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    「ショートショート」
    ファンタジー

    虚栄のルビー

     ←逃げ道なし →心理的影響
    「紅の女王とはあなたですか」
     代官はいかにも頭の固そうな口調で訊ねた。一国の王に、非礼も極まりない不遜な態度であったが、ここは帝国の国境にある関所であり、そこの代官は、地方の小国の王族くらいなど屁とも思っていないのだった。
    「いかにも、妾がそうです。どうかなさったのですか」
     穏やかな美しい声で貴婦人が答えた。王族らしからぬ略装のうえ、お供はわずか数名の騎士のみだったが、その紅の瞳を見れば、この婦人が世にも名高い、『紅ノ谷』の女王であることは誰にでもわかった。
     その近くで列を待っていた、どう見ても学がなさそうな、おんぼろの格好をした職人が、すっとんきょうな声で叫んだ。
    「……え? ええ? えええ? 陛下が、あの、まれに見る知恵者といわれている『紅の女王』様ですか?」
    「こら、無礼であるぞ」
     おつきの騎士のひとりが職人をとがめたが、職人は口をあんぐりと開き、懐から菓子を取り出した。卵黄を塗って焼かれたパイ生地もつやつやとした焼き菓子だった。
    「どうか女王様、召し上がってくだせえ。あっしが心を込めて焼いたもんです」
     騎士は口を不満げに結んで主君を見た。紅の女王はうなずき、騎士に菓子を受け取るよう命じた。受け取った騎士は、女王に菓子を捧げるように差し出した。
     女王は、長手袋をした手でそれを受け取った。
    「いいのですか、陛下? これはもしや……毒が」
     女王の一行と行動をともにし、ときにはガイド役まで買っていた、帝国の徴税官が小太りの身体をゆすって忠告した。
    「かまいません」
     紅の女王は答えた。
    「民が王族に差し出したものを、さしたる理由もなく投げ捨てては、その善良な心根に対しあまりに非礼というものです。それに、悪心を抱くものについては、妾のほうでなんとかすればいいだけの話。そうではないでしょうか?」
    「陛下がそうお考えなら……」
     徴税官は押し黙った。
    「お話はそれくらいでいいですかな」
     代官はいらいらしていた。今日はやっかいな事態が起こっていたのだ。
    「さて、われわれにとってはたいへん困ったことですが、この辺りに泥棒が潜んでいるという情報がありましてな。それゆえ、荷物改めを厳しくさせていただきたいと……」
    「無礼な!」
     おつきの騎士の一人が、顔を真っ赤にして剣を抜こうとした。
    「陛下を前に、なんたる暴言!」
    「やめなさい。代官殿も、代官殿で、皇帝陛下より授かった職務というものがあるのですよ」
     紅の女王は、騎士を制した。
    「ところで代官殿、ただの盗人では、ここまで厳しい詮議はしないもの。いったいなにが盗まれたのか、お話ししてはいただけないでしょうか?」
    「おお、陛下は、知恵者でございましたな。お教えいたしましょう。盗まれたものは、皇家に伝わるルビー、『炎の眼』です!」
    「なんと!」
     叫んだのは徴税官だった。
    「陛下、これまでも何度かお話ししておりましたな、皇帝陛下の宝物庫にはいくつもの宝がありますが、その中でもっとも美しいもののひとつがこれだと」
    「ええ、そなたの詳しい説明により、どんなものかが手に取るようにわかりました。うずらの卵ほどもある大きさの、真円をした深紅の宝石で、その価値は計り知れないと」
    「わしが見た唯一の皇族の秘宝ですからな」
     徴税官は鼻高々で答えた。
     代官は面白くなさそうに説明を続けた。
    「賊は、宝物庫の見張りを買収し、ルビーを持ち出したらしいのです。一味の大半は捕まって牢獄入りしましたが、首魁は未だに逃げ延びており、帝国領外へ出て、換金するつもりに違いありません。その前に捕らえねばならないことはもちろんです。そして、確かな情報により、賊の首魁はルビーを持って、今日、ここか近くの関所を渡るらしい、ということがわかったのです」
     代官は、どことなく馬鹿にしたような目つきで紅の女王を見た。
    「もちろん、陛下を疑っているわけではありませんが、なにしろことは重大ですので。どうか、陛下の荷物を改めさせてはいただけませんか? なに、形だけですから……」
     騎士たちはみな、怒り心頭に発していた。代官はにやりとすると、騎士たちの逆鱗に触れる発言まで行なった。
    「お仲間の軍勢は、この関所の先に陣取っていますな。早くそこにたどりつけたらいいですな。ただし、ルビーを取りに来たとしても、帝国の軍勢の前にはあまりにもちっぽけな小勢にすぎませんが」
     歯噛みする騎士たちに、代官はとどめのひとことを見舞った。
    「それとも、なんですか、賢いこと世人に並ぶものなしと呼ばれている女王陛下には、いったい誰が泥棒で、ルビーがどこにあるかがすでにわかっているのではありませんかな? それならば、ぜひともご意見をうかがいたいですな」
     紅の女王は顔を上げた。
    「完全ではありませんが、ちょっとした考えならあります」
     代官は、意表を突かれたという顔をした。
    「ほほう? 陛下、どのような?」
     紅の女王は、目をつぶって、言葉をひとつひとつ吟味するように語り始めた。
    「妾は考えたのです。この関所で、役人が調べないものはなにかあるか、と。いくつかありました。妾の身の回りの品のうち、どう見てもつまらないもの。代官殿がいったように、形だけの調べでしかないのでしたら、目を免れることは充分に考えられます。中でも、妾に差し出された菓子など、その最大のものではないでしょうか? さらに、妾が毒殺を恐れていると思っているなら、妾はこの関所の外で、口もつけずに捨てると考えたのでは? 後は、それを拾いさえすれば……」
    「……!」
     周囲はぎょっとした表情で旅の菓子職人に目をやった。
    「貴様は……!」
     菓子職人は、胸元に隠し持っていた短刀を抜いた。
     騎士が紅の女王をかばうようにして前に出た。
    「陛下!」
     菓子職人は短刀を逆手に持つと、自分の胸に突き立てた。菓子職人は倒れ、血が地面を染めた。紅の女王以外はみな、この光景を呆然として見守っていた。
     最初に立ち直ったのは徴税官だった。
    「……。これは、陛下! さすがのお知恵ぶりでございます。早く、我らの前に、ルビーをお見せください!」
     紅の女王は凍りつきそうな目で徴税官を見た。
    「徴税官どの」
     紅の女王は、徴税官を差し招いた。
     徴税官の顔に不審そうな表情が浮かんだ。
    「どうなされました陛下……」
     紅の女王は、徴税官に素早く焼き菓子を渡した。
    「割ってみなさい」
     紅の女王は命じた。
    「これは異なことを。菓子の中にルビーがあると見破ったのは陛下でございましょう。ならば陛下が……」
    「妾はルビーなどとはひとこともいっておりません。妾は、そなたに、割れと命じているのです」
     帝国の徴税官は、手元の焼き菓子と、女王の顔とを見比べ、女王が本気であることを見て取ると額に汗を浮かべてがたがたと震え出した。その顔は蒼白だった。
    「陛下……」
    「割れぬのですね」
     徴税官はいきなり地面にがばっとひれ伏した。
    「お許しを! 陛下、お許しを!」
    「……代官殿。このものを捕えなさい。あの菓子は、調べるなら棒かなにかを使うのですよ。たぶん、なにか良からぬ仕掛けがしてあるはずです」
    「ごめん」
     おつきの騎士が、剣を抜いて慎重に焼き菓子を分解し始めた。中から出てきたのは、ルビーではなく、コルクの玉に無数の針を植えたものだった。
    「……陛下、これは?」
    「おそらくは毒針でしょう」
    「ど……どういうことなのですか、陛下!ルビーは? この針は?」
     事態のなりゆきに呆然としていた代官に、紅の女王は説明を始めた。
    「ルビーの行方についてはわかりませんが、もうひとつの計画はわかっています。ここで、恐ろしい暗殺が行なわれようとしていたのです」
     代官は驚愕した。
    「陛下が狙われていたというのですか?」
     紅の女王はうなずいた。
    「その通りです。この者たちは、ルビーが盗まれ、持ち出されようとしている、ということを不自然なまでに妾に印象づけようとしました。そして、この国境で、わざと妾にルビーが入っていてもおかしくないような焼き菓子を渡したのです。このものたちは考えたのでしょう。知恵を鼻に掛けているような女王であれば、偽の真相、すなわちルビーが焼き菓子の中に入っているという推理に飛びつくに違いない、と。そして虚栄心が、群集の面前で妾に菓子を自分の手で割らせるに違いない、と。そして菓子を割れば……どうなるかは見た通りです」
    「しかし、陛下、菓子の中身まではわからなかったでしょうに。陛下は透視もできるのですか」
     紅の女王は優しく首を振った。
    「妾の国を馬鹿にするものではありません。宝物庫には、ルビーくらいあります。妾は幼きときよりそれで遊んできたのですよ。うずら大とは行きませんがね。でも、うずら大の大きさのルビーがどれくらいの重さになるのかは、推測することができました。それに、重心の問題もあります。妾が持ったとき、中央部のほうが軽い感じを覚えました。ルビーを隠したなら、かえって中央部が重くなるはずです」
    「しかし、ルビーが……」
    「妾を殺すための芝居だとしたら、たぶんこの者たちの手のものが隠したのでしょう。ということは、まだ国内にあるはずです。菓子職人は自ら命を絶ちましたが、こちらの徴税官にはそこまでの度量はありますまい。尋問すれば口を割るでしょう。妾の仕事はこれまでです」
     紅の女王は微笑んだ。
    「思えば、妾はこの者たちに感謝せねばならぬかも知れません。妾は試され、そして勝ったのです。妾は、妾の虚栄心に勝ったのです! これ以上の勝利が、人間にあるでしょうか!」
     代官は頭を深々と下げた。
    「参りました。陛下はさすがに知恵者であらせられます。それでいて知恵を誇られない態度、まことに王者の鑑でありましょう。どうか、これまでのご無礼をお許しください」

    ※ ※ ※ ※ ※

     味方の軍勢に守られ、やっと一息ついた中で、紅の女王は腹心の騎士を呼んであれこれ命じていた。
    「……わかっているでしょうね。いつも通りに吟遊詩人にこの話を伝えなさい。そうすれば、面白おかしい話として国中に伝わるでしょう」
     騎士は、難しい顔をしていた。
    「陛下、陛下は確かに知恵にあふれたおかたですが、その虚栄心だけはなんとかなりませぬか。今日は暗殺をなんとか免れましたが、今に虚栄心が陛下を滅ぼしますぞ」
     紅の女王は、いらだたしげに指を振った。
    「わが国は小国です。侵略を免れているのは、ひとえに代々の王が賢明だという風説によるものです。宣伝できる機会があれば、しすぎるくらいにしておかなければ、国の明日さえわからないのです。いいですか、面白く歌わせるのですよ。ついでに、妾も美人と強調すればなおいいです。頼みましたよ、わかりましたね……」
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    >森野海月さん

    玉石混淆もいいところですがどうか読んでいってください。
    というか「玉」も混じっていると信じないと精神衛生上やってられん、という側面も(笑)。

    「吸血鬼ノスフェ○トゥ」(FC2の禁止ワードのバカー!!)は、ショックを多用する今のホラー映画の視点で見るとちょっとガッカリ、かもしれませんが、映像美と「不気味な空気」の描きかたではいまだに古びていないと思います。CSの「洋画シネフィル・イマジカ」なんかではよく放映されているんですけどねえ。わたしは月曜日の放映を録画するつもりです。今から楽しみ♪

    >なかむらさん

    「ナイトメアハンター桐野」を小出しにして連載しているときにいくつかストックは作ってありますが、1週間も休んでいるとあっという間に底をついてしまいかねないので、ストックを減らさないためにも自転車操業式に毎日PCの前で頭を抱えています。

    ブログを立ち上げて3日目、プロでもないのに「休んでしまってはいかん。ブログを作ったからには、1年間、いやせめて3ヶ月は毎日更新せねば!」などと誓ってしまった以上、やれるかぎりのことはしないと、来てくれたかたに悪いので……。

    なかむらさんも毎日実験小説を更新されているではないですか。毎日「革新的に新しいこと」を考えなくてはならないというのは、わたしなんかよりもよっぽど過酷な条件だと思います。

    お互いにがんばりましょう!

    おはようございます

     最近の短編や昔話シリーズは、毎日新作を書いておられるのでしょうか。私の個人的感想としては「おお!」と思ったり、たまにもう一つピンと来なかったりすることもありますが、とにもかくにも貴殿の『小説を書くこと読むこと』に対するエネルギーには、改めて今更ながら、

    「すごいなあ、ポールさんって。ギャー。」

    と思わされました。

    御無沙汰しております

    おはようございます。コメントアリガトウございます。
    こちらは沢山の小説「宝の山」に遭難しそうでございます。
    これからゆっくりと堪能させて頂きたいと思っております。

    そうそう、あの元祖(?)吸血鬼。
    容姿がドラキュラというよりフランケンといった異なった趣きに、
    やや食指が動いております。にょろにょろ。
    教えて頂いて、ありがとうございます♪
    (実はジャック・ニコルソンの「ウルフ」も好きなんです。変身もの好き!?)
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