
    「高座で、師匠が、噺を終えたときでした。演目? 『死に神』っていうやつで、師匠のオハコです。ええ、三十分間、舞台の上、客の前で、たった一人でしゃべりっぱなしですよ。落語ですからね。オチの『あっ、消えた』というセリフをいった瞬間、ぐらっと身体が傾いたと思ったら、倒れていました。真っ先に印歩のやつが飛び出していって、『しっ……死んでるうッ!』って」

    証言2・弟子の遊鶴亭印歩の証言
    「びっくりしたなんてもんじゃありません。師匠が、真っ青な顔をして、ぴくりとも動かなくなったんですから。あたしが飛び出した理由ですか? 師匠が、近々、二つ目に上げてくれるみたいなことをいっていたので、二つ目になれなきゃたいへんだ、と思って。しかし、死相って、あるもんですな。高座に上がる前から、師匠はほんとに死人みたいに見えましたからな。目をぎゅっとつぶったあの顔を思いだすと、あたしは……え? あの青酸の錠剤? すいません。昨日、なくしました。え? 師匠が亡くなったのはあの錠剤のせいらしい? そ、そんな……」

    証言3・弟子の遊鶴亭清平の証言
    「あたしは、袖口で腰を抜かしていました。師匠のそばでは印歩も腰を抜かしてましたね。剛毅だったのは鯨舎兄さんです。生き返るんじゃないかと、師匠の顔を手ぬぐいでマッサージしていましたが、やがて、師匠の目を開かせると、ライターの火をつけて……いや、師匠に火をつけたんじゃなくて、ほら、よく医者がやるでしょう? 瞳孔の反応を見るってやつ。首を一振りして、師匠の目と口をふさぎました。『だめだ……死んでる』ってね。師匠は、覚悟の自殺というやつですか? 自殺するような人ではなかったんですが。シャレばっかりやっていて」

    「『シャレ』ってなんだ? ダジャレか?」
    「違います、警部。手ひどいイタズラのことです。落語家の立川談志には、人を線路のホームで突き飛ばしておいて、『シャレだ、シャレ』で済ませたという、信じられない逸話があります」
     稲井警部は、眉根を寄せた。
    「落語家ってそんなやつばかりなのか。まあいい。あの梅春というやつを恨んでいたのは」
     爪原刑事は手帳を開いた。
    「被害者は、典型的な、芸は好かれても人間的には好かれないというパターンだったようです。弟子たちを、二つ目にするだの、真打にするだのといっては、それをなかったことにするのが趣味みたいな人だった、と、この場にいた全員が口をそろえてました」
    「動機は、全員にある可能性が高い、ということか。裏でなにがあったかはこれから調べるべきだが」
    「動機? 自殺事件じゃないんですか、警部?」
     稲井警部は肩を落とした。
    「お前、何年刑事をやってるんだ。誰が殺したかは明々白々じゃないか」

    ……………………

    「いいか、被害者は、自分で薬を飲み込んだのではない」
    「なぜです?」
    「考えてみろ。被害者が薬を飲み込むためには、自分で口元に手を持っていく必要がある。弟子の証言によれば、そのような動きをした事実はない」
    「あらかじめ、口に含んでいたのでは」
    「バカ。そうしたら、落語を三十分もよどみなくしゃべれるか」
    「と、いうことは?」
    「倒れたのは、芝居だ。お前がいった、『シャレ』だよ。そのための薄化粧もしていたんだろう。印歩が見た、『死相』というやつは、それだな」
    「てことは、誰かとグルで、その誰かが犯人だと?」
    「そう。手ぬぐいを使って、被害者の顔から化粧を拭い落としたやつ、青酸の錠剤を飲ませて口を閉じさせ、暴れないよう目と口をふさぎ、身体を押さえつけたやつ」
     稲井警部は、はっきりといった。
    「犯人は、遊鶴亭鯨舎だ」
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    ~ Comment ~

    Re: のくにぴゆうさん

    恐縮です。

    ミステリは好きですが、ロジックを組み立てたりトリックを組み立てたりするのはものすごく苦手なものでして。

    三遊亭遊馬師匠っていうと……(ググる)……ああ、このかたですね。BS笑点に出てませんでしたっけ?
    こんな話を書いておきながら落語についてはコミケで同人誌を買うくらいの知識しかなかったりします(^^;)

    死んだ梅春師匠のモデルは、もっと若いころの立川談志師匠のつもりなのですが。立川志加吾氏の「風とマンダラ」というマンガが大好きなもので……(^^)

    三人の弟子は立川流の弟子のかたがたのモンタージュみたいなものです。あまりうまく個性がでなかった(汗) ショートショートで個性というのもなんですけれど(爆)

    NoTitle

    面白かった。
    犯人を声がでかい三遊亭遊馬にして読みました。
    あのでかい声でごしごしと顔を擦ったり、「大丈夫かぁ」とか。
    はまった!
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