名探偵・深見剛助(冗談謎解きミステリ掌編シリーズ・完結)
深見剛助のそれから
事件が起こったのは群衆の中においてだった。
アイドル歌手がコンサートを行っていたイベント会場で、刺殺されて発見されたのは、新聞記者の神代翼。警察の懸命の捜査にもかかわらず、その場にいた人間の誰からも、凶器を発見することはできなかった。
居合わせていた名探偵、深見剛助が捜査に協力することになった。
「……犯人の正体についてはある程度の見当はついています。しかし、確証がない」
担当となった刑事は、深見剛助の言葉にうなずくと、こともなげにいった。
「じゃあ、その見当をつけた人間の名前をいってくださいよ」
「え? ……いや、確証もなんにもない、机上の空論レベルですよまだ」
「いいんですよ捜査にはとっかかりが必要ですから。それに、深見先生のお言葉があれば、箔も付きますし」
「箔? 箔って何ですか。ぼくが名前を出したとして、あなたたちはどうするつもりなんですか」
刑事は不思議そうに答えた。
「捕まえて犯行方法から何から白状させるに決まってるじゃないですか」
「だからいったでしょう、証拠も何もないんだ、どんな容疑でどうやって逮捕するんですか」
「今では共謀罪があります。目的の人物がしゃべっていた対象が、何らかの犯罪にかかわっていさえすればいいんですから、警察も捜査がやりやすくなりました。いったん捕まえた以上は、深見さんも御承知でしょう、別な共謀罪で逮捕、を繰り返せば、二十五日間粘られて、その件では処分保留となっても、拘置所から出た瞬間に再逮捕できる。二十五日単位で、容疑者を永久に拘置所にくぎ付けにしておくことができます。普通なら五回も繰り返せばなんでも白状しますね。昔は別件逮捕のネタを考えるのにも苦労しましたが、今は別の共謀罪を使えばいい。まったく、共謀罪さまさまですよ」
「そんな無法がありますか!」
刑事は、深見剛助を憐れむように見た。
「そういう法律をほしがったのは日本人自体でしょう。そういう議員を国会に送り、そういう内閣を支持したんだから」
「もういいです! この事件の容疑者については、捜査がまとまるまで話さないことにします!」
「そういうことをされると、わたしたちも深見先生を共謀罪で逮捕しなくてはならなくなるのですが」
深見剛助は背筋に冷たいものを感じた。
「……論理はどうなりますか。推理は」
「誰もそんな些細なこと気にしちゃいません。みんなが期待しているのは、『神のごとき名探偵とまじめな警察による、事件の速やかな解決』、それだけです」
……そうだ。スムーズな進行、それだけの原理で社会が動かされた時、「名探偵は間違えることを許されない」だけではなく、「名探偵の言葉はそのまま死刑執行令状になる」のだ。捜査活動も、法廷もすっ飛ばされ、権威ある人間による「あいつが怪しい」だけで人ひとりを葬ることができるのだ……。
「本格ミステリは死にましたね、刑事さん」
刑事は首を軽く横に振った。
「まさか。本格ミステリは、ようやくその原初の形態に帰ったのです。科学捜査も、法廷闘争も、いっさい存在しない、名探偵の天国に」
「名探偵の天国か」
深見剛助はつぶやいた。
「なにかありましたか、深見さん?」
「いえね」
深見剛助は吐き捨てるようにいった。
「たしかに天国なのだろう、と思ったまでですよ。ポルポト政権や、北朝鮮が、原始共産制に基づく『労働者の楽園』だというのと同じ意味でね。だったらぼくは楽な道を行きます。それがだれであるにしろ、冤罪の片棒を担ぐなんて、ぼくはごめんだ。だったらぼくが冤罪の犠牲者になったほうがいい」
深見剛助は両手をそろえて差し出した。刑事は少しためらった。
社会はふたたびスムーズに動き出した。
アイドル歌手がコンサートを行っていたイベント会場で、刺殺されて発見されたのは、新聞記者の神代翼。警察の懸命の捜査にもかかわらず、その場にいた人間の誰からも、凶器を発見することはできなかった。
居合わせていた名探偵、深見剛助が捜査に協力することになった。
「……犯人の正体についてはある程度の見当はついています。しかし、確証がない」
担当となった刑事は、深見剛助の言葉にうなずくと、こともなげにいった。
「じゃあ、その見当をつけた人間の名前をいってくださいよ」
「え? ……いや、確証もなんにもない、机上の空論レベルですよまだ」
「いいんですよ捜査にはとっかかりが必要ですから。それに、深見先生のお言葉があれば、箔も付きますし」
「箔? 箔って何ですか。ぼくが名前を出したとして、あなたたちはどうするつもりなんですか」
刑事は不思議そうに答えた。
「捕まえて犯行方法から何から白状させるに決まってるじゃないですか」
「だからいったでしょう、証拠も何もないんだ、どんな容疑でどうやって逮捕するんですか」
「今では共謀罪があります。目的の人物がしゃべっていた対象が、何らかの犯罪にかかわっていさえすればいいんですから、警察も捜査がやりやすくなりました。いったん捕まえた以上は、深見さんも御承知でしょう、別な共謀罪で逮捕、を繰り返せば、二十五日間粘られて、その件では処分保留となっても、拘置所から出た瞬間に再逮捕できる。二十五日単位で、容疑者を永久に拘置所にくぎ付けにしておくことができます。普通なら五回も繰り返せばなんでも白状しますね。昔は別件逮捕のネタを考えるのにも苦労しましたが、今は別の共謀罪を使えばいい。まったく、共謀罪さまさまですよ」
「そんな無法がありますか!」
刑事は、深見剛助を憐れむように見た。
「そういう法律をほしがったのは日本人自体でしょう。そういう議員を国会に送り、そういう内閣を支持したんだから」
「もういいです! この事件の容疑者については、捜査がまとまるまで話さないことにします!」
「そういうことをされると、わたしたちも深見先生を共謀罪で逮捕しなくてはならなくなるのですが」
深見剛助は背筋に冷たいものを感じた。
「……論理はどうなりますか。推理は」
「誰もそんな些細なこと気にしちゃいません。みんなが期待しているのは、『神のごとき名探偵とまじめな警察による、事件の速やかな解決』、それだけです」
……そうだ。スムーズな進行、それだけの原理で社会が動かされた時、「名探偵は間違えることを許されない」だけではなく、「名探偵の言葉はそのまま死刑執行令状になる」のだ。捜査活動も、法廷もすっ飛ばされ、権威ある人間による「あいつが怪しい」だけで人ひとりを葬ることができるのだ……。
「本格ミステリは死にましたね、刑事さん」
刑事は首を軽く横に振った。
「まさか。本格ミステリは、ようやくその原初の形態に帰ったのです。科学捜査も、法廷闘争も、いっさい存在しない、名探偵の天国に」
「名探偵の天国か」
深見剛助はつぶやいた。
「なにかありましたか、深見さん?」
「いえね」
深見剛助は吐き捨てるようにいった。
「たしかに天国なのだろう、と思ったまでですよ。ポルポト政権や、北朝鮮が、原始共産制に基づく『労働者の楽園』だというのと同じ意味でね。だったらぼくは楽な道を行きます。それがだれであるにしろ、冤罪の片棒を担ぐなんて、ぼくはごめんだ。だったらぼくが冤罪の犠牲者になったほうがいい」
深見剛助は両手をそろえて差し出した。刑事は少しためらった。
社会はふたたびスムーズに動き出した。
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Re: 面白半分さん
金田一耕助なんかまっさきに逮捕されそうですな(^^;)
それともどの事件においても本気を出して、本陣殺人事件のときのような快刀乱麻な推理が見られるのかな(笑)
それともどの事件においても本気を出して、本陣殺人事件のときのような快刀乱麻な推理が見られるのかな(笑)
NoTitle
わかっているのに最後まで真犯人をいわない名探偵はみな共謀罪になりますね。
名探偵、皆を集めて、サテといい。
的なことがなくなります
名探偵、皆を集めて、サテといい。
的なことがなくなります
- #18739 面白半分
- URL
- 2017.06/20 21:55
- ▲EntryTop
Re: 八少女 夕さん
まあ再軍備やっても、「侵略」が「侵出」になっても、平然として泰平の惰眠をむさぼってきた国ですから、今回も同様に惰眠をむさぼり続けるんだろうと思います。
十年後にスイスを羨むようにならないように、わたしもせいぜい「シャレにならん話」をひねり出して日本の暴走を止める一助になろうと思います。
わたしが生きていたら十年後もよろしくお願いします(^^;)
十年後にスイスを羨むようにならないように、わたしもせいぜい「シャレにならん話」をひねり出して日本の暴走を止める一助になろうと思います。
わたしが生きていたら十年後もよろしくお願いします(^^;)
NoTitle
ううむ。
今の日本で、これって、シャレになっているのかなあ。
「こんな作品があったよ、あはははは」で済むといいんですけれど。
って、ここにこんなことを書いても、大丈夫なのかな。
もっとも前回お困りになっていらした名探偵の退場方法としては、これは手垢はついていないかもしれませんね。
今の日本で、これって、シャレになっているのかなあ。
「こんな作品があったよ、あはははは」で済むといいんですけれど。
って、ここにこんなことを書いても、大丈夫なのかな。
もっとも前回お困りになっていらした名探偵の退場方法としては、これは手垢はついていないかもしれませんね。
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Re: 椿さん
最近、気分がとげとげしくなるニュースばかりでほんとつらいであります。二十年前だったら、まだ、笑い飛ばせるだけの気力も社会的な余裕もあったんですけどねえ……。