「残念な男(二次創作シリーズ)」
残念な男の事件簿(二次創作シリーズ)
戦士のつとめ
六月のナイジェリアは焦熱地獄のように暑い。もっとも、それは六月に限ったことでもないのだが。
わたしは通訳兼戦術アドバイザーとしてこの地に来ていた。
われわれ吸血鬼の一族にとっては極上の美味である血液を供給してくれる人間を「アムリタ」と呼ぶが、その候補者と目されていた少女を含む一団が、武装集団「ボコ・ハラム」の襲撃を受け、誘拐されてしまったのである。
その際に、彼女らを護衛していた同族の一人が死んでいた。いくらサイコキネシスを使えても、車で移動中に不意を撃たれて七・六二ミリの弾丸を数十発叩き込まれては、なすすべがなかったようなのだ。襲撃者側はよほどうまくPKM機関銃を隠蔽していたのだろう。
現実の人間社会を見ればわかるとおり、有史以来、同族が人数の面でマジョリティだったことはない。少数民族である同族の死ははるか雲の上の方の人びとを激怒させたらしく、くだされた意思決定は、死んだ同族に対する復讐と、アムリタの少女の奪還をわたしたちに命じていた。
戦術アドバイザーなどという肩書こそついていたが、わたしに、彼らに教えられる戦術など何もなかった。サイコキネシスで力場を展開し、その間にサイコキネシスで頸動脈を切断することができる連中に、いちいち銃の撃ち方を説明することもあるまい。
ヘリを使った奪還作戦には十五分の時間が割り当てられていた。割り当てる側は勝手なことをいえばいいのだから気楽なものである。わたしには、十五分を一秒でも過ぎたら、わたしたちは全員死ぬことになることがよくわかっていた。
迷彩服と防弾チョッキ、そしてありがたくないAKM突撃銃を装備したわたしは、紙のように装甲鋼板を引きちぎる同族のえらい人たちにくっついて部屋から部屋を探していた。
三つめの部屋で作戦目標にたどり着いた。無数の黒人少女が、希望を失った目でわたしたちを見ていた。
わたしは英語とタガログ語とアラビア語でいった。
「帰るぞ、ついてこい! 帰るぞ、ついてこい! 帰るぞ、ついてこい!」
わたしはさらに続けた。
「ジャネット・ショインカはいるか!」
ひとりの少女が手を挙げた。
…………
査問委員会で、厭味ったらしい眼鏡をかけた同族はわたしにいった。
「それで、どうしてきみはジャネットをヘリに乗せなかったのかね?」
「ボコ・ハラム側が対空兵器を所持している可能性があったからであります」
「ほう」
書類が二、三ページめくられた。
「では、きみはどうして、命令を遵守しなかったのかね? 命令では、『ジャネット・ショインカを奪還すべし』となっていたはずだが」
「はい。命令には、『ジャネット・ショインカ「のみ」を奪還すべし』とも、『救出可能な限りの少女を救出してはならない』ともひとことも書いてありませんでしたので。いわば、ジャネットとともに奪還した少女たちは『おまけ』であります」
「いいかね。きみはきみの安っぽいヒロイズムから、作戦のすべてを、崩壊させるような危険にさらしたのだぞ。同族の命はいわずもがなだ」
「自分としては心外であります。敵の目をピックアップトラックに引き付けることにより、ヘリが撃墜される危険を減殺させたのであります」
「冒険小説としては面白いがね。誰も、きみに誘拐された少女二十名を乗せたトラックで国境まで三十キロも走れ、などとは命令してはいない」
「三十三キロであります」
「それで、作戦の結果がどうなったというのかね?」
わたしは胸を張って答えた。
「どうにもなりませんでした」
…………
作戦がどうにもならないことは、そのジャネットという少女の顔を見れば一目瞭然だった。
「わたしは、帰れません……両親が、イスラム教にのっとった生活をしていないからです……」
うそをつけ。
ボコ・ハラムだか何だか知らないが、その武装勢力は、短い間にやることをすべてやっていた。少女を強姦し、薬物を注射していたのだ。その膜がかかったような目を見れば、すぐに分かった。だてに足掛け三百年も生きているわけではない。
強姦されて、しかも血液に薬物の混じった少女が、「アムリタ」になれるか、といったら、それは無理な話だ。同族のえらい人たちは、不出来のワインでも見るような目で、少女を放り出すだろう。ヘリから放り出す可能性すらなきにしもあらずだ。
少女が放り出されるような光景を見るのはわたしは大嫌いである。
嘘も方便という。わたしは大ぼらをふいた。
「薬なら、帰ったらいくらでもやる! だから、ついてこい!」
ポケットから取り出した太田胃散のパッケージの効き目は絶大なものがあった。少女たちはいわれるがままにわたしの後についてきて、いわれるがままにトヨタのトラックに乗った。
ボコ・ハラムの兵士の喉を掻き切るのに夢中だった同族の一人が叫んだ。
「おい! 少女は?」
「だめだ。灰にした。わたしが捨て駒になるから早くヘリで逃げろ」
わたしは日本語でぬけぬけとそう大ウソをつくと、キーが挿されたままのトラックの運転席で、おもむろにアクセルを踏んだ……。
…………
「きみは自分がなんのためにアフリカくんだりまで行ったのか理解しているのかね?」
「通訳兼戦術アドバイザーであります」
眼鏡の男はあきれたように肩をすくめると、わたしにいった。
「そのうち処分も決まるだろう。きみも秩序を乱した代償を身をもって知ることになるだろうな。それまでは、日本でおとなしくしていたまえ。まったくきみには失望させられたというか、残念、としかいいようがないよ」
「そういわれることには慣れております」
査問委員会はこうして終わった。会場になった邸宅の廊下を歩きながら、わたしは一升瓶をかかえて飲みに行く相手の顔をいろいろと思い浮かべていた。
わたしは通訳兼戦術アドバイザーとしてこの地に来ていた。
われわれ吸血鬼の一族にとっては極上の美味である血液を供給してくれる人間を「アムリタ」と呼ぶが、その候補者と目されていた少女を含む一団が、武装集団「ボコ・ハラム」の襲撃を受け、誘拐されてしまったのである。
その際に、彼女らを護衛していた同族の一人が死んでいた。いくらサイコキネシスを使えても、車で移動中に不意を撃たれて七・六二ミリの弾丸を数十発叩き込まれては、なすすべがなかったようなのだ。襲撃者側はよほどうまくPKM機関銃を隠蔽していたのだろう。
現実の人間社会を見ればわかるとおり、有史以来、同族が人数の面でマジョリティだったことはない。少数民族である同族の死ははるか雲の上の方の人びとを激怒させたらしく、くだされた意思決定は、死んだ同族に対する復讐と、アムリタの少女の奪還をわたしたちに命じていた。
戦術アドバイザーなどという肩書こそついていたが、わたしに、彼らに教えられる戦術など何もなかった。サイコキネシスで力場を展開し、その間にサイコキネシスで頸動脈を切断することができる連中に、いちいち銃の撃ち方を説明することもあるまい。
ヘリを使った奪還作戦には十五分の時間が割り当てられていた。割り当てる側は勝手なことをいえばいいのだから気楽なものである。わたしには、十五分を一秒でも過ぎたら、わたしたちは全員死ぬことになることがよくわかっていた。
迷彩服と防弾チョッキ、そしてありがたくないAKM突撃銃を装備したわたしは、紙のように装甲鋼板を引きちぎる同族のえらい人たちにくっついて部屋から部屋を探していた。
三つめの部屋で作戦目標にたどり着いた。無数の黒人少女が、希望を失った目でわたしたちを見ていた。
わたしは英語とタガログ語とアラビア語でいった。
「帰るぞ、ついてこい! 帰るぞ、ついてこい! 帰るぞ、ついてこい!」
わたしはさらに続けた。
「ジャネット・ショインカはいるか!」
ひとりの少女が手を挙げた。
…………
査問委員会で、厭味ったらしい眼鏡をかけた同族はわたしにいった。
「それで、どうしてきみはジャネットをヘリに乗せなかったのかね?」
「ボコ・ハラム側が対空兵器を所持している可能性があったからであります」
「ほう」
書類が二、三ページめくられた。
「では、きみはどうして、命令を遵守しなかったのかね? 命令では、『ジャネット・ショインカを奪還すべし』となっていたはずだが」
「はい。命令には、『ジャネット・ショインカ「のみ」を奪還すべし』とも、『救出可能な限りの少女を救出してはならない』ともひとことも書いてありませんでしたので。いわば、ジャネットとともに奪還した少女たちは『おまけ』であります」
「いいかね。きみはきみの安っぽいヒロイズムから、作戦のすべてを、崩壊させるような危険にさらしたのだぞ。同族の命はいわずもがなだ」
「自分としては心外であります。敵の目をピックアップトラックに引き付けることにより、ヘリが撃墜される危険を減殺させたのであります」
「冒険小説としては面白いがね。誰も、きみに誘拐された少女二十名を乗せたトラックで国境まで三十キロも走れ、などとは命令してはいない」
「三十三キロであります」
「それで、作戦の結果がどうなったというのかね?」
わたしは胸を張って答えた。
「どうにもなりませんでした」
…………
作戦がどうにもならないことは、そのジャネットという少女の顔を見れば一目瞭然だった。
「わたしは、帰れません……両親が、イスラム教にのっとった生活をしていないからです……」
うそをつけ。
ボコ・ハラムだか何だか知らないが、その武装勢力は、短い間にやることをすべてやっていた。少女を強姦し、薬物を注射していたのだ。その膜がかかったような目を見れば、すぐに分かった。だてに足掛け三百年も生きているわけではない。
強姦されて、しかも血液に薬物の混じった少女が、「アムリタ」になれるか、といったら、それは無理な話だ。同族のえらい人たちは、不出来のワインでも見るような目で、少女を放り出すだろう。ヘリから放り出す可能性すらなきにしもあらずだ。
少女が放り出されるような光景を見るのはわたしは大嫌いである。
嘘も方便という。わたしは大ぼらをふいた。
「薬なら、帰ったらいくらでもやる! だから、ついてこい!」
ポケットから取り出した太田胃散のパッケージの効き目は絶大なものがあった。少女たちはいわれるがままにわたしの後についてきて、いわれるがままにトヨタのトラックに乗った。
ボコ・ハラムの兵士の喉を掻き切るのに夢中だった同族の一人が叫んだ。
「おい! 少女は?」
「だめだ。灰にした。わたしが捨て駒になるから早くヘリで逃げろ」
わたしは日本語でぬけぬけとそう大ウソをつくと、キーが挿されたままのトラックの運転席で、おもむろにアクセルを踏んだ……。
…………
「きみは自分がなんのためにアフリカくんだりまで行ったのか理解しているのかね?」
「通訳兼戦術アドバイザーであります」
眼鏡の男はあきれたように肩をすくめると、わたしにいった。
「そのうち処分も決まるだろう。きみも秩序を乱した代償を身をもって知ることになるだろうな。それまでは、日本でおとなしくしていたまえ。まったくきみには失望させられたというか、残念、としかいいようがないよ」
「そういわれることには慣れております」
査問委員会はこうして終わった。会場になった邸宅の廊下を歩きながら、わたしは一升瓶をかかえて飲みに行く相手の顔をいろいろと思い浮かべていた。
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Re: LandMさん
上流階級のお方はグルメなのです。
そういうグルメなお方々にはそれなりの面当てをしたくなるのです(笑)
そういうグルメなお方々にはそれなりの面当てをしたくなるのです(笑)
NoTitle
>「三十三キロであります」
こう切り返す残念さんがとても好きでクスッとなるんですけど大田胃散持ち歩いてるあたりに悲哀を感じました、胃腸だいじに…w
地域的に今回の残念さんの任務地はアル・シャイターンの領地かなあとか考えながら、アル・シャイターン総領の手勢の通訳兼戦術アドバイザーなら天羅寄りだけどあそこも内部分裂ぎみだから領地内で活動してても雇われ先によるなあ、とか…
個人的には穏健派寄りの組織に属してる残念さんっていうのが穏便だと思うんですけど、あえての血統主義の下っ端残念さんという殺伐ルートも捨てがたいです、ぐぬぬ…
良質の食材(アムリタ候補)に不純物混ぜるとかカイさんの眉間のシワが増えそうな案件だなって思いました。
こう切り返す残念さんがとても好きでクスッとなるんですけど大田胃散持ち歩いてるあたりに悲哀を感じました、胃腸だいじに…w
地域的に今回の残念さんの任務地はアル・シャイターンの領地かなあとか考えながら、アル・シャイターン総領の手勢の通訳兼戦術アドバイザーなら天羅寄りだけどあそこも内部分裂ぎみだから領地内で活動してても雇われ先によるなあ、とか…
個人的には穏健派寄りの組織に属してる残念さんっていうのが穏便だと思うんですけど、あえての血統主義の下っ端残念さんという殺伐ルートも捨てがたいです、ぐぬぬ…
良質の食材(アムリタ候補)に不純物混ぜるとかカイさんの眉間のシワが増えそうな案件だなって思いました。
NoTitle
ヒロイズムか。。。
まあ、確かに。
やっぱり、吸血鬼的にはクスリが入ると美味しくないのですかねえ?
まあ、確かに。
やっぱり、吸血鬼的にはクスリが入ると美味しくないのですかねえ?
Re: miriさん
お忙しい中どうもありがとうございます。
9日のためにせんべいとコーラ用意しとかなきゃ(笑)
9日のためにせんべいとコーラ用意しとかなきゃ(笑)
おはようございます☆
今朝、告知記事をアップしました☆
宵乃さんもしてくださいました☆
皆さまにお声かけ、し始めています。
(まだ数人の方にさせていただく予定です)
とりあえず、ご報告まで♪
来週の金曜日以降に、ご一緒いたしましょうね~!
.
宵乃さんもしてくださいました☆
皆さまにお声かけ、し始めています。
(まだ数人の方にさせていただく予定です)
とりあえず、ご報告まで♪
来週の金曜日以降に、ご一緒いたしましょうね~!
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Re: 卯月 朔さん
アル・シャイターンさんあたりになるとずいぶん昔に読んだなあ、という感じです(笑) 記憶の底から掘り出してくるのに少々時間がかかった(笑)
穏健派にするか血統主義派にするか迷う……けれど下っ端が使い捨てられるのはいつものことで(笑) そのくせ毎回生きて帰る男。上司にとってはさぞかし嫌なやつでしょうな(^^;)